月光とオモイビト
「皆さん見えますよね!あの大きなまんまるい月が!もう見えないなんて絶対言わせません!」
月光を浴びる僕には確かな自信があった、四人のすぐ隣りにオモイビトが見えたのだ。柔らかい明かりを全身で受け止めるなか四人は一斉に立ち上がりそして声を揃えて言った。
「見える!月が見える!」
「俺たちはついにあの世へ行くんだな」
カオスは身体を震わせていた。
「あぁ…なんてきれいなんでしょう…こんなに…こんなに月が綺麗だとは。私はマンションの屋上から飛び降りるとき最後に見たのが月でした。そのときはなんて寂しい明かりだなと感じたんです、それがどうでしょう、いまはなんでこんなに温かみがあるんですか」
タカは真っ黒なサングラスを外して涙を流し始めた。
「風林火山に月という文字はないのぅ!
信玄公はすべてを知っておったのじゃ」
シンゲンちゃんは子供のように瞳を輝かせながら拳をなんども強く握り締めた。
「ありがとうヒロ君。あなたのおかげで私たちはこうして月が見えた気がする。あなたが導いてくれたのかもしれない。そして教えて欲しいの。私の隣りにあの子が今いるの?」
僕は振り返ってチーコの切ない表情を見つめた。
「はい!います!チーコの隣りに小さなお子さんがいます!はっきりと僕には見えます!」
「え…たっくん…ここにいるんだね……来てくれたんたね…ごめんね…ママさ、しくじっちゃったよね……ヒロ君、たっくんはいまなにか言ってるの?」
「はい。ママ!ママ!ありがとう!って言っています、そして…さようならと」
チーコはすべての涙を出し切るように泣き出した。
「あぁぁぁ…たっくん…あ…ありがとう。ほんとに…私を許してくれてありがとう。パパと仲良くね…ほんと…ほんとにごめんね…」
チーコは自転車で青信号を横断しているときに左折をしてきたトラックに巻き込まれた。薄れ行く意識のなかで見えたのは真っ赤に輝くテールランプだった。その明かりにチーコは何を託したのだろうか。突然現れたページの終わりにチーコは一体何を描きたかったのだろうか?
僕は続けてカオスに顔を向けた。
「いるんだな俺の横にも」
「はい!います!きっとカオスのバンドのメンバーと、あとあなたが助けたカップルさんもいます」
カオスが助けに行ったことにより男女は助かりカオスは胸を刃物で刺され死んだ。
「そうか…お前らは助かってほんとよかったよ。あとな、俺は正直言えばもっと歌いたかった。でもまぁ仕方ねーよ。あそこでお前達を助けずに引き下がってたらきっと俺は歌えなくなっていたと思う。だからあの世でとことん歌ってやるか」
カオスは声をふるわせながらそういった。
僕は続けてシンゲンちゃんに顔を向けた。
「どうだ?どうじゃ?今もいるのか?わしのお隣りに猫ちゃんたちが」
シンゲンちゃんは大型トラックが黒い壁に吸い込まれていくときに、なにを考えたのだろう。
「はい!います!にゃーっていってます。きっと新しい飼い主さんが見つかったと思います。だってものすごく嬉しそうな顔してますから」
「おお、よかった…まさに風林火山じゃ」
最後に僕は涙を流したままのタカを見つめた。
「私にはいませんよね。私は家内を最後に最悪の形で裏切ってしまいましたから、嘘をついて騙していた最悪な夫でしたから」
「いえ、タカ。隣りにいますよ。きっと奥さんです。こう言ってます。あなたは最後までかっこつけなんだからと笑っています」
「そ、そうですか…ほんとにごめんなさい…自殺なんかしてしまって…ほんとに…ほんとにごめんなさい」
タカは泣き崩れた。
それぞれのオモイビトはずっと想い続けていた。でも悲しくて寂しくて突然の別れに怒りすらもあった。どうしていなくなってしまったの?どうして突然死んでしまったの?
ページはもう二度とめくれない。でも最後にどうしてもオモイビトは感謝の言葉を伝えたかった。そして死人はそれを受け取って旅立ちたかった。だから。だからこうしてこの世に留まり続けていたのだと僕は思う。もう二度と会えないかもしれない。いや、きっと二度と会えないだろう、だけどほんとに会えてよかったと願いたいから。
そして…もし神様がいるならば…
またどこかでいつの日か。神様。どうかお願いします。
巡り会わせてください。
秋の満月が五人を照らす。優しくも儚くも最後の光を五人に与えていく。
カオスがおもむろに笑顔を作りあげた。
「なぁヒロ君。今お前全く吃りがなかったぞ」
「あ、あれ?あはは。ほんとだ」
「お前はきっと相手の反応を気にしすぎてるんだよ。だからそうやって縮こまってしまう。次生まれ変わったらもしまたお前と出会えたら必ず親友になろうな。約束だ」
「ありがとうございます!カオス!僕はあなたの事は絶対に忘れないです。いえ、シンゲンちゃん、タカ、チーコ。僕はあなたたちに会えてほんとに幸せでした。最後の最後に親友を持てたことが何よりも幸福でした。ほんとに…本当にありがとうございました。そ、それで、ぼ、ぼくの横や後ろにも、だ、誰かいますか?カ、カオスどうですか?」
「いや…すまない俺たちにはなにも見えないんだ、でもヒロ君も月が見えている。だから五人一緒に旅立ちができる」
五人は長いあいだ、狭いベランダで無言のまま満月に見とれていた。
チーコが「そろそろかな」と両腕を大きく伸ばした。
「そろそろお迎えがありそうね。またあのシルクハットの例のあの人が来るのかしら。よし、じゃあ最後にヒロ君の死体にも会ってさよならするかな」
チーコが隣の部屋に入っていくとすぐに
「きゃー!」
悲鳴があがった。