放課後ストーキング
彼を追う。それが放課後いつものルーティーン。彼は帰宅部で、授業が終わるといつもそそくさ、足早に帰る。同級生たちが、くだらない歓談に興じ、クラスの弛緩した空気を尻目に彼はひとり、帰途につく。
私はそんな彼のことが好きだ。大好きだ。このときめきを抑えられない。
まだ、彼と一度も話したことはないけれど。
彼のことを好きになった、きっかけ、それは特にない。別に彼に優しくされたことも、話しかけられたことすらない。ただ、パーツがいい。彼を構成しているパーツ全てがいい。どっかに彼のパーツ売ってないかしら。Amazonとか、ベルメゾンとかに。それとも、私が売り手に回ろうかな。きっと、メルカリで彼の一部を出品したらすぐsoldになるはずよ。
当然、わたしが後ろから追いかけていることに気がついていない彼の後ろ姿は、何とも愛らしい。この帰り道に撮り溜めした彼の後ろ姿の写真を納めているアルバムは、渋谷のパンケーキのように分厚くなっている。盗撮しか、勝たん。
そんなことを考えているうちに、あっという間に彼が家の中に入っていってしまう。終点だ。もう彼が家に着いてしまった。今日の至福が終わってしまう。
「おいっ!そこの人!」
彼が誰かに尋ねてる。いつもにないパターンだ。写真、いや動画に収めなきゃ。
「ほらっ、そこにいる人!」
周囲を見渡す。他に誰もいない。彼は一体誰に話しかけてるのだろう。
「あんただよ、あんた!いっつも帰り道俺のストーカーをしてる人!」
誰?ストーカー?それ、わたしのことじゃない。え、バレてる。嘘、やだ、こんなのって。嬉しい。彼が私のことを気にかけてくれてるなんて。
今日一の笑みが溢れてしまう。仕方がないので、私は身を隠していた電柱から彼の前に姿を現した。彼と面と向かって接触出来たことによって込み上げてくる喜びを、噛み締めながら、それを悟られぬよう努めて冷静に振る舞った。
「もしかして、わたしのこと?」
「当たり前だろ。あんた以外誰がいんだよ。毎日毎日、放課後帰り道着いてきやがって。正直慣れる前は本気で怖かったし、ノイローゼになったよ」
めちゃくちゃバレてた。これは言い逃れができそうにない。ならば。いっそう、ここで。
「わ、わたし、あなたのことが、どうしても、」
「だけど、お前のいいところを見つけて考え方を改めたんだ。親父!」
彼がそう叫ぶと、家の玄関が勢いよく開け放たれた。中から、白Tシャツに脇汗を染み付けたミドルエイジの、ダンディとはかけ離れた中太りのおじさんが出てきた。彼も将来こんな感じになってしまうのだろうか。
「俺の親父、陸上のコーチやってるんだ。親父!俺が相談してた子、こいつだよ!」
「ふむ。こいつがちびすけのことを毎日追いかけていたストーカー女か」
息子のことちびすけって呼ぶタイプだった。彼、家でちびすけって呼ばれてるんだ。
「なかなか、いい脚を持っているそうじゃないか」
「何ですか急に!?セクハラですよ!」
「ストーカーがセクハラを責められると思うなよ。あと、私が言ったのはそういう意味ではない。単純な脚力の話だ。」
「え?」
「ちびすけは、毎日帰り道を電動自転車で帰っている。パワーモードでな。だから、大体時速20キロほどの速さで自転車を漕いでいる。」
そうだ。確かに、彼はいつも自転車をアホみたいにシャカシャカと漕いで家路に着く。電動だから決まった速度以上は出ないにも関わらず、いつも全力で漕いでいる。その滑稽な後ろ姿が愛おしいのだ。だけど、私はいつも付いていくので必死になっている。
「しかし、君は電動自転車の速度に対して、ほぼ一定のペースで走って追いかけることができている。自転車を使うことなく。ちびすけを見失うことなくな。これがどういうことか、わかるか?」
「え?」
「君は、日本一のランナーになれる。」
言い遅れたが、これは私が長距離ランナーとして、チームを箱根駅伝優勝に導くまでの軌跡を描いた物語だ。