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幸せのカタチ



光無き世界は、恐ろしいものだ。闇の中駆けるのが幼い者だとすれば尚更だ。ファントムは小走りで夜道を駆けていた。日は既に落ち、宵闇が周囲を包んでいた。一人で遠くまで遊びに来たら、帰り道がわからなくなってしまった。不安に煽られこそすれ、ファントムはその足を止めることはしなかった。一度足を止めてしまえば恐怖に囚われ、そのまま闇の中へ飲まれるような気がしたからだ。


しばらく進んだところで目の前に人影が現れる。立ち止まらないと決めたファントムも思わずその動きを止める。昼間ならなんとも思わない状況だが、夜となれば話は別だ。何がやってくるのかわからない、それが恐怖を掻き立てた。後退りをしようとした時、眩しい光が闇を切り裂いた。


『ここに居たのか』


その人影から放たれた声は、ファントムが最も聴きたかった声だった。目の前に左目を懐中電灯のように照らすエニグマが居ることを理解すると、ファントムは駆け出した。


『エニグマ姉さん!』


エニグマは一度左目を消灯する。突っ込んできたファントムを受け止めるために。


『……ライトが心配してたぞ』


『……エニグマ姉さんは心配してないんだ?』


『そうは言ってないだろ。とにかく皆心配してるんだ、さっさと帰るぞ』


日が暮れてもファントムが帰ってこない、その焦燥に耐えきれず家を飛び出したことはファントムには知られたくなかった。一時間くらいの捜索で、ようやく末の妹を見つけたことによる安堵があったが、エニグマは普通を装った。


『………』


ファントムが強くエニグマの手を握った。この手を離したら今度こそ家に帰れないかもしれないというように。エニグマはファントムの手を握り返して引っ張るような形で帰路を辿った。再び左目を点灯してファントムに問う。


『どうしてこんな所まで?』


ファントムはライトと違ってあまり外に出ることはなかった。出るとしてと大抵はライトやソルと一緒だったから。


『えっと……この前一緒に行ったお花畑にもう一度行きたくて』


『ああ、あの場所か』


エニグマは以前、二人を連れて海を越えたことがある。その先に見えた世界は新鮮で刺激的なものばかりであった。自分達が知らないことばかりであった。なにより、一番気に入ったのはある丘の上に咲いている花畑だった。色とりどりに彩られていたその場所はすっかりファントムのお気に入りになっていたようだ。一度見たものは全て記憶できるエニグマならともかく、記憶力は人間よりもちょっと上なだけのファントムが、たった一度向かっただけの場所に一人で辿り着けるわけがないと思っていた。それでも、海まで一人で歩いて、海を越え、途中まで帰ってこれたことにエニグマは驚きを隠せなかった。


『なら私に言えば良かったろう』


妹がそうせがむなら、何度でも連れてやるつもりだった。何故迷うリスクを冒してまで一人で行ったのか、それを今まさに問おうとした時、ファントムがとあるものをエニグマに渡した。


『本当は、あそこの花を束にして姉さん達に渡したかった。でも時間がなかったから』


握られていたのは花の種。あの花を家でも見られるようになれば……そう思っての行動だった。きっと、家に帰ったらみんなにこっぴどく叱られるだろう。特に、ソルの説教は恐ろしいということはファントムはおろかエニグマも理解していた。それでも構わずに海を越えて花の種を持ってきたファントム、エニグマはそれがとても嬉しかった。


『家に帰ったら大事に育てよう』


『うん!』


そうして迷いもなくエニグマはファントムの手を引いて夜道を歩いていく。







「…………あぁ」


目を開ければ毎日最初に見る景色、自分の部屋の天井だった。


「ファントム………」


ついさっきまで手を握っていたはずの妹の姿を捜す。それが夢だと理解するのにそう時間はかからなかった。


「戯言、か」


夢の中の自分はどことなく幸せそうだったので、それが夢となると少しだけ残念な気持ちになる。


(………また懐かしいものを)


今のは、今の夢は、まだ妹達が生きていた頃の夢。エニグマはその夢の先のことも未だによく覚えていた。


(ライトの泣きっ面は傑作だった。鼻水垂らしながらファントムのことを抱きしめてわんわん叫んでたな。まぁ……ソルの説教は地獄だったが)


ソルの説教は本当に強烈なものだった。正座をさせられ叱られていたファントムは泣き顔で、反論することもできずにただ俯いていた。自分の為に行ったのだ、そんなに叱らないでやってくれと、エニグマも説得したものだ。


(あの場所は、どうなっているのだろう)


行ったのはもう随分と昔のことだから、なくなってしまったかもしれない、今もまだその美しい花園を形成しているのかもしれない。



コン、コン



不意に扉を叩かれる音がした。


「何だ」


身体を扉へと向ける。顔を覗かせたのはグリフォンだった。


「具合はいかがですか」


「大丈夫だ。……多分」


「なら良いのですが。昨晩ご飯を持っていっても何も反応してくださらなかったので」


そう言われて気がついた。今が朝だということに。どうやら、昨日の昼間からずっと寝ていたようだ。


「悪い、心配かけたな」


「いいえ、そんなことよりご自身の心配をしてください」


首を振るグリフォンだったが、その鷹の目はすっかり充血していた。エニグマのことか心配で眠れなかったことがよくわかる。そのグリフォンの頭の上に、もう一つ頭が追加される。


「大丈夫か」


無論、ソルであった。


「はっ、意外に心配症なんだな?」


「逆に心配しない奴なんか居るか? あんなにうなされてた奴をよ」


ソルの瞳が乾いているのがわかる。眠れずはおろか、瞬きひとつもできなかったのか。


「悪かったな」


「お前が悪いわけじゃない。無理にとは言わないが、何があったのか聞かせてくれないか」


「……そうだな」


「じゃあ、飯作ってくるぞ」


心配してくれるソルと、ようやく安堵の表情を見せて廊下へと姿を消すグリフォン。少しだけ胸の内が軽くなった。


(……私には、あいつらが居る)


そうだ、まだ全てを失ったわけではない。エニグマは自分を気にかけてくれる二人に、愛しい子供三人に、なにより自分に家族を教えてくれた二人に感謝した。もちろん、声には出さないで。






朝飯、最近エニグマは苦い紅茶を飲み始めた。苦すぎるくらいがちょうど良い、眠りまで忘れてしまうから。その後、エニグマはもうこれ以上は黙っても得はないと考えた。五人を呼んで、告白することを決める。


「それじゃ、長くなるが聞いてくれ」


「ああ、無理はするなよ」


深呼吸をして、ついにエニグマは今までのことを話した。夢にライトとファントムが出てきたこと。似た夢を何度も見たこと。寂しいと言葉を残して、消えてしまったこと。今朝、昔の夢を見たこと。誰も、エニグマの話を妨げずに聞くことに専念していた。一時間くらいが経ったころ、ようやく話は終わった。エニグマは大きく息をつく。


「はっ、もっと早く話してくれりゃあ相談に乗れたのによ」


「んなこと言われたって」


嫌味っぽく言うソルに、口籠もるエニグマ。まぁまぁとグリフォンが間に入って


「エニグマ殿も話づらかったのでしょう。二人のことはエニグマ殿が一番知っていましたから。私が生まれる前から、色々あったようですし」


その言葉にエニグマは小さく頷く。ソルは少し考えて言葉を放った。


「そうだな、お前が二人の名前を口にしたのはいつぶりだったか」


二人の名前を口にするのを、意図的に避けていたのはソルもわかっていたことだった。


「もういっそのこと全部ぶちまければ楽になれるかと思ってさ」


軽々しく言ってみせるエニグマを見て、内心ソルは心苦しくなった。彼女に無理をさせたくなかった。こうして話をさせていることは、エニグマにかなりの負担をかけているはず。迂闊なことを喋ってしまったと後悔する。


「……悪い。辛い事を思い出させたよな」


「良いんだ、夢を見始めた時からこのようなものだし」


「だが」


首を振るエニグマに、ソルはまだ何か言いたかったが、上手く言葉にできなかった。何の言葉を放ったとして、その全てがエニグマを苦しめることに繋がると思ったからだ。


『エニグマ殿は、思い出したくないんですよ。あの二人を』


少し前、グリフォンが言っていた言葉を思い出す。そんなソルを差し置いて、エニグマはソファーから立ち上がって


「話したらスッキリしたわ。付き合ってくれてありがとう」


「……なら、良いんだけどよ」


エニグマと違ってすっきりとしない表情のソル。何もしてやれない自分を責めているようにも見える。


「お父様」


「ん?」


「話し足りないこととか相談したいことがあったらいつでも話してね」


アンノウンとルミナスがそう言った。自分達にできることは、これくらいしかないと判断したのだろう。エニグマは二人の頭を撫でて、自室へと戻っていった。ソルとグリフォンは顔を見合わせる。ソルは力無く俯き、グリフォンは大きくため息をついた。エニグマが悩んでいるのはわかる、けれど自分達に一体何ができるというのだろう。これほど自分が無力だと思った日はなかった。







夕焼け小焼けのオレンジ色。それは一日の終わりを意味していた。


『アンノウンー! ルミナスー! 帰るよー!」


『パルスもほら、また明日遊ぼう』


『はーい!』


『ばうばう〜!』


『姉さんも帰るよ!』


『えっ、やだ』


『駄々っ子か!』


息を切らしてライトとファントムの前までやってくる四人。やがてアンノウンが言う。


『次はルミナスが鬼だ!』


『なんでよ、アンノウンが鬼だったじゃん!』


『お母様が呼ぶ前に触ったしー!』


『なにをー!』


子供らしい喧嘩をおっ始め、ぽかぽかとお互いを叩き始めた。エニグマが間に入って制止する。


『まぁまぁ、落ち着きたまえ』


『どっちが最後だったの?』


『お互いにぺたぺた触ってる感じだったから何とも』


『あ、そうだ! 次はお父様が鬼ね!』


『おっ、別に構わないぞ』


『姉さんが鬼になったら速攻で終わっちゃうよ』


『じゃあハンデをつけてやろう、私はこの体勢で追いかける』



┌(^o^┐)┐



『いやキモい』


『ひどいなぁ、妥当な案だと思ったのに』


『続きは家に帰ってからにしよう。ほら』


『はぁーい』


『お父様、抱っこ〜』


『あ、ずるいぞ! 僕おんぶ!!』


『ふっ、どうやら私にもモテ期がやってきたようだな』


『自分の子供にモテてどうするのさ』


エニグマが広げた縄張り内、こっそりエニグマは子供達が遊べるようにと擬似的に公園を作っていた。元気に遊ぶのにそこは最適の場所となった。


『姉さん、二人も抱えて大丈夫なの?』


『私は最強だからな』


『それエニグマ姉さんの口癖だよね。まぁ事実なんだけどさ』


ライトはエニグマの様子を度々窺っていたが、嫌な予感は的中した。


『本当に大丈夫?』


『ああ、大丈夫……』


大丈夫には見えなかった、明らかに歩くスピードがライトやファントムに比べて遅くなっている。軽くふらつきながら、エニグマは我が子二人を落とさないようにしっかりと抱えていた。エニグマも結構子供っぽいところがあって、彼女も混じって遊んでいたので疲れているはずだ。見かねたライトはエニグマの背後に回って、そっとアンノウンを抱き下ろす。


『すっかりおねんねタイムだ。可愛い』


『当たり前だよなァ!!?』


『いきなり大声出すな、みんな起きちゃうだろ』


『ごめん』


そのやりとりにライトはくすくすと笑って、アンノウンを抱っこした。そのままファントムもエニグマと肩を並べ、家へと向かう。最初は姉妹仲良く色んな話をしていたが、エニグマの声が途中からぱたりと止む。


『………あれ?』


『ん、どうしたのライト姉さん』


『姉さん、歩きながら寝てるんだけど』


『機械ってスゲェェェ……』


一見起きているように見えるが、エニグマはいつのまにか動作を脳につけられた機械に任せ眠っていた。証拠に右目の焦点はあっておらず、左目がウィンウィン激しく動いている。


『ほんと、エニグマ姉さんって面白い人だよね』


『うん、それでいてなんだかんだ優しい人』


そうして笑い合って帰路を急ぐ。紺色に染まり始めた空に、月が昇り始めた。









(…………………)


急に目覚めるのはこれで何度目だろうか。上体を起こして周囲を見渡しても誰も居ない。居るはずもない。分かっていても妹達の姿を捜す自分はおかしいのだろうか。エニグマは目を閉じてかつての光景を巡らせる。己の心臓と肺を確認する。あの時は本当にはしゃいだ、あまりにはしゃぎすぎて心臓がバクバク鳴って呼吸をするのも苦しかったくらいだ。


(…………だから、忘れていたかった)


二人のことを考えるだけで、その声を、姿を、顔を思い出すだけで、心の中でその名前を呼ぶだけで、胸が痛くなる。心臓が何かに強く縛り付けられて、そのまま圧力に耐えきれず破裂しそうなほどに。


(………会いたい)


自分が造った、血の繋がりのない妹。それでも、エニグマにとっては気の置けない唯一無二の妹だった。もう会うことは叶わない、わかっているからこそ余計に胸が痛くなるし、だからこそ会いたくなる。どうして夢に出てきたのに、その姿を目に焼きつけなかったのか。どうしてその身体に触れなかったのか。身体が動かなかった―――わかっている、それでもどうにかならなかったのか、と考えてしまう。右目の視界がぼやける、それに気づいて思考を放棄しようとしたが既に遅かった。次々と脳裏に蘇る、妹達との有りし思い出が。自分があれほど忘れていたがってた、自分の命よりも大事な思い出が。


「会いたい……」


声に出してしまったせいか、右目からたくさんの涙が溢れ始めた。それらを拭うことすらせずに、ただエニグマは妹二人を呼ぶ。会いたいと、お願いだからその姿をまた見せてくれ、と。









あれから太陽と月が何度も入れ替わった。ライトとファントムはエニグマの夢でその姿を見せなくなった。いや、正確にはあの場所での邂逅はなくなった。代わりに、エニグマはかつての思い出を振り返るかのような夢を見ていた。その夢の中になエニグマは居るし、ライトやファントムも居るし、時にはソルやグリフォン、自分の子供達も居る。忘れようとした反動か、毎晩懐かしい記憶を見せられる。そして、朝がくるたびにその記憶が夢だとわかり、とてつもなく胸が苦しくなって、妹達が恋しくなる。他のことが何も考えられなくなるくらいに、頭の中がそれだけに埋め尽くされる。会いたくなかった、そんな時に現れたくせに、どうして会いたくなった今は現れてくれないのか。毎朝涙で目が覚めて、誰かが来るまでにその感情を押し殺す。最近はそれの繰り返しだった。だが、胸の内に抱える悲しみや寂しさを隠し通すのがもう限界だとわかり、エニグマはソル達に話すことにした。


「まだ何かあったか。やっぱりな」


その日、エニグマに呼ばれて開口一番にそう言ったので、エニグマは少し驚いた。


「……わかってたのか」


「はっ、最近のお前やたら右目だけ擦ってるからな」


けせらけせらと笑うソル。


「じゃあ、なんで言わなかった?」


すると、ソルはほんの少し困った顔で


「言ったら興冷めだろう。お前から言ってくれるのを待っていた」


「………はっ、なんともお前らしいな」


「うるせぇな、とっとと話して楽になりやがれ」


「ほいほい」


ソルとグリフォンがエニグマの前に鎮座する。エニグマは再び今まで起きたことを包み隠さず二人に話した。今までの夢を見なくなったこと、代わりにかつての思い出を夢として見るようになった。目が覚めれば、無性に会いたくなること。二人はやはり、最後まで徹底して話を聞いていた。


「それで、あいつらはもう出てこなくなったわけか」


「ああ………」


ソルの言葉に、エニグマは困った顔で頭を掻いて返した。


「最後にあった時、ライトは言っていた。『私達のことが嫌いになったのか』と。そんなはずはなかった。でも夢の中の私は否定できなかった。だからきっと、二人はそれを肯定と受け取ってしまったんだ。だから、もう……」


「本気でそう思っているのですか」


グリフォンが制した。


「じゃあ、なんで出てきてくれないんだ? 二人はもう、私に幻滅してしまっ―――」



「ありえない!」



突然響いた幼い声。アンノウン達であった。


「そんなはずない! お母様がお父様に幻滅するはずがない!!」


「ばぅぁ、えにゃのことすき! きらいになんかならない!!」


「お前ら、いつのまに」


「お父様は、どうしたいの?」


「そんなこと言われても……」


どうすればいいのか、わからない。


「少なくとも、今のままじゃいけないっていうのはわかってるでしょ?」


それはそうなのだ。これ以上過去の夢を見て心が痛くなるのは勘弁だ。懐かしい夢を見る分には構わない、だがそのせいで胸が苦しくなるのは嫌だ。


「わかってる、わかってるんだ。でも、どうすればいいんだ?」


「簡単だよ」


アンノウンが言う。


「お父様がお母様達に会いに行けば良いんだよ」


「行く……って?」


「お母様達のお墓に行くの」


「ッ!?」


エニグマが瞠目する。やがて頭を抱えて


「マジで言ってるのか? 二人に会いに行けだって!?」


「うん」


「そんな資格私にあるわけがないだろ!? 私は二人を拒絶したんだぞ!? それどころか私は忘れようとした、その記憶を消そうとした!! そんな私に会いたがるわけがない!!」


「じゃあ、どうして今までの夢には出てきたの?」


エニグマの否定を、ルミナスは否定しようとした。


「あんなの、私が二人に会いたすぎるがあまりにみた幻に過ぎない。ただの偶然だ、二人が会いたくて見せた夢なんかじゃない」


「そもそもだ、お前達が墓参りに行った時に姿を見せたわけじゃないんだろ? 二人はもう居ないんだ。どうやって説明しろってんだ」


「…………」


今までの相談事、そしてつい先ほど己の口から発したその言葉を覆すエニグマに、誰も反論はできなかった。確かにそれは夢に過ぎない、憶測にすぎない。でも、今のエニグマを見ていると、それだけでは到底納得はできなかった。


「………今見ている夢も、いずれ収まるだろう。話したらスッとした、ありがとう」


そうしてその場から廊下へと姿を消すエニグマ。アンノウンが追いかけようとするが、パルスが服を咥えて制止する。


「………重症」


ソルが淡々とそう言った。


「絶対に、心からそうは思っていない。無理やり自分にそう思い込ませている、錯覚させている」


「あれは全部夢で、二人が会いにきたなんてものはただの幻覚にすぎない。そう考える方が自然なのはわかる。きっとあいつは怖いんだ、『再び会えたとして、二人が自分に良い顔をするのか』と」


「思い出したくないからと、一度も墓参りもしないで、挙げ句の果てには忘れようとした。エニグマ殿は怖いんだ、二人が自分を嫌っていたとしたら。誰よりも二人を愛して、守って、自分の生き甲斐であった二人に嫌われたとしたら、塩かけられた青菜よりしなっしなになりますよ」


「忘れようとした思い出を、思い出してしまったら、それを忘れるのにどれだけかかるんだろうな……」


「…………」


ソルは窓から外を、海がある方へと視線を移す。


(………なぁ、お前達はこの様子を見ているのか?)


返事がくるかもしれない、そんな淡い期待をした。けれど、聞こえてくるのは自分を含めた五人の息遣いだけだった。









『エニグマ姉さん!!』


『へぐぉッ!? 私を起こすのに鉛玉を使うなァ!!』


『この前約束したでしょ、花の種植えるって』


『あ? あぁ、あのことかじゃあ早速植えに行くか』


『いや、ここで良い』


『というと?』


『そぉれっと!』


『なんだ窓を開けたかと思えば種をばら撒いて』


『ここに植えれば、好きな時に見られるじゃん?』


『はっ、なるほどな。それは盲点だった』


『芽が出たら教えてよ』


『ああ、その時はライトも呼んで一緒に見よう』








「…………ッ!!」


エニグマは跳ね起きた。今回の夢は妙に声がよく聞こえた気がする。


(花の種……確か……)


窓を開けて、地面を見下ろす。そこにはたくさんの、色とりどりの花が咲いていた。


「………あぁ」


そうだ、ファントムがいつでも手頃に見られるように、自分にプレゼントしてくれたんだ。どうしてこんなところに花が咲いているのか、今頃になってエニグマは思い出した。


(ファントムが植えて、三人で毎朝欠かさずにここから水をやってたんだ。芽を出した時は大層喜んでいたな……)


あの時撒いた種から育った花園。その名残は今も尚健在だった。妹の名残は残っていたのだ。


(…………くそ)


エニグマは自分を卑下した。こんな大事なことを忘れてしまっていただなんて。


……否、忘れてしまったのではない、自分で忘れたのだ。夢に出てきたあの影二つは、ライトとファントムのものだなんてわかりきっていたことだった。だが、エニグマはそれを否定した。頑なに認めなかった。自分で封印した、大事な思い出。


(………くそッ!)


今まで巡った過去の夢、そして今朝見たあの夢。自分のためにと、とってきてくれた花の種。姿を変えずにずっとここに佇んでいた、まるで自分を見守るかのように、ずっと。


(私は、何をしていた!)


いくら自分が辛いからと、思い出すだけで苦しいからと


(一番大事なことさえも、捨てようとするなんて!!)



嗚呼、世界よ。この腑抜けを腹から嗤え。



エニグマは窓から飛び出し、窓の下に咲く花をいくつか手折ってどこかへ走り出す。自分の目に映る景色が目まぐるしい変化を遂げる。その気になれば馬をも超える速さで陸を駆ける。海に差し掛かってもその速さは衰えることなく、水面をカイツブリのように走っていく。



「………はぁ………はぁ……」



ようやく足の動きが落ち着いていく。旧い大木が見えてくる。エニグマは大木の麓まで近づいて、片膝をついた。木の枝を十字に交差させ、麻紐で固定させた簡素な墓。


「………二人とも、久しぶりだな」


汗を垂らしながら、開口一番に放った場違いな言葉。そして、花を墓に添えて続ける。


「ほら、覚えてるか。みんなで育てた花だ。今でも元気に咲いてるんだ、とっても賑やかにな」



「悪かった、今まで一度も墓参りしなくて。こんな私は、姉失格だよな」



「姉さんのことが嫌いでも良い。でも、これだけは言わせてくれ」



エニグマは大きく息をして、呼吸を整える。



「ライト。ファントム。私の妹で居てくれて、本当にありがとう」



紡いだ言葉は、一粒の涙と共に地面に吸い込まれた。思い出す度に胸を引き裂きたくなるほど苦しくなるのは、涙が止まらなくて仕方がないのは、妹達と過ごしたあの日々が他の何物にも変えられないという証。それを忘れてしまったら、なかったことにしてしまったら、今のエニグマは存在しないことになる。


自分に家族というものを、愛というものを、そして輝かしい思い出をくれた、大事な大事な―――代替えのない妹達に、心からの感謝を。


そのままエニグマは墓の前で丸くなって目を閉じた。この体勢なら、妹達の声が聞こえる。そんな気がして………








………風が吹いた。



風に乗せられやってくる、優しい香り。墓場ではない、明らかに雰囲気が違うその場所にエニグマは立っていた。


(………ここは!)


そう、自分が見たいと渇望していた夢の世界。ただひとつだけ違うのは、自分の下に生えているのは緑の草ではなく、綺麗な花園であること。ぽかぽかと暖かい。まるでお伽話のようだ、白昼夢のようだ。しばらくして気がつく、この花園は、かつて妹達と見たあの花園だと。もう、訪れることは叶わないと思っていた。



「………姉さん」



あの時見た夢と同じ声。しかし、全く違う印象を受ける。山彦のような曖昧なものではなく、はっきりとエニグマはその声を聞き取った。声がした方向へ振り向いた瞬間



「姉さん!!」


「うぼぁぁっ!!?」



勢いよく花の絨毯に押し倒された。花びらが勢いよく舞う。その中に見える、自分が会いたいと何度も渇望した、その姿。


「あぁ、あぁ………ライト!!!」


この名前を、直接捧げる日が来るとは思わなかった。今までの夢では出すことが叶わなかった声、それに驚くこともせずに、エニグマはライトの名前を呼んで強く強く抱きしめる。確かに、そこには実感があった。妹を抱いているという感覚が。



「ひゅーひゅー、二人は昔からお熱いねー」



そこにエニグマ達を囃し立てる声が加わる。


「ファントムッ!!!」


「……って、え、なに、ちょ、わああああああああああ」


エニグマはライトを優しく退かすと、一目散にファントムに駆け寄り、脇下を掴んで天高く掲げた。そのままぐるぐると回り続ける。このまま踊り疲れるのも良いかもしれない。


「ちょ、わかった、わかったから降ろして! 目ぇ回って気持ち悪くてなってきた………」


「本当に、お前達なのか……?」


「ひどいな、姉さんは。ソル達には見えないでしょう?」


「わっつ?」


ライトのその言葉にエニグマは驚いた。少なくとも自分が覚えている限りでは、ライトはこんなことを言う子ではない。


「なぁんてね、冗談だよ。姉さんやソルの真似しただけ」


「んだとこんにゃろめ!」


「あははは!!」


エニグマは再びライトを抱きしめた。嬉しいんだ、こうして妹を抱けることが。たまらなく、嬉しいんだ。


「姉さん痛いっ、もう少し優しくっ、あっ」


「やだねっ!」


困りながらも、ライトはそのハグをうっとりした様子で受け入れていた。


「ライト姉さん、エニグマ姉さんのこと凄く心配してたもんね」


「あら、ファントムも姉さんに会いたがってたじゃない」


「は、んなわけねーし。エニグマ姉さんのことなんか好きじゃないし」


「うっそだぁ〜」


「うるせー!」


二人に会ったばかりによく見た、あの光景が勃発する。それが懐かしくてたまらなくて、エニグマの顔が綻ぶ。エニグマは片手を広げ、ファントムをも抱く。二人を同時に抱く。


「姉さん、このままじゃお話できないよ」


「このまますれば良いだろう」


「でも、心地良すぎて微睡そうなんだ」


それを聞いたエニグマは名残惜しそうに、渋々と二人を話した。


「あそこに座ってゆっくり話そう。いっぱい話したいことがあるんだ。…………ライト姉さんが」


「ファントムも素直じゃないんだから」


「うっせ!」


ファントムが指を向けた先にあったのは大きな切り株。もしかしたら、これも思い出の中にあった代物なのかもしれない。


「ああ、私もたくさんあるんだ。お前達に話したいことが、聞きたいことが。モリモリにありすぎて月まで届きそうなくらいにな!」


「……はは、なんだかんだ変わってないね。エニグマ姉さんは」


ファントムがててて、と先に切り株に向かいそこに座る。エニグマとライトもそれに続く形で切り株に座り、三人揃って肩を並べた。




「何から話そうか」


「そうだな……なんで私の夢に出てきた……とか?」


それを聞いたライトが悪戯な笑みを浮かべて


「簡単だよ、姉さんに会いにきて欲しかったんだ」


「会いにって………夢の中で会ったじゃないか」


「いやあれはノーカンだから」


ファントムが言う。


「エニグマ姉さんの『夢』だけど、あれは私がライト姉さんのために呼びかけてたに過ぎないんだ。会いにきて欲しいって、伝えたかったから」


「………………」


「……いやまあ、私も多少は会いにきて欲しいとは……思ったかもしれない」


こっそりファントムははにかんだ。


「……すぐに姿が消えたのは」


「……ごめん、私が疲れちゃったから。自分の能力を応用してエニグマ姉さんに歩もうとしたけど、慣れないことすると疲れるもんだね。今はもう慣れたけどさ」


「なるほどな。でも、それなら、どうしてあの時の私は声を出すことも、身体を動かすこともできなかった……?」


「それは、きっと私達からのアプローチだから」


「ん?」


ライトは戸惑いながらも言葉を並べる。


「夢という形だから、姉さんの意思に関係なく呼びかけることはできた。でも、それを姉さんがどう受け取るかで変わってくる……んだと思う。姉さんが、あの時ちゃんと応える意思があったなら多少は……動けたのかも」


そこでエニグマは思い出した。かつて二人を忘れ去ろうとした自分を。夢に出てきていたあの影達が、ライトとファントムであるということを認めなかった自分を。


「ああ……私が、二人を、認めなかったから……」


そうすれば辻褄は合う。最後のあの一瞬、あの一瞬だけ身体が動いたのは、ようやくあの影達を二人だと認めたからなのだろう。そして聞こえたかつての自分の声、妹達の想いと、深淵から蘇った思い出が共鳴した産物なのかもしれない。疑問は解けた。だが


「………姉さん?」


「どうしたの?」


突然エニグマが顔を押さえた。妹二人はたまらず動揺する。


「すまない……本当にすまない……理由がなんであれ、私は二人を忘れようとしたんだ……本当はわかってたんだ、あの時見えた影がお前達だなんてことは。それでも、認めなかった、認めたくなかったんだ……それに、怖かったんだ………お前達が、私に嫌いになったのかって聞かれた時、私は答えられなかった。……私のことを、嫌、いに、なったんじゃないかって……」



「姉さん」

「エニグマ姉さん」



ライトとファントムが同時に喋る。


「そんなこと言わないで。私達は何があっても絶対に姉さんのことを嫌ったりしない」


「嫌いになりきれないよ、エニグマ姉さんと一緒に居ると退屈しないからね」


「………は、ははは……」


エニグマは涙を流していたが、その表情は笑っていた。


「さぁ、次はエニグマ姉さんが話す番だよ」


「あぁ……そうだな……」


エニグマはごしごしと右目を拭って、二、三回大きく呼吸をして、話し始めた。


「……お前達がいなくなってしばらくは、私もまだ時々お前達のことを考えてた。いや…考えてたっていうよりは、無意識に流れ込んできたっていうのが正しいかな。お前達の存在は、いつのまにか私にとって大きすぎるものになった。お前達が居ない世界なんて考えられなかったんだ。ずっと私の傍に居て、唯一無二の妹であるお前達が、私は忘れられなかった。お前達のことを考えると、心臓が裂けそうなほど苦しかった。何を代償にしてでも、お前達に会いたかった。触れたかった、声を聞きたかった、私をまた呼んでほしかった。一緒に夜までぶっ通しで遊んで、そのままベッドで寝落ちしたかった。お前達に関することを、少しでも思い出すだけで、震え泣いた私をあいつらはいつも心配してた。私は一切口にしてなかったはずだが、最初からわかってたんだろうな。お前達が恋しくて泣いてるって。本当は、あいつらだって泣きたかったはずなのに。アンノウンやルミナスですら、それを堪えたんだ。申し訳ないよ、本当に。一々泣いていたらキリがないし、精神的にも参っちまう。だから―――」


独白を続ける自分は、二人にはどう見えているのだろうか。一旦言葉を切って、エニグマは二人の顔を見る。そして、そのまま俯いて


「―――お前達を、忘れようとした」


この言葉を聞いた二人のことが見れなくて、ずっとエニグマは俯き続けた。


「お前達が居なければ、今の私は存在していない。そんなことはわかっていた、それなのに私はお前達をなかったことにしようとした。最低にもほどがある、姉としても、創造主としても、最低最悪だ。お前達に嫌われたって、何も言えない……」


―――その時だった。ふわ、とエニグマの肩にライトが頭を預け、膝にファントムが頭を乗せた。


「………ありがとう、姉さん」


「はっ!? なんでっ、私はお前達を忘れようと……」


「でも、それは私達のことが好きで、忘れられなかったからでしょ」


全くその通りだった。素直にエニグマが頷くと、二人は姉に甘えるように擦り寄った。


「よかった、大好きな姉さんが私達のことを大好きで居てくれて……」


その言葉に衝撃を受けた。当たり前のことを言ったまでだ。エニグマは二人の頭に触れた。不純のないその瞳その眼差しを見ていると、エニグマを縛る鎖が壊れていく。エニグマの視界がぼやけていく。


「…………」


「エニグマ姉さんってこんなに泣く人だっけ?」


ファントムが揶揄うようにそう言う。エニグマの様子を見てしばらく、不意に口を開いた。


「…………本当はさ、少し怖かったんだ。いくら呼びかけても、エニグマ姉さん反応してくれなかったから。もしかしたら、私の能力が上手く発動してないんじゃないかって。ライト姉さんが何を言っても無視するから、もしかしたら嫌いになったんじゃないかって。ライト姉さんが近づいても態度が変わらなかったから、より確信に近づいちゃった。エニグマ姉さんは私達に会いたくないんだって。正直、辛かったよ。それ以来、もうああして呼ぶことはやめたけど………まさかエニグマ姉さんから会いにきてくれるだなんて思わなかった」


それを聞いたエニグマは今すぐにでも自爆したくなった。こんなにも自分を大事に想ってくれている妹の存在を消そうとした過去の自分を思い切りぶっとばしたくなった。二人を悲しませるのは、例え自分自身であろうと許さない。


「……本当に、すまない。まだお前達は、私を姉と謳ってくれるのだな。私がお前達を嫌うだなんて、世界が消えようとありえない。お前達は、私の大事な妹だ。ずっと、ずっと」


それを聞いた二人はまた笑った。


「にしても、ここは」


「ああ、私が作った思い出の場所。希望があれば春にでも夏にでも秋にでも冬にでもできるよ。家でも良いけど、エニグマ姉さんずっとそこに居たし飽きてるだろうと思ってさ。だから、あの時一緒に見た花畑しかないって思った」


あの場所は、きっとまだ存在していて、かつて自分達に見せてくれたように、他の人にも見せている。そうだ、そうに違いない。


「まぁ、あの時植えた花。まだあるって聞いて安心したよ」


「毎年花を咲かせているんだ。そいつらも種を残すからどんどん増えて今じゃちょっとした花園さ」


「そのまま増え続けたらお家全体を包んじゃうかもね」


「おいおい、それは流石に勘弁してくれよ」


三人揃って笑い声を上げた。思い出したようにライトが言う。


「そういえばさ、花の種をファントムが持って帰ったあの日。こっぴどくソルに説教されてたのを姉さん必死に庇ってたよね」


「まぁ、私の為にやってくれたことだからな」


「いつもエニグマ姉さんは私達のことを守ってくれた。すぐに助けられるように、少し離れたところにいつも居た。エニグマ姉さんはなんだかんだ優しいんだ。アンノウン達をおんぶして抱っこした日とか………寝ながらやってたのは傑作だったけど」


「ああ、あの時のことも夢で見たさ。途中で限界がきてずっと寝てたわ。ははは!」


「………あのね、姉さん。ひとつお願いがあるんだ」


「ん、良いぞ。何でも聞いてやろう」


ライトとファントムは顔を合わせて、そしてお願いをする。


「また、あの時みたいに遊ぼう?」


そのお願いを、エニグマが否定するわけなくて


「ああ! お前達の気が済むまでいくらでも遊ぶぞ!!」


「それじゃあ鬼ごっこやろう! 姉さん鬼ね!」


「もちろんハンデありだからね!」


「おう! ついに奥義を使う時がきたようだな!」



┌(^o^┐)┐三三三三三三三



「うっっわ本当にキモいんだけど!! ゴキブリじゃん!!」


「カサカサカサカサカサカサ」


「なんでその体勢でいつもの速さ出せるんだよ!!」


「ほぉらもう追いついちゃったぞぉ〜?」


「逃げろぉぉぉぉ!!」



何時間遊んだことだろう。エニグマが鬼になればその気持ち悪い動きですぐに二人を捕まえるし、投げる側になれば永遠に捕まえられなかった。それでも、三人ではしゃげることがとても幸せだった。いつしか三人は満足気に花園の中心で寝転がっていた。


「あぁ、凄く楽しかった………」


「こんなにはしゃいだのはいつぶりだったかな」


「そんなの忘れちゃったよ」


「……姉さん」


二人が身体を起こして、エニグマに向き直る。


「お願い聞いてくれて、ありがとう」


「………はっ?」


エニグマは気がついた。二人の身体がどんどん透明になっていくその事実に。それは初めてではなかった、過去にも味わったことのある事象。そして、今回こそは


「待ってくれ!!!」


エニグマは強く二人の手を掴む。


「せっかく会えたっていうのに、こんな仕打ちありかよ!? 私はお前達が大好きで、お前達も私が大好きで……それなのに、なんで別れを告げなきゃいけないんだ!! まだ話していたいんだ、まだ遊んでいたいんだ!! ずっと、お前達の傍に居たいんだ……もう、どこにもいかないでくれ……頼むから私の近くにいてくれ………」


「ちがうよ、エニグマ姉さん」


泣いているエニグマとは裏腹に、ファントムは微笑んだ。


「この世界は、私が作ったゆめにすぎない。でも、エニグマ姉さんにとってはれっきとした現実なんだ。それに、大丈夫だよ。エニグマ姉さんは私達が生まれる前からずっと居てくれた。だから、私達も見えないだけでずっとエニグマ姉さんの傍に居るよ。見た目は無愛想で、縄張りを侵す奴らを容赦なくギッタギタにするけど、私達のことを、ソル達のことを、アンノウン達のことを、誰よりも大事に想ってる世界一大好きなエニグマ姉さんのこと、ずっと見てるから」


「待っ―――」


エニグマの声を遮るように突風。舞い上がる花びらに惑わされて思わず目を閉じる。風が落ち着いて、目を開けた頃にはもう、妹二人はその場から消えていた。







土の匂いがする。目を開ければそこは彩られた花の絨毯ではなく、大木を中心にして味気ない緑色の草原が広がっているだけ。自分の身体を確認する、ここで寝ていたせいか服が汚れていた。エニグマは身体を起こしてさっきまで見ていた夢を巡らせる。



『世界一大好きなエニグマ姉さんのこと、ずっとみてるから』



虚な瞳に光が戻る。墓を見て、青空を見る。確かに言っていたあの言葉、それを胸に刻みつける。


(……二人は、無意味な嘘はつかない。だから……)


今も見ているはずだ、自分のことを。もう、自分を縛るのはやめよう。二人が大好きな姉で居よう。そう心の中で宣言する、身体がかなり軽くなった。



「お父様〜!!」



どこからか聞き慣れた声が聞こえた。ソルとグリフォンがアンノウン達を乗せてこちらにやってきていた。二人が地面に降り立つと、アンノウンとルミナスがとててて、とエニグマに駆け寄る。


「どこに行ってたのさ! いつのまにか居なくなったからみんなで探したんだよ!!」


「はは、すまなかった。許してちょ」


「許す!」


子供達の表情は、安堵で溢れかえっていた。すぐにソルとグリフォンもやってくる。彼らにしては珍しく、口を開いてもすぐ言葉がでないほど息切れをしている。


「………せめて行き先くらい言ってから行けよ。どれほど探したと思ってんだ?」


「最初からここに来れば良かったですね」


自分を心配してくれた五人に、少しエニグマは申し訳なく思って


「………ごめん」


ぽつりとそう呟いた。ソルとグリフォンは顔を見合わせて、エニグマに言う。


「……まぁ、最近は色んなことがあったからな。咎めすぎるのは野暮ってもんだ。キレてるわけじゃねぇから安心しろ。それと……」


ソルはまだ何か言いたげだ。エニグマが首を傾げて彼を見ると、彼は微笑んで


「……ライトとファントムには、会えたか?」


エニグマはその言葉に驚いたが、すぐに答える。


「ああ、ちゃんと会えたよ。元気そうでなによりだった」


「そうか、良かった」


ソルはその微笑みを崩さず、ただ頷いた。


「二人はなんとおっしゃっていましたか?」


グリフォンは興味深そうにそう聞いた。すると、ソルが


「いや、それは帰ってから聞くことにしようぜ。風も強くなってきた」


ソルの言う通り、強まってきた風が大木に生える葉を揺らしていた。エニグマは立ち上がり、服についた汚れをある程度払う。妹二人に別れを告げて、エニグマは家族と共に帰ることにした。


「そうだお父様! せっかくだから誰が一番先に家に帰れるか競争しよう!」


「お前達は空を飛べないだろう」


「だからじぃじとグリフォンに乗る!」


「ずるくね?」


「まぁまぁ、いいハンデじゃないか? 俺は別に構わないぜ」


「それじゃあいちについて………よーい、ドン!」


子供達を背中に乗せ、ルミナスの声と共にソルとグリフォンは大きく空へ羽ばたいた。エニグマはそのまま勢いよく走っていく。


「はっ、ちょっとまてあいつ走りなのに速すぎだろ!!」


「うーい、そんなちんたら飛んでる間に海越えちゃうもんねー!!!」


「んだとてめぇ!!!」


ソルが負けじとスピードを出した。


………あまりの速さに減速しきれず、エニグマとソルが家に突っ込んだのは六人だけの内緒である。









次の日、エニグマは陽の光で目を覚ます。夢にライトとファントムが出ることはなかった。かつての思い出も見なくなった。きっと、これからも見ないのだろう。エニグマは身体を起こし、倒れた写真立てを元に戻す。いつのものかも忘れた、写真の中で自分は妹達と一緒に笑っていた。


そう、エニグマの日常は完全ではないとはいえ、戻ってきたのだ。もう、肩を落とす必要も、落ち込む必要も、どこにもない。


きっと、どこかで二人は私のことを見ている。それが、大空の彼方からなのか、冥界からなのか、三途の川からなのか、この世界の最果てからなのか、それこそ……天国からだとしても。



だって、私達は―――






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