屋敷
私が廊下に出るのと、同時に隣の部屋から出てきたアナスタシアと目が合う。
服を変えたのか、緑のワンピースとスカートが一体となった肌着を着ている。
アナスタシアは私を見て楽しそうに頬を上げる。
「ちょうどだね、一緒に行こうか!」
「あっ、はい!」
そう言って階段まで歩き始める。
私も後ろからついていくと、少ししたあたりで良い匂いが漂ってくる。
「カトゥーラ、部屋はどうだった?なにか嫌ならすぐに言ってよ、僕ができる範囲なら出来る限り手助けするからさ。」
「あ、ありがとうございます、アナスタシアさん。でも部屋は大丈夫です。」
そこで食事部屋についた。
アナスタシアが扉を開けると、中には私の部屋2つ分ほどの大きな部屋が広がっていた。真ん中には2人で使うには広すぎる円卓がドンと置いてあり、部屋の隅にある大きな扉からはとても良い匂いが漂っている、多分あの先に調理場があるんだろう。
「さすがに隣で座ろうか、この広さで離れるのは寂しいし。」
そう言ってアナスタシアは私の手を引っ張って一番近い椅子に座らせ、隣の椅子に座る。
少しすると大きな扉から三人ほどが食器などを持って出てくる。どうやらパンとスープらしい。何の肉かはよく分からないけど、スープは先に食べたものより肉がメインに据えられているようで、濃ゆい茶色をしている。
肉を乗せたパンを食べていると、アナスタシアが話しかけてくる。
「そうそう、カトゥーラの専属教師は明日に着くらしいよ。」
いきなりなんて話じゃない。まだ奴隷でなくなった実感すらあまりないんだ。
ついギョッとして声が上ずる。
「も、もう始まるんですか…?」
「うん、僕もまだ先だと思ってたんだけど、もしかしたら前から準備されてたのかもね。」
気が重くなる。
食事はとても美味しそうだが、これからを考えてしまう。
コンラート…様はどれくらい掛かるかは私次第だと言っていた。勉強なんてしたことないから、私がどれだけできないのか全く分からない。私が無能で、いつまでたってもここから出られなくなったらどうなるんだろう。
アナスタシアにも、その教師にも見捨てられた自分を考えて嫌になる。
私が俯いてそんなことを考えていると、横からアナスタシアが心配そうに話しかけてくる。
「まだ1日も経ってないけど、ここでの暮らしは大丈夫そう?」
「大丈夫…です。というか、あんな素晴らしい部屋で過ごせるなんて、まだあまり信じられてないです。」
「そうだよねぇ〜僕も最初はそうだったもん。」
アナスタシアは懐かしげにそう話す。
少し疑問の残る言い方だ、まるで体験したような…
「アナスタシアさんも…私と同じだったんですか…?」
「同じ…ていうと少し語弊があるかな。僕はカトゥーラ程期待されてなかったからね。でも、それ以外は同じような感じだよ。コンラート様に拾い上げられて、カトゥーラと同じように突然貴族の暮らしを体験したんだ。」
そう話すアナスタシアはスープに視線を向けながら、どこか遠くを見ている。
驚いた、彼女と私はにた境遇の人生を送ったようだ。つい彼女の方を向く。
アナスタシアは優しげに目を細めて私に視線を向ける。
「…だから、偉そうに言うけど、この生活もそのうち慣れるよ。そう緊張しないでいいよ。」
そう言って私の頭をポンと叩く。
アナスタシアなりの慰めなのだろう。
意味が分からないままここに連れてこられ、そのまま、私の将来には想像もつかないくらい大きな責任が伴った。
アナスタシアはそんな私の心境を一番よくわかってくれているのだろう。
声が出なくて、目を伏せてしまう。
それでも抑えられず、涙が溢れてくる。
「…っ…はぃ…うっ…」
アナスタシアは何も言わずに、優しく背中をさすってくれる。
私が落ち着くまでアナスタシアはそのままそばにいてくれた。
「あ、ありがとうございます…もう大丈夫です…。」
そう言ってアナスタシアの方を向く。
少しして涙も収まってきても、アナスタシアは一向にさすってくる手を戻そうとしない
アナスタシアは相変わらず背中をさすってくる。
「ホントに大丈夫…?無理しなくても離れたりしないよ…?」
そう心配そうに私の顔をのぞいてくる。
無意識なのか、さする力が強くて吐き気まで出てきた。
「ほ、ほんとです…!もう大丈夫ですから…!」
アナスタシアの手を掴んで遠ざけようとするが歯が立たない。
「もう大丈夫そうだね。じゃあ僕は先に戻るから。もし分からないことがあったらすぐ聞いてね!」
アナスタシアは微笑みを浮かべて手を離してくれる。もうご飯は食べ終わったようで、そのまま席を立つ。私は慌てて席を立ち、アナスタシアに声を掛ける。
「あの…アナスタシアさん、ありがとうございました。」
「いいよ。」それだけ言ってアナスタシアは食事部屋を出る。
私は目の前の食事に集中することにした。
少し冷たくなったが、スープの香りと味は変化なく美味しい。肉は前食べたものより柔らかくて、見たこともない具材がいくつもある。
たぶん身体にもいい気がする、アナスタシアはこういうのを食べてあそこまで身長を伸ばしたのだろう。
食べ終わった頃には満足感で満たされていた。
見計らったように大きな扉から一人、真っ黒なスーツのようなものを着た男性が出てくる。後片付けをしにきたようだ。
「ぁの…ありがとうごさいます…」
感謝を伝えてみるが、その人は軽く頭を下げてサッと食器類を片付ける。文字通り目にも留まらぬ速度だ。
ここにいても邪魔になるだけだろうし、さっさと部屋を出ることにした。




