表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/254

バトンはミリウスへ

ルカは退廷の前、扉の前でふと立ち止まり、振り返った。


その視線の先は――エルミィ。


声にせず、ただその瞳だけで語りかける。


(私の行動が、あなたの背中を押すことになったのなら……)


(ミリウスの行動を責めるだけではなく、あなた自身の“行動”も、どうか――)


――顧みてください。


エルミィはルカの視線から目を逸らせなかった。


その瞳に込められた、静かで強い“問い”のような何かが、胸の奥を小さく震わせる。


(……私の、行動……?)


ルカは何も言わず、扉の向こうへと静かに消えていった。


そして、エルミィは小さく唇を噛む。


(……分かってる。分かってるのに……っ)


自分がまだ“何者”にもなれていないことを、エルミィ自身が一番知っていた」


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


エルミィは一歩前に出て、ミリウスの正面に立った。傍聴席にいる三精霊娘も、ノームも、息を呑んで見守っている。


エルミィは目を細め、やや低めの声で静かに問う。


「ミリウス。あなたが、今この場に立たされている理由……わかっている?」


ミリウスは、少しだけ目を伏せてから、ぼそりと答えた。


「……ノームの膝枕?」


会場全体が「それな!」と空気で同意しそうになったが、エルミィは即座にぴしゃり。


「――不正解。」


一拍置いて、声を張る。


「被告ミリウス。あなたに問う罪は、心の誠実さの欠如、恋愛感情の曖昧なまま放置、女性たちの信頼を弄んだこと……そして何より――」


彼女の瞳が鋭く光る。


「――私の気持ちを、ちゃんと見ようとしなかった罪です!」


ミリウスは目を見開く。


一瞬、何か言おうとしたが、口を開いたまま言葉が出てこない。


その姿に、ウインディーネは水を吹きそうになり、イフリートは「なるほど、心の火だな」と妙に納得していた。


シルフは「風のように流せない感情ですね」と、小さく呟いた。


エルミィは、ミリウスの答えを待つ。


静かな空気の中――裁かれるのは、彼の“気持ち”そのものだった。


俺は口を開こうとして、喉の奥が詰まったように言葉が出てこなかった。

心の誠実さ、恋愛感情の曖昧さ、信頼を弄ぶ――

それが、俺に問われた罪。


目の前に立つエルミィは、真剣だった。

頬は紅潮し、瞳は震えていたが、逃げも隠れもしないまなざしだった。

いつもみたいに「お兄ちゃん、ばかーっ!」って叫んで、終わりじゃない。

今度ばかりは――俺も逃げられない。


「……悪かった」


ようやく、出てきたのは、それだけだった。


情けない。だけど、それが俺の精一杯だった。


エルミィは、しばらく何も言わなかった。

ただ、俺の顔をじっと見ていた。

その沈黙の間に、俺は少しずつ続きを言葉に変えていく。


「俺は……自分が誰を好きかなんて、ちゃんと考えたことなかった。

 でも、お前が怒って、泣きそうになって、俺を引っ張ってくれて……

 それが、どれだけ――嬉しかったか、分かったんだ」


「俺は、お前に……ずっと守られてたんだなって」


エルミィの目が、わずかに潤む。


「俺は、バカで、情けなくて、すぐ他の女の膝に転がるような奴だけど……

 それでも、お前が隣にいてくれるなら、俺は――」


言葉が詰まる。


静寂の中、ウインディーネがぽつりと呟く。


「……これは、キマシタね」


イフリートは肩をすくめて、「結局、炎はおさまる先を見つけるのさ」と言った。


シルフはため息混じりに、「まあ、風も落ち着くところが必要ですしね」とうなずいた。


マークワンは無言で記録データに「※恋愛裁判、和解の兆候あり」と打ち込んだ。


そして――エルミィは、すっと手を伸ばして、俺の胸元を軽く押す。


「バカ……でも、もうちょっと言わせてあげる」


「罰として、あと百回は好きって言わせるからね」


俺は、静かに笑った。


「……わかった。百回、言うよ。お前が許してくれるなら、何度でも」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ