突然鳴り響くチャイムの音
ポケットにおさまるこの耳栓は僕に深い意味を与えてくれるのだろうか?しかしこれはナナコさんとは全く関係ないじゃないか。唯一つながるのは幼い頃に忽然と消えてしまったお父さんだ。ああ、もう僕には時間が残されていないというのにこれ以上深くは考えられないのか。僕はナナコさんをここに残したままあの世へと消えていくのだろうか?
その時だった。
突如、僕に届いていた月音は消え去りすぐに別のその音は鳴ったのだ。それはあまりにも現実的でそして心臓を一気に飛び上がらせるような音だった。
ピンポーン
突然チャイムが鳴ったのだ。ここにいる五人全員が驚愕の表情を浮かべた。
腐ったようなチャイムの音は玄関の向こう側にいる者が、一つ長い深呼吸をするくらいの間隔を開けてまた鳴らしてきた。
ピンポーン。
「おい…いったい誰だ?」
すでに半分以上身体が透けてしまったカオスが一歩だけ玄関に近づいてから振り向きざまに口を開いた。
すぐに同じ間隔を得てチャイムが狭い部屋のなかを鳴り響く。
ピンポーーン。
「確か扉の鍵は開いたままですよね?」
身体の透明度が圧倒的に勝るタカが胸ポケットからサングラスを取り出しながら言う。
ピンポーーーン。
「なんか悪戯っぽく長押ししてない?単純に怖いんですけど」
すでに下半身が完全に消えてしまっているチーコは自らの両肩をさすった。
僕らになにかを語るチャイムは短い間隔を繰り返しなり続ける。
ピンポーーーーン。
「なんだか長押しが長くなってきてない?すごく怖いじゃん!もう我慢できん。風林火山の名のもとにわしは開けるぞ」
顔半分が消え去ったシンゲンちゃんが玄関に恐る恐る近づいて行く。そこにカオスの言葉が飛ぶ。
「待て!シンゲンちゃん。なんだかあの扉は開けてはいけない気がする。開けたら何かが大きく変わってしまう気がするんだ。俺たちはもうすぐにあの世にいく」
ピンポーーーーン。
カオスの会話の最中であってもチャイムは繰り返される。
「いったい誰なんだ!しかも苛立ちを増幅させるような長押しを繰り返す誰かがいま外にいる。玄関のドアを隔てたその向こう側には一体誰がいるんだよ!」
ピンポーーーーーン。
タカは少し震えたような声を出す。
「すいません。なんだかとても怖いです。私たちは人間界では怖れられる正真正銘の幽霊ですが、それ以上に何か怖いものかもしれません。誰が一体こんなにチャイムを連続でしかも長押しで鳴らし続けるのですか?玄関の鍵は開いてるのですよ。ピンポンやめてお願いチャイムを鳴らさないで」
「み、みなさん、怖がらないでください。ぼ、ぼくが開けます」
ここにいるみんなと同じようにあの世へ向かう最終段階の全身が透明に変わりゆく僕はゆっくりと玄関へと向かう。
その時ふとチーコは何かに気づいた。
「ちょっと待って!ちょっと待ってヒロ君、みんなも見て。ヒロ君の彼女の死体もなくなってるわ!」
押入れのなかにあったナナコさんも僕の死体と同じように消え去っていた。
「いったいこれはどういうことだよ」
カオスが呟いたその時に、ゆっくり玄関の扉は開いていく。
誰だ?誰なんだ?
ドアノブが回され扉は大きく開放し誰かが滑り込むように侵入してきた。
「あれ?玄関の鍵を開けたまま仕事に行っちゃったのかな」
なんと入ってきたのはヒロシだった。