表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/254

恩師 キッシー

トーマスはカレンを見ると、どうにも複雑な気持ちになる。

あれは確か、四月の最初――自己紹介のときだった。


「初めまして。夏までには居なくなると思いますが、それまでよろしくお願いします」


あけすけすぎる物言いに、トーマスは驚いた。

この底辺校の一年の教室に座っている全員に対して、まるで「お前らのことなんか眼中にない」と言っているようなものだった。


そして実際、四月の半ばを迎える頃には、クラスの半数が姿を消していた。

トーマスは、カレンもその中に含まれているだろうと予想していた――だが、彼女は残っていた。


しかも、自己紹介などなくとも彼女の名前と顔は知られていた。

この国で有名なパン屋の娘。兄弟が多く、にぎやかで、店も繁盛している。

テレビ局が食いつかないはずがない。

ドキュメンタリーで取り上げられた時も、まさに“隣に座っているカレン”にスポットが当たっていた。

そしてそのドキュメンタリーの中で、彼女はこう語っていた。


――「高校には行きません。私はこのまま、家のパン屋を継ぎます」


あれは確か、去年の放送だったか。


(……なのに、なんでまだ学校にいるんだよ)


トーマスは、内心でそうつぶやく。

当時はそこまで深く気にしていなかった。

夏以降、彼女が変わっていく姿を見て。


同じ“兄弟が多い”でも、こうも天と地の差があるものか。

俺は、自分の境遇を思い返して、虚しく笑った。


勉強は嫌いじゃない――ただ、する暇がない。

バイトを掛け持ちしなければ、食っていけないからだ。

貧乏人の子沢山。まさにその典型。

乳繰り合って、ガキ八人。

兄弟は可愛い。だが、親には言いたいことが山ほどある。


「……自制しろよ」


もちろん、言ったところで何も変わらない。

だから、言わない。だが心の中では、いつも何かが燻っていた。


一方、恵まれた環境で育ちながら、自覚もせず、ただ享受するだけの人間がいる。

その筆頭が――カレンだった。


トーマスは、そんな彼女に心のどこかで八つ当たりしていた。

理由なんて、後からいくらでも見つけられる。

けれど、実際はただ羨ましかったのかもしれない。


救いだったのは、学年トップの成績さえ取れば授業料が免除になること。

良いことか、悪いことかは置いといて、底辺校ゆえに勉強しなくても首席は取れていた。

それが、今までは。


――だが、夏休みが終わったその日から。

状況は、変わり始めていた。


あのカレンが、俺の背後に、迫ってきていたのだ

夏休み明け、最初の集中テスト。

その答案返却の日――俺は信じられないものを目にした。


最成績優秀者の答案は、最後に返されるのがこのクラスのルール。

いつも通り、最後に俺の名前が呼ばれる――はずだった。


……だが、その日は違った。


俺の答案が返されたあと、担任のキッシーは少し間を置いてから、

「……高原、カレン」と呼んだのだ。


一瞬、教室の空気が止まった気がした。

俺は思わず、カレンのほうを見た。


普段の集中テストでさえ、カレンは自分の名前さえ書かず、

毎回のようにキッシーから「せめて名前だけは書け!」と怒られていたはずだ。


そんなカレンが――俺の後に、答案を返されている。

つまり、俺よりも点数が高かったということか。


――何が起きた?


脳裏にざわりと、焦りが走る。


この瞬間、トーマスの中で何かが静かに崩れ始めていた。




了解しました。以下、あなたの文章を原文の雰囲気を保ちつつ、整えた清書です:



---


だが――カレンも、いつもとは違っていた。


答案を返された彼女は、顔を上気させて喜んでいた。

その笑顔は、あまりにも素直で、あまりにも無邪気だった。


(……普段のカレンは、どこ行った?)


いつもの醒めたような目も、開け透けな態度も、そこにはなかった。

まるで、はじめて褒められた子どものような――そんな顔だった。


その日の放課後。

俺は、生徒支援室に足を運んだ。


事情があった。


次回の成績次第で、俺の奨学金は打ち切られる。

支援室の担当者は言った。


「最上位者との成績が離れすぎている。来月の査定会議でも議題に上がる予定だ」


――つまり、カレンの台頭が、俺の進学を危うくしている。


支援室でも話題になっているということは、もう既成事実になりかけているということだ。


この瞬間、俺の中で何かが――変わった気がした。



生活支援室から出てきた俺を、カレンが待っていた。


「よお」


気さくに声をかけてくる。――こんなキャラクターだったか?


カレンは手を振りながら続ける。


「キッシーに頼まれて、トーマスを待ってたんだよ」


俺は驚いた。カレンが俺を待っていた? 何のために?


「トーマス、私のこと嫌いなんでしょ?」


唐突な問い。カレンは少しだけ眉を下げた。


「いつも睨んでくるし、怖くってさ……。キッシーに相談したら、すごい難しい顔してさ。解決してくれなかった」


それで今日、先生が何か仕掛けたのか。


「今ならトーマスが素直に心をぶちまけてくるかもって」


そう言って、彼女はポケットから防犯ブザーを取り出して見せた。


「一応、持たされてる。あと、“できるだけ一人になるな”って」


思わず噴き出しそうになった。


「……俺、そこまでヤバいやつ認定されてるのか」


「だってさ」


カレンは俺をじっと見て――それから、にっと笑った。


「トーマスって肉食系だと思ってなかったからさ。私はずっと草食系だと思ってたのに」


……何なんだ、こいつは。


でも、何か――少しだけ心の中で何かが溶けた気がした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ