エルミィは変わらず
冥界の地に、カオスが過ぎる円卓会議が終わりつつあった頃。
ミリウスは静かに天を仰ぎ――そして己に問う。
(……正直な話をすれば、シグルのヌードは――見たくないと言えば、嘘になる)
その瞬間、導師トーマスの声が頭上から降ってきた。
「……ミリウス、何も言うな。犠牲者は……俺一人で充分だ……」
見ると、トーマスの両目が潰れていた。
赤い血が頬を伝い、音もなく石畳に滴っていく。
「うお……」
ミリウスは思わず背筋を凍らせ、肩を震わせる。
背中に、冷たいものが――流れた気がした。
恐る恐る振り向くと、そこには――エルミィ。
彼女はにっこりと笑っていた。
そしてその手には、鋭く光るクナイ。
刃先は、ミリウスの首の動脈のすぐ上にあった。
「お兄様……私も治癒魔法、使えますから。試してみます?」
ささやく声が甘く、冷たい。
「多少痛みは伴いますが、安心して下さい。痛みだけで人は死にませんから。」
ミリウスが何か言おうとした刹那、
「俺はシグルの裸なんて――」
言い終わるより早く、エルミィの唇が、ミリウスの唇に重なった。
時間が止まった。
やがて唇が離れ、エルミィは微笑んだ。
「……お兄様。私を目の前にして、他の女性の話題などしないでくださいね?」
クナイの刃が、首筋の皮膚にほんの少し食い込む。
「……“大人のキス”は、また今度。誰もいないところで。」
ミリウスは言葉を失った。
ルカも確かに恐ろしかった。無言で眼球を潰すその制裁は、冷たい正義だった。
だが――
エルミィの“愛”は、もっと怖い。
愛ゆえに刺し、愛ゆえに癒し、愛ゆえに支配する。
それが、彼女の一途さ――ブレない想いだった。
冥界の空は、今日も曇り。
だがミリウスの視界だけは、赤く染まり始めていた。




