ダンスパーティー
シグルは、冥界に来た目的を果たした。
そこへ、セバスチャンが現れた。
「シグル様、冥界はいかがでしたか?」
私はこたえる。
「美味しいパンが食べられて、幸せ」
セバスチャンは満足げに笑いながら頷く。
「そうですか、それは良かった。
ちょうど今夜、冥界で社交ダンスパーティーがございます。
シグル様も、よろしければご参加なさいますか?」
「ダンスは踊れないから……」
「そうですか、残念です。
ちなみに立食形式で、食事もたっぷり出ますが……」
マルカは思った。
(セバスチャン、完全にシグルの性格を読んでる)
分からないでか――シグルはあっさり乗ってきた。
「ドレスコードのないフランクなパーティーですが、服装はどうなさいますか?」
「マッパはダメですか?」
セバスチャンは微笑みを崩さず答える。
「マッパの女性が参加されますと……別の趣旨のパーティーになってしまいますので、ご遠慮いただけますと」
マルカは、さらにセバスチャンの**“シグル取扱マニュアル”**の精度に感心した。
――そしてパーティーは始まった。
名目は「冥界のプリンス」の誕生日。
パーティー名こそ華やかだが、中身は意外にも庶民的だった。
シグルは相変わらず、食べることに夢中で、ダンスは二の次。
パン屋の女主人にパーティーへ行くと話すと、
「私の古着でよければ」と貸してくれたドレスを着ていた。
深いスリットが腿の上まで、
胸元もぐっと開いた、情熱の赤――まさしく勝負服。
(いや、食事の確保で勝負してるのかも……)
マルカはそう呟いた。
そんな時だった。
「お楽しみいただけて光栄です、シグル」
背後から声をかけられる。振り返ると、整った顔立ちの青年が立っていた。
(……この人、会ったことあったかな?)
食べるのに夢中で記憶が曖昧だった。
青年はそんなシグルの反応にも動じず、
「あとで一曲、踊ってください」とだけ言い残し、その場を去っていった。
ラスト一曲――
会場に柔らかな旋律が流れ始めると、先程の男性が再びシグルの元へ現れた。
「お約束の一曲を、ぜひ」
シグルは一瞬だけ戸惑ったが、頷く。
(……社交ダンスは、踊れる。だって昔――)
火の精霊王の娘、イフリートに飼われていたころ。
暇を持て余した彼女に付き合わされ、毎夜毎夜踊らされた記憶が蘇る。
(踊れる……あの時は苦痛だったけど、今は――)
手を取られ、導かれるままにステップを刻む。
リードは滑らかで自然。彼の動きも、申し分ない。
二人の足元が、冥界のフロアに柔らかく響き、
曲の進行と共に、その場の空気が変わっていく。
やがて――
シグルとその男性の周囲に、自然とスペースが生まれた。
観客たちが気づいたのだ。
今、この空間で最も“輝いている”のは、あの二人だと。
旋律が終わると同時に、ホールには拍手が鳴り響く。
死者たちの手からも、静かだが熱のこもった音が生まれる。
シグルは、軽く息を整えながら呟いた。
「……踊るって、こんなに楽しかったんだ」
シグルは、まだ踊りたらなった。
心の奥で、もっと踊っていたかったのに――
ダンスパーティーは、あっけなくお開きになってしまった。
そんな気配を感じ取ったのか、さっきの男性が静かに近づき、
一言だけ――やさしく囁くように言った。
「今度は……どこで踊り明かしましょうか」
そして、微笑みとともに、そっと背を向けて去っていった。
残されたシグルは、その背中を追うでもなく、
ただ静かに、胸の中に“なにか”が灯ったのを感じていた。




