猫の魔女
また鐘の音で目を覚ます。
軽く伸びをして、シャッターを開き外の光を取り入れる。外の畑には、もうぼちぼち畑を巡回している人達がいる。荒らされてないかの確認をしているのかな?
服を選んで水を浴びに向かう。食事のいい匂いが漂っているけど、まずは体を清めよう、
服を脱いで心地よい水を浴び、少しずつ目を覚ましていく。
体を洗い、服を着替えて食事部屋に入る。
今日は誰もいないみたいだ。アナスタシアの部屋から気配もしなかったし、彼女は帰ってきていないのかもしれない。
少し嫌な予感を感じながら、恒例となった目の前のスープとパンを食べる。スープの具材が少し変わっていて、味が全く違ってきている。
美味しく食べていると、食事部屋の扉が空いて、緑のフードを被ったソイル先生が入ってくる。私を見ると、軽い口調で話しかけてくる。
「おはようカトゥーラ。」
「おはようございます。」
先生は私の隣に座り、使用人が先生の前に食事を出す。先生は大きな杖を横に置く。捻れた枝の先端に、青くて丸い宝石のついた杖だ。
魔法使いの杖だ。そう言えば魔術を教えるとも聞いたし、それに必要なのかもしれない。
「その杖って、魔術を使うために必要なんですか?」
先生は癖なのか、顎に手を当てて考える。
「んー、基本的に必須なんだけど…今の貴方に説明が難しいわね。今日魔術を教えるからその時に詳しく話すわ。」
先生はそう言って食事を食べ始める。
どうやら今日は魔術の授業らしい。一番よく分からない分野だ。まぁ他の授業も同じくらい未知ではあるんだけど。
そう言えばアナスタシアがまだ居ないんだった。先生ならアナスタシア、と言うよりノルドについては私より詳しいのかもしれない。
「先生、アナスタシアが今何をしているのか知ってますか?」
「ん?いや、知らないわね。でも最近この辺で何か起きたとも聞かないし、まぁ帰ってくるんじゃない?」
うーん、まぁ何もないなら大丈夫だろう。事件とかではないようだし。
「ありがとうございます。」
先生は無言で頷いて食事に戻る。私もご飯に戻り、少しして食事が終わる。先生はまだ食べているようだ。
「先生、じゃあまた後で。」
「授業時間までには部屋にいるのよー」
それだけ言って食事部屋を出る。
とはいえやることもない。…街で何か面白いものでも探そう。部屋に戻ってチェストの中から銀貨数枚をポーチに入れて屋敷を出る。
昨日と同じく畑を抜けて街へ向かう。耳をペタっと閉じて中心道に入る。今日も変わらずうるさい人たちだ、毎日あの声量を出してるのかな…?
ブヨブヨとした布に入ったビールを売っている店がある。
「この最新式の水袋!今ならビールがついてるよ!どうだいどうだい!」
「すいません、いくらですか?」
便利そうだし、少し喉も渇いたのでそれを買うことにした。よく考えたら屋敷に来てから初めての買い物だ。まだ三日目だけど。
「おぉ買ってくれるか嬢ちゃん!銀貨一枚だ!これ以上はまけられんよ!」
うるさい。
私は銀貨一枚払ってそそくさとそこを離れる。
昨日はザッとみただけだけど、今日は横道それながらいろんなところを見てみることにする。
ビールを飲みながら途中で中心道を少しそれると、テントでなく建物の中に入っているしっかりとした店があり、人の往来もそこそこある。
文字は読めないけど、基本的にシンボルでわかりやすく何屋なのかわかるようになってる。
盾の前で剣が交差したイラストだったり、ビールを飲んでる人のイラストだったりが文字の横についてる、たぶん武器屋と酒屋だろう。
他にも防具やだったり服屋だったり色々ある。
魔法の杖も売ってたりするのかな…気になるけどそろそろ帰らないとまずい。空になった水袋を腰にかけて急いで屋敷に向かう。
街の喧騒から離れて、静かな屋敷に戻った。
授業をする部屋に入ると、少し赤い上着に灰色のマント、そして大きな帽子を身につけたソイルが本を読んで座っていた。
本をパタンと閉じて、私に視線を向ける。
「それじゃあ授業を始めようかしら。そこに座って、今日は魔術よ。」
昨日と同じくスッと授業が始まる。
「魔術の理論は高度な話だから、まずは感覚的なところから始めるの、これ握って。」
先生は鈍い光を放つ、小さな鉄の棒を渡してくる。大きさにしてはとても重いその棒をよく見ると、鈍い光は反射ではなく棒自身が発光してるみたいだ。
「これは…なんですか?」
「魔法の杖よ、初めて魔術に触れる人用の。
それじゃあその棒を両手で握ってから目を閉じて。」
先生に言われた通り、棒を胸の前で両手で握ってから目を閉じる。
先生が私の両肩を掴んでくる。少しびっくりして目を開けそうになったけど、その前に「絶対に開けないで。」と注意された。
「これから貴方には感覚を掴んでもらうの。
やってみたら分かるから、息を深く吸ってリラックスして。」
何が始まるのか分からないけど、言われた通り息を深く吸う。
「それじゃあ…いくわよ。」
じんわりと変な感覚が広がっていくのを感じる。知らない何がが自分の周りを高速で回っているような、空に浮かぶような心地いい感覚みたいな、あるいはその両方か。
「もう目を開けていいわよ。」
「…ッハァ!」
目を開けると同時に、途轍もない息苦しさが襲ってきた。いつの間にか呼吸を止めてたみたいだ。
違和感を感じる、見えない何が周りを満たしてるような、それを操ってるような知らない感覚だ。
先生は私の背中を軽くトントン叩いてくる。
「それが魔力。魔法というのは、それを術式に通すことで起きる現象のこと。」
先生は私の前に人差し指を差し出してくる。
…!?
少しずつ先生の指の先に、緑の小さな魔法陣が形成されていく。いろんな文字みたいなものや、知らない図形とかが複雑に組み合わされてる。
「これが術式。これを杖だったりに構築して、そこに魔力を通すの。…それじゃあ、外に行って実際にやって貰いましょうか…Windgung 」
まだ驚いていると、突然景色が変わった。
「…え?」
突然だ。私は森の中にいた。目の前には先生がさっきと同じ体勢でこちらに指を向けていた。魔法陣はいつの間にか消えている。
「これは貴方にはまだ無理だけれどそのうちできるわ。」
先生はそう言って杖の先に、4つの魔法陣が重なって描かれ始めた。さっきとは比較にならないくらいでかくて、魔法陣の中に複雑な魔法陣を組み込んだような、魔術を知らなくても超高度なものだと確信できる。
――何かがそこに集まるのを感じる。
恐ろしいほど大量の巨大な力だ。
冷や汗が噴き出て毛が逆立つ。
「あのッ何を」
「Schildwind」
瞬間魔法陣が爆ぜ、緑の花びらがすごい勢いで横を通り抜けて私達を覆うように大きく広がった。
「これはあらゆるものから身を守る魔法。
今回は私たちから外を守るために使ったんだけどね。…それじゃあ杖を握って、これから初歩の初歩を教えるわ。」
まだ目が白黒している私に、先生はそう告げて私の手を包んで杖を握らせる。
先生が魔力?と言っていた力を私の手のひらを介して通し始める。腕の中に少しずつ何かが入ってくる感覚が出てくる。
気持ちが悪い。外から腕の肉をまさぐられるような、嫌な感触だ。
だんだん杖の先に魔法陣が作られ始める。その作り方を無理やり感覚を植え付けられているようだ。
少しすると、魔法陣が完成した。小さな円に星が一つ書いてあるだけの、簡単な図形だ。
「これは貴方の性質を判断する魔法。こう唱えてMachturteil」
「ま、マハトウタウル、」
その瞬間全身から力が抜けてそこに集まる感覚を覚える。呼吸が荒くなって、カクッと膝をつく。前を向くと、不思議なものを目にした。
――私の頭ほどの水球が、ふよふよと浮かんでいた、本能的にそれが私の一部だと理解できる。
「よくできました。中にはここでつまずく子もいるのよ、貴方は才能があるわ」
先生はそう言って頭を撫でてくる。体はまだ苦しくて起き上がらないけど、優しい顔をしている気がする。
「は、はい…ありがとうございます…」
そう言うだけで限界だった。
旅に出る前のことは2-3話のはずだったのに…




