後で絶対怒られるやつだ。
マーサからの伝言が届いた。 「リーウィー、がんばってね。♡」
リーウィーはその紙を丸め、ぐしゃりと握りつぶしてウガァーと吠えた。 頭が上がらない上司だとわかっていても、この煽りは効いた。
しかも、だ。 マーサは勝手に鑑定部の許可も取らず、賞品に銘菓「地獄めぐり」まで持ち出している。 もしこの勝負に負ければ、マーサ自身もただでは済まない。
(ぜってぇ負けられねえ……)
リーウィーは深く息を吐いた。 報告で把握していた範囲では、シグルは至って普通の客だった。 ただ――「普通」でこれなら、運が狂っているとしか言いようがない。
追い出す理由も、潰す理由もない。 あとは、己の腕にかけるしかない。
(来いよ、迷い鳥……)
リーウィーは、静かにグラスを置いた。
案内のお姉さんが、ふと後ろを振り向いた。
――ああ。
そこには、ドレスに悪戦苦闘するシグルの姿があった。
お姉さんは思わず、
「ウガァー」
と、はしたない声を上げてしまった。
慌てて駆け寄り、涙目で声をかける。
「シグル様……何をなさっておいででしょうか……!」
周囲の、普段は上品なはずのお客様たちも、ざわめき始める。
「サプライズショーか?」
「いやー、得した!」
「もっとやれ!」
私のせいじゃない。
私のせいじゃない。
私のせいじゃない。
大事なことなので、三回言いました。
お姉さんは必死に笑顔を作りながら、シグルにそっと囁いた。
「シグル様、更衣室は――あちらにございます……!」
更衣室で、お姉さんがシグルの着替えを手伝ってくれた。
なぜかお姉さんの鼻息が若干荒い。
(……なに、このお客様)
シグルの肌に手を触れるたび、しっとりと柔らかい感触に、思わず手が震えそうになる。
髪の毛も、光の当たる角度によって色が移ろう。
そして、漂う――濃密な香り。
花の香りにも似ているけれど、それよりももっと生々しくて、甘く、くせになる匂い。
密室に充満するその香りは、まるで中毒性があるかのようだった。
お姉さんは、意識しないようにしようとすればするほど、シグルに惹き寄せられていった。




