旅立ち前夜
コンラート様に拾われてから、そろそろ季節が3周する。私は想定より順調に授業を進めて、それと同時に身体も変化した。
もともと栄養不足で痩せていた私だけど、今は健康的と言える程度には巻き返した。もう先生の身長に追いついたし、多分あと1年で抜けると思う。その他にも色々あったけど、今日はこれまでないほど緊張する。
――コンラート様がこの屋敷に来るのだ。
拾ってもらったあの日から、コンラート様がここに来たことはない。私が来てから少しして、東方から強大な魔物が来たらしいのだ。
そいつから逃げてきた大量の魔物の掃討と、その魔物を追い返すのにここまでかかったそうだ。
最後の戦いには先生も動員されて、まだ残党処理にあたってるらしい。
戦いが終わったのは数カ月前だけど、未だに戦火に巻き込まれた地域の復興作業が終わってないし、そもそも残った人間自体も少ないという悲惨な様子だと聞いた。それにノルド伯領全土でも被害が大きいそうだ。
どうやらその戦いで私の扱いについて考えなければならなくなった…とアナスタシアが言っている。
こちらに来ると聞いた時は嬉しそうだったアナスタシアも、今は少し気分が悪そうだ。
「僕も暫く会ってないんだけど…コンラート様も相当傷を負ったんだってさ…」
「…そんな状況で来て大丈夫なの?」
「…あの人、戦闘出来ないくらい怪我しないと戻ってこないから…」
アナスタシアは複雑そうにそう言う。
この地域は魔物や異民族の侵入が多くて、休んでる暇なんて戦闘不能時くらいしかないのだ。
アナスタシアほどコンラート様と関わってないけど、尊敬する相手と会うときに毎回怪我しているのは嫌なんだろう。
「もうあんまり顔も覚えてないんだけど、話ってなんだろうね…もしかして、もう仕事が始まるのかな…」
「それは…ないと思うよ、後継のアルブレヒト様は、まだ王都で学園生活楽しんでるそうだからね。」
少し話していると、大きな馬車が近づいてくるのを感じた、多分コンラート様だ。
急いで玄関に出て迎えの準備をする。
玄関付近でじっと待っていると、バンッと扉が開いた。
近くにいるだけで本能的に恐怖を感じるほど強烈な存在感がある、手足だけで私の身体より太いところもあるほど筋骨隆々の大男が、足を引きずりながら入ってくる。少し見ると、全身に傷がある。
アナスタシアは少し悲しそうにその大男、コンラートを見ている。
魔術と医術を齧った程度だけど、そんな私でもコンラートは現在、生きているのが不思議なほど全身に物理的な傷と魔術的な傷でいっぱいだ。
コンラートはアナスタシアと私を見て、懐かしそうに目を細める。
「久しいなアナスタシア…そしてカトゥーラ。」
「お久しぶりです…」
「…」
アナスタシアは何も答えず、コンラートの傷をじっと見ている。
「そんな心配せずとも、俺がいきなり死ぬことはないぞ、安心しろ。」
アナスタシアはほんの少し、目に涙を浮かべながらコンラートを見る。
「…毎回そんなになって…たまには普通の状態で来てほしいな。」
思ったより根の深い問題な気がする。
コンラート様は何とも言えない表情を浮かべてそっぽを向く。このまま立ち尽くすのも疲れたし、ここで割って入ることにした。
「取り敢えずこちらに、玄関でする話でもないでしょう。」
そう言って応対室のドアを開け放つ。アナスタシアも一緒に扉を開け、コンラート様はずんと中に入りソファに座る。
私たちも対面に座ってから、少し沈黙が部屋を支配する。
「早速だが本題に入ろう。」
咳払いをしてから、コンラート様がそう切り出す。
本題。つまり、私の扱いについてだ。
「知っての通り、先日の戦いによって我々は戦力が半減した。
しかし脅威は未だに残っているのだ。この状況で、ソイルをここに置いておくわけにはいかなくなったのだ。」
…あぁ、なる程。
「まぁ、そういうことだ。あいつとの別れの場を設けられていないのは残念だろうが、そこは勘弁してくれ。」
悲しいが、現在の状況を見ると仕方がなかったんだろう。先生は戦闘に特化した人ではないけど、下手な軍隊よりは強いのだ。
「…わかりました、残念ですが仕方ないですね」
「理解が早くて助かる。
お前も理解してる通り、あいつほど優秀な教師は他にいない。つまり今現在、お前の授業が進行不可になっているのだ。」
「それは…そうですね。」
「もう1年ほど後ならばアルブレヒトの側に置くつもりだったが…今は不可能だ。」
つまり…私はどうなるんだろうか?
話の流れ的に、アルブレヒト様の側に行くことになると思ったがそうではないようだ。
「そしてソイルに聞いたところ、お前が想定より吸収が早く、もう既に実習が中心になってるようだな?」
「今あいつがいない以上、お前は一人でそれらの工程を終わらせる。つまり、お前にはこれから【外】で経験を積んでもらう。」
「旅に出ろ、カトゥーラ。」
なる…ほど、そう来たか。つい顔が引きつってしまう、想定外にもほどがある。
「しかし…」
「これは既に決定した事だ。悪いが従ってもらう。」
「ちょっと!」
これまで黙って聞いていたアナスタシアが、少し怒りを浮かべながら声を上げる。
「話が急すぎるよ。それに―
「落ち着けアナスタシア。2人をこの屋敷で腐らせる訳にも行かないのは、お前も分かってるはずだ。」
…確かに、そんな気もする。
「でも……ごめんなさい…」
アナスタシアはまだ納得はできないのか、大分溜めてから謝罪をする。いきなりな話だけど、実際ここ最近の授業は外でやることも多くなってきてたんだ。
「…了解しました。しかし、旅と言っても何をすれば良いのでしょうか…?」
「それは自由にしていい。いつ終わるのかも不透明なのだ、旅の中で目的を見つけるのもいいだろう。」
なんとも適当な…本当に、突然決まったことなのだろう。
「そしてアナスタシア、お前には俺についてきてもらう。誰もいないここにいるのも嫌だろう?」
「それは…そうですけど…まぁいいや」
すこし悩んだあと、アナスタシアはすぐに決断したようだ。彼女は私の正面に来て、目を合わせる。
「カトゥーラ、またいつかね。3年間楽しかったよ!」
「私も楽しかったよ。これまで、色々助けてくれてありがとうね、アナスタシア。」
「またいつかー!」
アナスタシアが元気にそう言って、すぐに見えなくなった。
別れはそれで終わった。どうやら来て数分で出発しなければならないほど時間がないようだ。
この生活は突然終わった。これまで暮らしていた2人が別れを惜しむまもなく出ていって、私はここに残された。
さて、これから旅の準備をしよう。
突然世界観を説明し始める主人公…




