カジノの歌姫
今日はカジノの見回りの日だった。
ドン・カステラーノは、若干引いていた。
──まさか、いつか食べようと思っていた銘菓『地獄めぐり』が、賭けの対象となり、所有権まで移っていたとは。
カステラーノはすぐにマーサを呼び出し、事情の説明を求めた。
マーサは、面倒くさそうに尻をかきながら説明した。
「シグルがカジノにやって来たんですよ。で、場を沈めるために地獄めぐりを賭けに使ったんです。負けたから、所有権が移った。それだけ。」
シグルはその場で地獄めぐりを平らげ、無一文に。
そのあとマーサが雇い入れたという。
「報告はもうしてあります」と、マーサ。
カステラーノは、そういえば十日前に『新しいバイトを雇った』という報告を受けたのを思い出した。
──あれが、例のシグルだったか。
マーサは面倒くさそうに「改めて報告しましたから、それでいいでしょう」と言いたげに、そそくさと立ち去った。
「シグルがカジノで何をしているのだろう。」
カステラーノは興味を持ち、他のスタッフに尋ねた。
「六階のシアターにいますよ。」
「後は自分の目でご確認を。驚きますよ。」
スタッフの意味ありげな物言いに興味をそそられ、カステラーノは六階へ向かった。
フロアマネージャーに「自分の席を用意しろ」と命じたが、あっさり断られる。
「ボス、すいません。満席です。」
「シグルさんを見たいなら、ボス権限で舞台袖から覗くしかないっす。」
「俺はこのカジノのオーナーだぞ。」
苦々しく言うと、フロアマネージャーは真剣な顔で語った。
「だからこそ、ボスは幸運ですよ。」
──どういう意味だ。
カステラーノは渋々、舞台袖へ回ることにした。
そして、すぐに理由を悟った。
シグルが歌い始めた瞬間、胸がぎゅっと熱くなる。
歌詞も分からない、外国語のアカペラ。
それだけなのに、涙が出そうなほど心を揺さぶられる。
ふと我に返ると、ステージは終わっていた。
時計を確認する。
──40分も経っている。
歌が始まったと思った次の瞬間には、時間が飛び去っていたのだった。




