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忘れられた神の最後

ノームの姿を借りた“忘れられた神”は、ゆっくりと目を細めた。

その視線の先に、確かに始祖神の気配があった。


しかし、そこにあったものは――本来の均衡と創造の象徴ではなかった。


「……ひどいものだな」


“それ”は、ぽつりと漏らした。


「かつて私とアカシックレコードを争い、そしてこの世界の頂に立った者。

 全てを知り、全てを祝福する存在が、今――」


空間がかすかに軋む。

まるで、世界そのものがこの言葉を聞くのをためらっているかのように。


「悪意が……漏れ出しておる」


声は静かだが、そこに宿るものは、怒りに似ていた。


「お前たちに言葉を届けるため、私はこうしてこの娘の器を借りた。

 だが……“あれ”は違う。光を閉ざし、世界を“無”に還そうとしている」


「それは、始祖神として……あり得ない姿だ」


火、水、風、土――

四大精霊たちも、感じ取っていた。

それが“始祖神の力”であることには間違いない。だが、本来のそれではない。


「……ミリウス。エルミィ。そして、すべての者よ。

 お前たちは、まだこの“変調”の本質を知らぬ。

 だが近い……近いうちに、それを目の当たりにする時が来る」


そして、ノーム――いや、“それ”は、最後にこう呟いた。


「イリーネの変調も、“あれ”の影響下にあるのだろう。

 ならば救わねばなるまい。始まりを……取り戻すために」


ルカは、迷っていた。


始祖神――

絶対存在にして、世界の起点。

その威容を前にしてなお、自分の中に言いようのない“違和感”があった。


(この方が……本当に“あの方”なのか……?)


そんな逡巡を断ち切るように、

空を裂いて、一羽の光の霊鳥が舞い降りてきた。


「クルッポー!」


甲高い鳴き声とともに、ど真ん中に着地。

みんなの視線が、ぽかんとその小さな鳥に集まる。


「……誰だ、お前は」


“忘れられた神”が問うた。

始祖神を前にしても、動じなかったその存在が、初めて眉をひそめた。


「ええ!? 忘れたの!? 僕だよ僕! ……地獄めぐり!」


「……」


「違う違う! 名前はシグル、あるいはシグナでも可! 火の鳥の方が覚えてると思うけど……?」


イフリートが、はっと目を見開いた。


「もしかして……あの、火の鳥!? …まさか、君……シグル!?」


「やだなー、もしかしては失礼じゃない? 元から神々しい鳥だったよ?」


「で、なんで今……ここに……?」


シグルは、得意げに胸を張る。

その胸毛から、どこからともなく包装紙に包まれたお菓子を取り出した。

シグルは、くるくると空を舞いながら着地した。

その光の羽毛がふわりと揺れるたび、空間がざわめき、精霊たちがその異変に身構える。


だが、そんな空気をものともせず、シグルは平然と語りだした。


「――銘菓《地獄めぐり》を食べたら最後、本当に地獄へ行ってもらうんだ」


その言葉に、一瞬、全員の空気が凍る。

ルカがハッと顔を上げ、ノームをかばうように半歩前に出た。


だが、シグルの視線はその先を貫いていた。


「……冥土の土産に、話を聞かせてやるよ。

 ノーム――お前がここで“朽ちるべき”存在なんだ」


「アカシックレコードに“触れてしまった者”は、必ず“あいつ”に出会う。

 “忘れられた神”に。」


「だから、ルカに地獄めぐりを持たせたのさ。お前をここまで運ばせるために」


ノームの瞳がゆっくりと揺れる。

けれど、怯えた様子はなく、どこか……納得しているようにも見えた。


「お前には……“精霊王とともに冥界に行ってもらう”義務がある」


そこに、イフリートが声を上げた。


「シグル……! じゃあ、あんたは平気だったの? あんなものを――」


シグルはあっけらかんと笑って、羽毛をぱたぱたと広げた。


「うん。ちょっとお腹が痛くなっただけ。

 でも、見てこの羽――ちょっと神々しくなったでしょ?」


ミリウスがぽつりとつぶやく。


「お前、やっぱり……食い意地で世界救ってるよな……」


シグルは誇らしげに頷く。


「まぁね。たまたま僕が食べちゃったからノームは無事だった。

 ルカが持ってたのを、ほら、うっかりつまみ食いしちゃって――」


ルカは青ざめた顔で、それでもようやく理解した様子で小さく呟いた。


「……真相が……ほぼ、分かった……」


リゼリナも静かに頷く。


「“忘れられた神”の言っていたこと……シグルの証言で、裏付けが取れたってことね」


そのとき――

空間の奥で、再び風が揺れた。


“忘れられた神”が、ノームの姿のまま、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


「ならば、問おう――

 お前たちは、この運命に抗うのか?

 それとも……この“茶番”のまま、歴史を閉じるのか?」


物語は今、冥界との狭間へと傾き始めていた。



空間の中心。

“忘れられた神”――ノームの姿を借りたその存在は、ふと目を細めた。


「……勝てる相手ではないぞ。逃げろ、ミリウス。お前たちは……まだ間に合う」


声に怒気も焦りもない。ただ、静かだった。

まるで、これまでの全ての戦いの果てに辿り着いた者だけが知る――“諦観”の響きだった。


「我がこの姿を保っていられるのも、あとわずか……」


ルカは息を飲む。

「まさか……あなた、すでに――」


「もう消えかけているのだ。だが、この身体の“主”だけは、お前たちに返してやれる」


“忘れられた神”は、そっとノームの胸元に触れる。

その瞬間、ノームの身体を覆っていた圧倒的な気配が霧のように薄れていく。


「せめてもの贈り物だ。**逃げろ。**この地から、速やかに。

 私が“空間”を一時的に歪めてやる。数十秒だけ、お前たちは外に出られる」





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