俺じゃない、 俺
「……何が可笑しいんだ。」
ミリウスは思わず呟いた。
笑ってはいけない場面で、笑いそうになっている自分に、背筋が冷える。
「俺の行動じゃない。こんなの、俺の行動じゃない……」
エルミィを悲しませたくなかった。
なのに、軽薄な言葉。
抱かせる期待。
誰のためでもない、誰の望んだことでもない――
ただ、今の自分自身が選んだ行動。
「……俺は……理想とは、まるで違うことをやってる。」
その時、ミリウスは気づいてしまった。
――これこそが、冥界の真骨頂なのだ。
影からするりと、音もなく現れる者がいた。
セバスチャン。
黒タキシードに身を包み、胸元の「セバスチャン」のカタカナが薄明かりに光る。
そして、嫌らしい笑みをたたえて、ミリウスに語りかけてきた。
「ようこそ。冥界は、楽しんでいただけてますか?」
「……楽しんでる、だと?」
「ええ。自分の“本当の自分”に出会える場所――それが、冥界。
死者が天国へ行くも、地獄に堕ちるも、その魂が一度通る“浄化の場”。
善も悪も、恥も矛盾も、欲も――全部さらけ出してこそ、人間ですから。」
セバスチャンの声は甘く、どこか愉快そうだった。
ミリウスは、ふっと力を抜いた。
笑った。
「……楽しい余興を、ありがとうよ。」
冗談じゃない。
何が“本性”だ。
何が“浄化”だ。
俺は――俺を守るために、仮面をつけてきたはずだった。
でも今、それを全部笑い飛ばして、
「暴れたい」という衝動だけが、自分の中でうごめいている。
仮面を脱げと言うなら――
だったらこっちから先に剥ぎ捨ててやろうじゃないか。




