シンゲンちゃんとタカ
「まーなぁチョッピ。やはりさぁ難しいもんはあるんだろうよぉ、あれがこうなってそしてあれが…まぁあっちは頭悪いからよ難しいんだよね。ただ、チョッピはおそらく殺されてるな。ていうかそんなのわかるでしょ?自分でもさっ」
「そ、そ、そうですか。やはり、そ、そ、そうですよね」
僕は吃りで返した。
やはり僕は誰かに殺されている。
え?いったい誰に?
ピンポーン
チャイムが鳴った。
チャイムの音はまさに待ち人来たる知らせだ。スピーカーの調子が悪いからか、小さく篭る音がダイニングキッチンの中だけで反響を繰り返していた。
僕はそんな小さな音を拾い上げてお尻を浮かした。
「きたきた」
腐りかけのチャイムの音を聞きながら僕は踊るように跳ねながら玄関へと向かった。
「はいはいはい」
ドアを開けると眼鏡をかけた背広姿の男性が立っていた。
やはり友達の高井さんだ。
「どうもチャッピー」
高井さんが頭を下げた。僕も前ならえ方式ですぐに反応して頭を下げた。
「た、た、高井さん…いやタカでしたね。ど、どうぞどうぞとても狭い部屋ですが、あ、あ、上がってください」
「はいそうですね。わたしの名は必ずタカでお願いしますよ。間違ってもユウジとだけは呼ばないでください。それではチャッピーお邪魔します」
高井さん…否、タカは靴脱ぎに入ったところで部屋の奥を見渡した。
小さな部屋で先客のタケダさんが片手を挙げていた。
「いやータケダさ…すみません違いましたね。あなたの名はシンゲンちゃんでしたね。私より先に来てるとは少々驚きました。待ち合わせ時間に遅刻しないのはやはりシンゲンちゃんの長所…あれ?もしや私が予定外に遅くなっているのですか?それならばすみません。今日は物事がうまく進まなくて。言い訳になっておりますか?とにかくとても申し訳ありません」
「タカ気にしないでよ。まだ来てないメンバーもいるんだし、チョッピと二人で話すのも楽しいもんだったりするからさぁ」
「タ、タケダさん」
僕は無性に嬉しくなった。
「だからチョッピ。タケダさんて呼ぶのは無しにしてよ。シンゲンちゃんて呼んでよー頼むよぉ」
「はい!シンゲンちゃん!ありがとうございます!」
吃り無しで喋れるって嬉しい。
タカはまだ玄関にいた。
「すみません。やはり待ち合わせ時間は守らなくてはいけません。信用問題に関わる事案です。確か9時待ち合わせでしたよね。今は」
タカは左腕をまくって腕時計を確認した。
「9時5分か……ちっ…すみません」
タカが舌打ちをしてから深々と頭を下げると、タケダさんではなくシンゲンちゃんと僕は二人揃って両手の手のひらをタカに見せて何度も小刻みに振り続けた。
「えー謝らないでよぉ、まだ来てないメンバーもいるんだしさぁ」
テーブルにはコーヒーの入ったカップと日本酒の入ったグラスが左右対象のように置いてあった。シンゲンちゃんは日本酒が入ったグラスを高々と掲げてから一気に飲み干してニタっと笑った。なんか上手く言えないけどとても良い笑顔だった。覗く黄色い歯があらゆる経験を積んだ錆びた工具のようで僕はお疲れ様です!と言いたくなった。
タカはシンゲンちゃんと僕にもう一度深々と頭を下げてから黒縁メガネを右手で触りながらもう一度部屋の中を見渡して行った。