オヤッサン
二年と半年、俺はカレンの実家でお世話になった。
ある日、カレンのお父さん――普段は“オヤッサン”と呼んでる人に、ふと尋ねたことがある。
「オヤッサン。何で人助けなんか、するんですか?」
オヤッサンは、少しもったいぶることもなく、当然のように答えた。
「そりゃあ、自分のためだよ」
「……そうなんですか?」
「そうだとも。娘が幸せだった。それだけで十分だったのに、ルカに出会ってもっと幸せになった。親バカだからね、自分の子どもが一番可愛いんだ」
そこで、ふっと間を置いてから続けた。
「でな、君が――不幸になりそうだった」
俺は一瞬、言葉を失った。
「……だから、手助けを?」
オヤッサンは笑って、ゆっくり首を横に振った。
「若いな。若いから、そう思うんだ。うらやましいよ」
「……?」
「他人に恨まれて、娘は幸せだろうか?」
言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。だが、静かに続く声に――俺は耳を澄ました。
「人が生きていく上で、恨みも、嫉みも買う。どうしたって避けられない。でもな……それでも、俺は“娘のために最善”をしたつもりさ。その“おこぼれ”で、君が今ここにいる」
俺は、オヤッサンの目を見た。
その奥には、まだ語られていない本心がありそうだった。
だが、それを問いただす気にはなれなかった。
代わりに、オヤッサンがぽつりと口を開いた。
「トーマス君。イリーネ教を本格的に学ぶ気は、あるかい?」
「……え?」
「生涯かけても解けない難問が、そこにはある。でもな、それでも――俺は、それでいいと思ってるんだ」
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