西の横綱 シグル 東の横綱 ノーム
冥界に足を踏み入れたミリウス一行は、揃って拍子抜けしていた。
もっとこう……業火が燃え盛ってるとか、嘆きの声が響いてるとか、そういうのを想像していたのだ。
だが、実際は――
「なんか……現世とそんな変わらなくない?」
「ねぇ、あれ屋台じゃない? しかも焼き鳥っぽい匂いする」
「猫みたいなのが普通に道歩いてるんだけど……」
街並みは穏やかで、通貨まで渡されて、雰囲気は半ば観光地のようだった。
ミリウスはふと、隣のシグルに目を向ける。
彼女は確か、冥界には来たことがあるはず――そう思って顔を見るが、その表情を見て即座に諦めた。
屋台の飴細工を両手に持って、どっちを買うかで真剣に悩んでいたのだ。
その視線に気づいたのか、シグルが眉をつり上げて振り返る。
「今、私の顔見て失礼なこと考えてましたね?」
「……別に何も。」
「ふーん。“汚れ隊一番・切り込み隊長”とか思ってたんでしょう? 怒った。脱いでやる!」
「待て待て待て待てッ!」
そう叫んだのと、シグルが服の裾に手をかけたのは同時だった。
即座に女性陣が飛びつく。
「シグルさん、それは本気でマズいですって!」
「ノームさんに飛び火しますから!」
その“ノームさん”は、少し離れた場所で既にため息をついていた。
彼女は黙って額を押さえ、視線を空に向けている。
ノームはスタイルが抜群に良くて、胸も大きい。
おまけに年上らしい落ち着きもあって、男たちからは勝手に**“母性の化身”**みたいに見られがちだった。
だが、本人は至って真面目で、冗談よりも冷静な分析が得意なタイプ。
だからこそ、こういうときに――振り回される。
「……私は脱ぎません。絶対に。」
「えー、でもノームさんが脱がないと、シグルが“勝った気になっちゃう”し……」
「勝負してませんから!」
珍しく声を張るノームに、周囲がピタリと黙る。
「……こう見えて、私、誠実に生きてるんです。主にシグルの尻拭いで。」
ミリウスがそっと顔を伏せる中、エルミィはにっこりと笑いながら言った。
「でもノームさんって……なんか包まれたい感じですよね。母、っていうか……」
「……ほら、またそうやって誤解される……」
ノームは肩を落とした。胸が揺れた。誰も触れなかった。誰も触れられなかった。
――冥界。それは迷える魂たちが集う場所。
だが、最も迷っていたのは彼女たちかもしれない。




