門番
老鹿が隣に現れ、静かに、しかしはっきりと呟く。
> 「人間や精霊風情が――何を偉そうに」
「……この裏切り者たちが」
「……我らはシグル様の“血”を信じている。
だが、お前たちはその“肉”を選んだ。忘れてはおらぬ」
俺とトーマスは、いきり立った。
「……今晩は鹿スープだな」
「少し痩せてて身が硬そうだけど、生きたまま茹でれば、多少は柔らかくなるだろ」
老鹿が敬意もクソもなく、煽ったのが悪い。
精霊風情とか、裏切り者とか、聞き捨てならない。
シグルはというと、すでに顔に出ていた。
(……絶対、不味い……)
でも、もう遅い。
言葉は放たれた。鹿は煮込まれる。アフターカーニバルってやつだ。
そのとき、老鹿はゆっくりと前に出てきた。
そして――名刺を差し出した。
俺は一瞬、固まった。
セバスチャン、と書かれている。
真ん中に――俺でも読めるカタカナで。
だが、その周囲に並ぶ金縁の文字列は、まったく読めなかった。
意味不明な象形のような、古代魔法の呪式のような。
トーマスがぽつりと呟く。
「名刺が……こっちの次元じゃねぇ……」
その時、シグルは心の底から思った。
(自己紹介……もっと早くしておけばよかった……)
(ていうか……なんでミリウスに喋らせたの私……!?)
セバスチャンは、まっすぐにマークワンを指差した。
「そこの御仁。貴殿なら、私の名刺が読めるだろう。お見せなさい」
マークワンは一瞬だけ静止した。
そのあと――
バチン、と何かが走った音がして、
マークワンの動作が一気に不安定になった。
そのまま、ガクッと膝をつき、深々と頭を下げる。
「確認……完了。――対象:最優先存在。権限超越……認定」
次の瞬間、俺とトーマスの身体が、**ズガンッ!!**と音を立てて床に叩きつけられた。
マークワンの腕に絡め取られ、**文字通り“額を擦り付ける”**形になっていた。
「ちょ!? ちょっと!? これ誰の命令だよッ!!」
「うおっ!? 歯ぁ折れる!! 誰!? 誰なんだよコイツ!!」
セバスチャンは一歩、優雅に前へ進みながら言う。
「――無礼な振る舞い、確かに見届けた」
「私は冥界門の門番長、セバスチャン=ヴァイスフェルド」
「門を開く者、閉じる者。
そして、地上と死後を繋ぐ“鍵”そのものを預かる者である」
俺とトーマスは、動けないまま、地面に額をこすりつけていた。
「いやいやいやいや!!」
俺とトーマスは額を押さえながら、抗議の声を上げた。
「たかが門番じゃねーかッ!!」
「いや、確かに名前は凄いけど、鹿だよ!? 角生えてるだけだよ!?」
マークワンは未だ膝をついたまま。
セバスチャンは静かに、全く動じずに佇んでいた。
ルカが、冷ややかに口を開く。
「……アンタたち、何もわかってないわね」
「“門番”って言葉だけで判断してるけど、よく考えなさいよ」
「生者と死者の境界を、“自由に行き来できる”存在。
しかも門を開け閉めする**“鍵の管理者”**」
「それってつまり――
世界の構造そのものを握ってる存在ってことじゃない」
「……そんなの、ただの門番なわけないでしょ?」
俺とトーマスは、同時に言葉を失った。
ルカはため息をついて続ける。
「……もしその門番にフラれたらさ、100年分の恋が冷めるわ」
「好きな人を会わせてもらえない、
会いたくない人を勝手に通される、
……そんな鹿、付き合ってらんないでしょ」
シグルは横で、まだパンを頬張っていた。
「え、でも……門番って、かっこよくない?
だって鍵を持ってるってことは、どこにでも行けるってことでしょ?」
セバスチャンは一礼し、淡々と答える。
「……理解のある乙女は、神に愛されるものです」
セバスチャンは、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
「――シグル様に誤解なきよう。私は本当に、ただの老鹿です」
セバスチャンは、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
「――シグル様に誤解なきよう。私は本当に、ただの老鹿です」
腰の低いその態度に、俺もトーマスも少し気まずくなる。
が、次の瞬間。
セバスチャンは静かに顔を上げ、眼光だけで圧をかけてきた。
> 「……ただし、“権力の暴力”というものがどういうものか――
若造ども、お前たちの身体で思い知るがよい」
バチィン!
俺たちの背後で突然、空気が歪んだ。
背筋が勝手にピンとなり、額がまたしても――床に強制接触。
「ぎゃああ! またかよ!!」
「このシステム誰が許可したぁぁッ!!」
セバスチャンは微笑みながら、軽くひとこと。
「これは“門番”ではなく、“門”そのものの意志。
……私は、ただ鍵を持っているだけなのです」
-そしてこの流れで、マルカがぼそっと一言:
「……冥界、入るだけでもこれか。帰れる保証あるの、これ?」
ノームがぽかんと呟く。
「……マークワン、今エラー吐いてるよ。絶賛停止中」




