シグルはヌードディストビーチに行けば良い。
シグルが服の裾に手をかけた瞬間――女性陣が一斉に取り囲み、円陣が形成された。
中心には、ふてくされた顔のシグル。
取り囲むのは、冥界の地に咲いた濃すぎる花たち。
まず口を開いたのは、シルフ。眉間にしわを寄せて言う。
「シグルさん。“持っている者”には、“持たざる者”の気持ちを思いやる義務があります。」
「は? なにその逆差別?」
次にウィンデーネ。普段は無表情なオートマトンも、今回は真剣そのもの。
「私は人間のフォルムの時、自重しております。自分を安売りしてはいけません。
いざという時、買い叩かれますから。」
「え、私売り物だったの?」
静かに口を挟んだのはマルカ。彼女は手帳を開きながら、淡々と告げる。
「業務規則第十四条……公衆の面前でのヌードは、原則禁止と明記されています。」
シグルはムッとして返す。
「でもマルカ。あなたの製品アピールの一環で、主要都市の地下鉄駅に、私の裸ポスター貼ってるよね?」
「……ごめんなさい。」
マルカは素直に謝った。すごくスムーズに。
「まったく……!」
その後ろからイフリートが堂々と胸を張って進み出た。
「胸の大きさなら、私の方が勝っている。」
「はぁ!? それ関係ある!?」
場が再び混沌しかけたその時、ノームが手を挙げて、静かに言った。
「……シグルさん。あなたが脱ぐと、自動的に私も脱がされるイベントが発生します。
なので、極力――脱がないでいただけると助かります。」
その口調は丁寧だったが、どこかににじむ疲労と覚悟。
皆、ノームの真剣さに一瞬だけ押し黙る。
そこへリゼリナがふと囁く。
「……シグルさん。身体のライン……女の私から見ても、なんだか……そそるものがあります。」
「リゼリナまで!?」
そして最後に一言、場を締めくくるように、
エルミィが断固たる瞳で静かに言った。
「……お兄ち様は、渡しません。」
どこまでもブレないその愛と狂気に、一同がぞっとする。
かくして――冥界の地にて、奇妙な秩序がひとつ守られた。
それはすなわち、“公共の場でシグルが脱がないこと”。
命よりも、視線よりも、何よりも重く尊い、鉄の掟。
女性陣が円陣を組み、シグルを取り囲む中、冥界の空気は騒がしくも温かく――
否、温かいように見えて、ひとつだけ冷たい“点”があった。
その場にいない、いや――あえて参加していない、もうひとりの女性。
そう、ルカは――トーマスの眼球に指を突き刺していた。
「ぎゃああああああああああッ!!!」
トーマスの右目から赤い血が滴り、石畳の上に静かに血溜まりを広げていく。
「なあ……シグル……」
血で視界を滲ませながら、トーマスは彼女の方を向く。
「俺の近くに……嫉妬深い人がいる時はな、頼むから……極力脱がないでくれ……
たとえあとで“元に戻せる”としても……痛みだけはリアルなんだよ……」
その声は涙よりも痛々しく、冥界の空に虚しく響いた。
円陣の中、シグルは今さらながら震える声で呟いた。
「……ここに来て……本当に反省した……」
その言葉に、誰もツッコまずにいたのは――彼女の背後に、
青白い不可視の炎を纏ったルカの視線があったからだ。
静かに、まっすぐに、シグルを見つめていた。
「……持たない者が、ここにも一人いたわけか……」
そう、ルカは持たざる者。
男装の麗人。涼やかな瞳と立ち姿。
だが、女子力は――限りなくゼロに近い。カスである。
その自覚が、彼女をここまで強くしたのかもしれない。
シグルはその目を直視できず、小さく身をすくめた。
「……わたし、もう脱ぎません……ルカが怖いので……」
円陣は自然と解かれ、誰もが一歩ずつ距離を取る。
いや――誰よりもルカから距離を取る。
エルミィだけは、トーマスの流血に微笑みながら言った。
「ふふ、お兄ち様じゃなくて、よかった。」
冥界の空は今日も曇り。
魂が迷うのではない、感情が爆発するから冥界なのだ。




