家庭教師
ソイルはそう言って手を差し出してくる。
「あっ、よろしく…お願いします。ソイル先生。」
私はその手を掴んで返事を返す。
そこでソイルの背後の扉がバンッ、と開いてアナスタシアが入ってくる。高級そうな黒いスーツに着替えている。男装の麗人のような見た目をしたアナスタシアは、筋肉だらけのコンラートよりよっぽど貴族のように見える。彼女は申し訳なさそうに私と先生を見て口を開く。
「遅れてごめんね…ちょっと野暮用があったんだ、ごめんね?」
そう言って少し頭を下げる。朝水浴びをしているのを見て以降屋敷で見てないし、身だしなみを見る限り大事な用事があったんだとと思う。
アナスタシアは頭を上げ、ソイル先生に手を伸ばして明るい口調で話し掛ける。
「僕はアナスタシア、今日からここで一緒に暮らすひとりだよ、よろしくね!」
先生はアナスタシアをすこし見上げて微笑みと握手を返す。微笑んだ時、先生の口元に猫人特有の牙がチラッと見えた。
「ソイルよ、よろしくねアナスタシア。」
全員の挨拶が済んだところでソイル先生は荷物を運びに、アナスタシアはまたどこかに出掛けた。
「ごめんね、また出てくるよ。明日には帰ってくるから!」
アナスタシアの顔には明らかな焦りが見えた。
コンラート様がいないから彼女に仕事か回ってるのかな…?よく分からないけど大変そうだ。
ソイルがいつの間にか馬車から荷物を部屋に運び終えて私に話しかけてくる。
「早速だけど、授業について話しましょうか。こっちに来て。」
ソイルはそう言って空き部屋に向かう。
「は、はい!」
急すぎて驚いたけど、返事をして私も着いていく。
空き部屋は埃が被った小さなベンチと机、そして部屋のものと比べたら小さいチェストがおいてあった。ソイルはベンチを指さす。
「そこに座って、明日からは二度目の鐘かなったらここに来てね。今日は触りの授業からよ。」
「分かりました。…あの、授業って何をするんですか…?」
「いくつかあるけど、まずは国語からよ。そこにある聖書を開いて。」
そう言って初日の授業が始まった。最初だから全く分からなくて俯いてしまっていると、ソイル先生は「あと五年くらいが最低限だからそこまで気にしないで。」と言って励ましてくる。
その日の授業が終わって私は部屋に帰る。
疲れた。けど先生はあれが初歩の授業と言っていた。大昔、教会で読んでたのを1度だけ聞いたことあるけど、あの人たちは相当すごい人なのかもしれない。
どうやら授業は他にもいくつかあって、国語、算術、魔術とか。その他にも外交とか礼儀とか、狩とかもあるらしい。5年で終わるのだろうか。
ゴロゴロしたり、窓の外を見たりしていると鐘がなった。夕食の合図だ、すこし身だしなみを整えてから部屋を出る。
食事部屋ではソイル先生が先にご飯を食べていた。今日は大きな焼かれた肉とスープらしい。
ソイル先生の横に座る。先生はこっちを見てすこし柔らかい口調で話しかけてくる。
「こんばんはカトゥーラ。」
「こんばんは…ソイル先生。」
先生は授業の時の分厚いローブと帽子を取って軽装になってる。私と同じく赤い髪に猫耳。目の色は違うけど、もしかしたら同じ地域の生まれなのかもしれない。もっとも私は自分の生まれがどこなのか知らないんだけど…
「あの…これからよろしくお願いします、ソイル先生。」
「えぇ、よろしく。…別に今日のことを気にしなくていいわよ、結果なんて年単位で出るものだから。」
なにか察したのか、ソイル先生は優しくそう教えてくる。慰められたんだろうと少しホッとした後、気になったことを聞いてみた。
「先生は…その、誰なんですか?コンラート様との関わりというか…」
「私は大したことない旅人よ。コンラートとは…うーん…まぁ知り合い、かしらね。今回の教師についてはお金を貰って引き受けたお仕事。」
先生は手を顎に当てて少し考える動きをしてから返してくる。だいぶ曖昧だけど、そんなに付き合いがある訳じゃないのかもしれない。まぁ授業はしっかりしてくれそうだからコンラート様は人選を間違えたりはしてないようだけど。
会話はそれで終わってご飯を頬張って食べる。
先生は道具を使って器用に、そして綺麗に食べる。これがマナーってやつなのかな…?
真似しようとしてできるものじゃない気がするし、気にしないことにする。
食べ終わった皿を見ると歴然だ。
私の皿には食べカスとか細かい食べ残しがあるんだけど、先生の皿は綺麗に食べ終わってる。ソースが無くなってるのはどうやったのか全く分からない。
先生は私の皿を見てすこし顔をしかめる。
少しして諭すように私に語りかける。
「まだいいんだけど、その食べ方もその内矯正しないとね…」
「は、はいにゃ…」
少し恥ずかしくてつい語尾が付いた。確かに偉い人はこういう風に食べるのはダメな気もする。
また片付けの人と互いに会釈をしてから食事部屋を出る。夜の水浴び(湯浴び?)を終わらせて部屋に帰っても、アナスタシアはまだ帰ってきていない。すこし焦ってるような顔をしていたし、なにか事件でも起きたのかもしれない。
考えてもどうしようもないんだけど、アナスタシアは個人的に良い人だと思っているし、無事なことを祈る。
そこで思考を切り上げて眠りに入ることにした。
紅い石を消してからベットに寝転がる。授業は大変だけど、仕事と比べたら全然楽だ。自分がこの衣食住がある屋敷に慣れていくのを感じながら意識が途切れた。
国語の概念がまだない気もするんですが、まぁ…




