僕の部屋に僕の死体がある
ベランダから見上げる夜空はいつもより濃い黒で塗られてる感じがした。秋の夜長は夜を本格的なものにするのかな。強い風が窓ガラスを鳴らしていく、体温を奪うひんやりとした風だった。僕はもう一度夜空を見上げ月を探してから部屋のなかに入っていった。
月はあるべき場所になかった。
テレビ台に置かれたゴツゴツしたアナログ時計を見ると針は9時を回ったところだった。
「月がいなくなったこの夜9時に、いまから俺はコーヒーを飲む。もちろん…ブルーマウンテンの濃密な…おぅ…おぅ濃厚なおぅ…おぅ…ブラックだ」
僕はちょっと渋く苦味テーストビガーな独り言を決め込んでみた。
長年に渡って手を組み連れ添ったいつもの独り言だ。
そのときにふと前方3M以内の距離に気配を感じた。おっと違う。テーブルの向かい側に人が礼儀正しく座っているのをすっかり忘れていたのだ。僕は客人の存在を抹消したかのように忘れ独り言を決め込んだわけだった。
いつもの独り言のつもり。だが結局それは予定通りのいつもの独り言となった。理由は相手からの返事がまったくなかったからだ。
僕は客人をちらっと窺うときょとんとした目をこちらに向けていた。まるで、おいこの洗濯機動き悪いぞ、もしや壊れたのか?だってすげえ動きわるいもん、というような目だった。
月が消えた夜でもそれはなんら変わらない。
僕は居た堪れなくなり、客人から大きく逸らすように部屋を見渡していった。
ここは自分の部屋だ。すっかり見慣れた光景が広がっている。六畳二間プラス小さなダイニングキッチン。家賃は共益費込みで五万二千円。
「ふぅ。タケダさんもコーヒー飲みます?」
僕は木目調のテーブルを挟んでタケダと呼んだ友人と対面にすわっている。
目の前にいる友人は「シンゲンいただこうかな」
と小さな声でいった。まだ僕を壊れた洗濯機だと見てる目だった。
独り言は1人のときに言うから独り言なんだ!
僕はいますぐタケダさんのあのぷくりとした耳たぶを持ってそう叫ぶ想像をした。
タケダさんは見ては行けないものを見たように瞳を閉じてぶるぶると顔を左右に振ってから大きな深呼吸をひとつした。そして時折、隣部屋とを隔てる閉じられた襖を見ては思案顔を天井に漂わせていた。タケダさんの目線はロウソクの炎のように白い天井をゆらゆらと泳いでいた。
「ど、ど、どうですか?」
思い余って質問をしてみた。だが、また吃ってしまった。いつもそうだ。
幼少期から他人のことが恐怖対象でしかない。とにかく僕はコミュニケーションが苦手なのだ。話すときの緊張感が僕を吃らせてしまう。
「うん。隣りの和室で間違いなく死んでるよチョッピあなたがね」