イリーネ神学校
オヤッサンがぽつりと口を開いた。
「トーマス君、イリーネ教の神学校に進む気はないか?」
唐突だった。だが、全く意外というわけでもなかった。
「学力はもう充分だ。しかも、後援者の推薦が取れれば学費も寮費も全部タダだ。衣食住が保障されるってだけでも、十分すぎる条件だろう」
少し笑って付け加えた。
「カレン以外の娘たちの求婚を、全部断ってくれたこと――俺は感謝してるよ」
そう言って、グラスの水を一口飲む。
俺は返事をしなかった。
いや、できなかった。
ずっと自分を追い立ててきた「進学」という選択肢。その先にあったはずの道は、ずっと金の問題で曇っていた。でも今、オヤッサンが差し出してきたのは、その靄を吹き飛ばすような現実的な提案だった。
神学校。イリーネ教。聖職者。
俺は神様を信じているのか、自分でも分からない。
だが――
この家に拾われて、ユマに学問を教わり、カレンと毎日のように机を並べて、少しずつ変わっていった俺の中の“何か”は、確かにここで答えを出そうとしていた。
感謝は言わなかった。
でも俺は、小さく一度だけ、頷いた。
オヤッサンは、いつも通りの豪快な笑顔でこう言い放った。
「……ちなみにその“有力後援者”ってのは、ワシだぞ!」
店内に響く高笑い。娘たちが一斉にジト目を向け、ユマが肩を落とした。
だが俺――トーマスは、その瞬間、確かに胸の奥で何かが静かにほどけるのを感じていた。
(……知ってた。けど、言わないのが粋ってもんだろ)
そう思いつつ、苦笑いを浮かべて、俺は黙って頭を下げた。
(ありがとう、オヤッサン。俺を見てくれて、信じてくれて)
それは、照れくさくも、確かな感謝だった。
娘を好きになってくれた男が、娘以外の娘たち全員から好かれて、なお一人も選ばなかった。……親としては、ありがたい話だよ」
「だから勧めるんだ。お前には、きっと意味のある人生を生きてほしい。信仰でも、パンでも、学問でも構わん。お前が“選ばなかったこと”が、間違いじゃなかったと思える。
オヤッサンは、いつも通りの豪快な笑顔でこう言い放った。
「……ちなみにその“有力後援者”ってのは、ワシだぞ!」
店内に響く高笑い。娘たちが一斉にジト目を向け、ユマが肩を落とした。
だが俺――トーマスは、その瞬間、確かに胸の奥で何かが静かにほどけるのを感じていた。
(……知ってた。けど、言わないのが粋ってもんだろ)
そう思いつつ、苦笑いを浮かべて、俺は黙って頭を下げた。
(ありがとう、オヤッサン。俺を見てくれて、信じてくれて)
それは、照れくさくも、確かな感謝だった。




