居候 その2
でも、人のいる所では話したくなかった。
人気のない所で話したかった。
カレンは防犯ブザーを握り直す。
どうしよう。
カレンは言う。
「……家、来る?」
トーマスは一瞬、**“大人の階段を昇る”**のかと思った。
カレンは面白そうに笑って、言い添える。
「そういうこと、期待してもダメだからね。トーマスと同じで、うちも兄弟多いから」
「……そうですか」
歩いてカレンの家に着いた。
居間に通されると、カレンは「制服、着替えてくる」と言って部屋を出て行った。
居間には、先客がいた。
神経質そうに、難しそうな本を読んでいる青年だった。
俺は「お邪魔します」とだけ挨拶を済ませる。
相手は頭を下げて、それに応えた。
知らない家に、知らない相手。
こちらから話しかけるわけにもいかず、俺はカレンの帰りを黙って待つ。
ほどなくして、カレンが戻ってきた。
手には、さっき返された答案が握られていた。
そのとき、先客が口を開いた。
「私はユマ。カレンに家の前で倒れているところを救われた。
私と似ている“同級生に嫌われているみたい”で、彼女から相談を受けていた。
今日、彼女が“その同級生”を家に連れて来るって言っていたから……
たぶん、君のことだろうと思ってね。間違いがあっては失礼だから、こうして確認した」
俺は――“失礼と思うなら、最初からプライベートなことに口出しするな”と思ったが、
ユマの物腰に、この人は余程のことがない限り、他人の領域には踏み込まないと分かった。
だから、話せる範囲で話すことにした。
ユマは俺の答案も見せるように促してきたので、渋々差し出した。
ユマは二人の答案を一通り目を通し、静かに頷いた。
「……基礎学力さえ足りないな。これは、先生方の苦労が忍ばれる」
そう言って、小さくため息をつく。
「時々、カレンの勉強を見せてもらってはいたが……ここまでとは思わなかった。
カレンの兄弟で、勉強を教えようって奴はいなかったのか?」
カレンは、あっさりと答えた。
「私が、拒否したから」
ユマは、ゆっくりと首を振る。
「……義務教育の限界を感じるな」
カレンが唐突に言い出す。
「トーマスも、ここでバイトする。勉強はユマが教える。できれば住み込みで」
俺には、まるで理解できなかった。
だが、選択肢自体がなかったので――黙って頷いた。
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