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限りある消耗品



―――エニグマ殿!!



―――おい、しっかりしろ!!



―――お父様!!



―――お父様しっかり!!



―――えにゃ!!




「あああああああッッ!! ………あ?」


目を開けると、見慣れた面が揃っていた。


「お父様!! 大丈夫!!?」


「……ここは」


「お前の部屋だよ。帰ってきた途端お前の叫び声が聞こえてな、荷物放ってすっ飛んできたんだぞ」


「ものすごく、魘されてたよお父様」


一同がエニグマに送る視線は、優しく感じた。身体が重いが無理やり起こす。汗が服を濡らしてソファーをも濡らしていた。改めて五人を見て、エニグマは安堵する。


「はっ、もう大丈夫だからさ」


「大丈夫じゃねぇだろ」


ソルにそう言われて、エニグマはそっぽを向く。しばらくして、エニグマは聞いた。


「私は、何を叫んでいた?」


なんとなく予想はできていた。けれどあえて聞いてみた。五人とも顔を見合わせていたが、やがてグリフォンが答える。


「……ライト殿と、ファントム殿の名前を」


「………あぁ、そっか」


エニグマは視線を下へ移した。やはり、言うべきだろう。首を戻して口を動かそうとしたその時だ


「今はまだ良い、寝ろ」


「だが」


「寝ろ」


ソルの言葉は穏やかで、その裏には逆らえないものがあった。けれど、それでもエニグマにとってはとても嬉しいものであって


「……すまない」


「悪いと思ってるならとっとといつものアホ面拝ませろ。後で飯を持っていく」


「ああ………」


アンノウンとルミナスがエニグマの頬にキスをして、ソル達と共に部屋から出て行った。エニグマは再び寝台へ身を沈める。あの夢の光景が、フラッシュバックする。


(……私の、声)


あの二人のものとは違う、自分のものだという事実がエニグマを混乱させた。一度開けられた箱は閉じることは叶わない。どんどん中身が溢れていく。


(……ライト……ファントム……)


妹の名前を呼ぶ。目を閉じたその拍子に、涙が一粒溢れて手の甲にぽたりと跳ねた。





―――エニグマ。



彼女は人間から造られた存在だった。生まれて初めて見たその光景、自分は見せ物にされているのだと理解した。私は何故生まれた、誰が生んでくれと頼んだ。激しい怒りと憎しみが、エニグマを暴走させた。辺りを悉く破壊した。自分を造った人間はその時全て死んだのか、それとも避難したのか、その時のエニグマからしたら心底どうでもいいことだった。エニグマは自分を造った全てを恨んだ。この全てを破壊してやろうと、エニグマそう復讐を誓った。


生きる理由もわからずに、何をすればいいのかわからずに、ただ放浪とした。それがどれほど苦痛だったか。そんなある日、エニグマは人間の家族を目撃した。両親からたくさんの愛情を注がれて生きる子供、なんと幸せそうなことだろう。エニグマはその家族を遠くからまじまじと見ていた、きっと羨ましかったのだと思う。


「……………」


何を血迷ったか、エニグマは自分の妹を造ることにした。サンプルを探して、DNAを採取。そこから徐々に形造った。



そうして生まれたのがライトとファントムだった。



『お前達は私の妹だ。わかったか?』



自分には親は居ない、だから家族がどうあるべきかだなんて微塵もわからない。それでも、色んなところに行って色んな家族を観察したり、本を掻っ攫って記されていることを見たりして自分なりにやってみた。



『姉さん!』


『エニグマ姉さん!』



二人を育てるのは中々の苦労ものだった。すぐに無意味な喧嘩はする、実験器具は壊す……それでも、二人が喋れるようになった時、その苦労の分だけ報われた気がした。エニグマは二人から少し離れた所からずっと見守っていた。何かあったらすぐに助けに行けるように。常に縄張りの周辺を監視し、二人を危険から遠ざけていた。


二人と関わり始めたことによって、エニグマにも変化が訪れた。表情に潤いがもたらされたのである。二人が楽しそうに笑えば微笑むし、二人が泣いていれば懸命に宥めた。自分は二人の本当の姉なんだ、そう錯覚しているかのように。



『まぁ、悪くはないもんだな』



自分の家族は他のそれとは違うのかもしれない。それでも、自分は幸せだと理解できた。その家族の輪にソルとグリフォンが加わってしばらくして、ライトに子供ができたという。それがアンノウンとルミナスであった。またファントムの子供であるボルトにも子供ができた、それがパルスである。その吉報を聞いたエニグマは



『家族が増える? 大歓迎なこった。一人二人増えたところで変わらねぇよ』



と嬉しそうにそう言った。



ある日のこと、エニグマは左腕の不調に悩まされていた。エニグマは身体の一部が機械でできているので、定期的にメンテナンスをしないといけない。どうやら、左腕の回路が所々ショートを起こしているらしく、新しい機材を調達しないといけないらしい。



『私達が行ってくるよ!』



ライトとファントムがそう言って機材の調達に出かけた。エニグマに使われている機材は大変希少なレアメタルが使われていて、ここから遠く険しい場所にあるという。普段はエニグマ自身が調達しに行っているのでなんの問題もないのだが、二人が行くとなると多少の心配はある。それでも、エニグマは二人を信じて見送った。



―――この時の自分の判断を、今でも恨む。



エニグマなら遅くても三日で帰れた。二人なら一週間くらいで戻れるはず。だというのに、二週間、三週間、一ヶ月が経っても、二人が帰ってくる様子はなかった。


天気は荒れ、暴風雨がエニグマ達の家を襲う。雨が窓を叩き、風が家を震わせる。まだ幼いアンノウン達はソル達にしがみついて怯えていた。何故二人は帰ってこないのか、この嵐はいつ止むのだろうか。不安の波に飲まれそうになった。



『ソル、グリフォン。お前達は三人を頼む』


『お前はどうすんだ?』


『……妹を、迎えに行く』



二人は私の妹だ。迎えに行く義務が私にはある。何より、妹の安否を早くこの目で確認したかった。そして三人を安心させたかった。



『…………!?』



そうして玄関に向かい、いざ荒れ狂う世界へと足を踏み出そうとした時、その扉が開いた。



『……ただ……いま……』



その手に僅かなレアメタルを持っていた、ファントムだった。身体中は傷だらけで、雨に打たれたせいかものすごく冷たい。ふらりと傾いてその場に倒れる。エニグマは抱えて部屋に連れ込み、激励しながら意識の回復を待った。



結果からして、ファントムはそのまま息を引き取った。死因は傷を放置し、身体が衰弱していく中無理をして長時間移動したことによる体力の限界。



『ファントム………』


『…………』


『! おい、どこに行くんだ!!』



エニグマはソルにファントムの遺体を押し付け、外に飛び出した。ライトを捜しに、あの場所へ。センサーを使って捜そうにも返答がない。だから地道に捜すしかなかった。血反吐が出ようが、身体にヒビが入ろうが、エニグマはその足を動かすのを止まなかった。そして、ついにライトは発見された。



『…………ああ』



その絹のように美しい肌は血混じりの泥で汚されていた。口からは泡が出ており、目に宿る光は消えていた。もう、すでに事切れていたのである。周囲は獣の引っ掻き痕と血飛沫で塗れていた。ライトの近くには大量の血を使って習字でもしたかのように、血の道ができあがっていた。


エニグマは忘れていたのである。この場所は険しいと共に、獰猛な野獣が棲んでいることを。ライトは、ファントムをその身を持って逃したのである。その命尽きるまで、戦ったのである。エニグマがライトの遺体を抱えて帰った時は、大層ソルとグリフォンに驚かれたものだ。



―――自分の油断と、判断の甘さが二人を殺した。



海を越えた、ひとつの大木の下に二人を埋めた。アンノウンとルミナスはひたすら母親の名前を呼びながら泣き喚いていた、グリフォンが必死に宥めていた。パルスは何が起きたのか理解が足りなかったらしく、ずっと首を傾げていた。こんな出来事、理解なんて出来ない方が良い。


エニグマはかつて二人を造った装置の前に立っていた。大きく振りかぶったかと思えば、その装置を悉く破壊した。二人を新たに造る、という選択肢もあったが、そういう気にはなれなかった。



エニグマはその日から自室に閉じこもってしまった。ライトとファントムと共に築いた記憶を何度も反芻した。今からでも良い、嘘だと、これはドッキリだと言ってほしい。でも、そんな願いは叶わない。いつまで経っても二人は帰ってこない。あの愛らしい笑顔を見せてくれることはない。


グリフォンが扉を叩いてエニグマを呼ぶ。返事はない。


ソルが扉を叩いてエニグマを呼ぶ。返事はない。



『お父様……』


アンノウン、ルミナスがエニグマの名前を呼ぶ。


『来るな』


エニグマがそう言って二人を追い返す。


『…………。………くそ!!』


そして、エニグマは戸棚から何かを取り出して


『……どうして腹なんか空くようにしたんだ。最強を目指すんだったらこんな機能要らないのにッ、面倒だッ、こんな行為時間の無駄だッ……ウグッ……ヴ……』



『お父様、また変な()()食べてた……』


『……まともな飯も食わずに最短で最低限の栄養素しか補給してねぇのか』





ソルも、グリフォンも、そしてアンノウンもルミナスもパルスも、ライトとファントムのことが大好きだった。でも、何より二人を愛していたのはエニグマだということは全員が理解していたことだった。エニグマが帰ってくるのを、ただひたすら待ち続けた。


数ヶ月が経った頃、ようやくエニグマはその姿を五人に見せた。けれど、その姿は五人がよく知っているものではなかった。その表情から感情は消えていた。そう、この世に生まれたばかりのそれだった。そして、なにより―――



ライトとファントムの名前を、エニグマが呼ぶことはなくなった。




二人と関わったことによって、感情が生まれ、幸せが生まれた。だが、その交わりが、あんな悲劇を生むのなら、あんな表情を生むのなら、そんなものは無くてよかった。感情と想いが、隙と弱さを生み、時には命すら失わせるのなら。


アンノウン、ルミナス、パルス。二人が残した大切な宝物。そして三人で築きあげたこの楽土を、害なすもの全てから守り通す。それが、自分のせいで死んだ二人に、報いることができる唯一の道。




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