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議会に張った結界を解いて中に入る。
円卓の中心に火球が鎮座し続けていて、その奥、ネベルクの座っていた椅子が横に退けられ、その下には横幅2人分ほどの階段が見える。
その椅子の影から人が飛び出してきた。
「カトゥーラさん!!」
ベルナさんだ。
さっき話した時とは打って変わって、憔悴したような顔でこっちに来る。
「キント…あっいや、黒髪の小さな男の子を見ませんでしたか!?」
「魔物に襲われる前に保護はしました。ただ…」
「ただ!?ただなんですか!?」
焦ったように私の方に詰め寄ってくる。
「魔物の…かなり凄惨な死に様を見せてしまってですね…」
焦っていたから考えてなかったけど、あの光景を子供に見せてしまったのは失敗だったと思う。
「なる、ほど…まぁそれくらいなら大丈夫でしょう。多分」
とはいえ、それを聞いたベルナさんはなんだか余裕そうだし、もしかしたら教会で狩りとかを教えて見慣れているのかもしれない。
「話を変えますが、村の人達は…その地下にいるということで大丈夫ですか?」
「いえ…実は、教会の側にある地下への階段は村の各所にあるんです。この周辺にいる人達はここの地下にいますが、村の人自体は各所に散っているはずです。」
あれは牢屋跡という話だったけど、なぜ村の各所に…いや、今は置いておこう。他の所も教会と同じなら、ここから合図の鐘を鳴らした後板を上げる人がいるだろう。
「…取り敢えず、ベルナさんは各所の人たちの手伝いをしてもらって良いですか?」
「了解です!」
タタタッ、とドアの方に走り去ってゆく。
「…さて」
冷静になると、全身をドッと疲れが襲ってくる。ヴァサー・ヴェガングでごっそりと魔力を持っていかれた。
奥義と言うほどのものじゃないけど、あれは私の出せる最大の範囲火力だ。
「はぁ…巻き込まれがすぎるにゃぁ…」
これが終わったらすぐここを出発しよう。ここまでの事があったら一時的に引っ越すなり…冒険者を雇うなり何かするだろう。
ドラゴンの幼体が多数いたことには懸念が残るとはいえ、ハントの専門家たちなら問題ないだろう。
──階段をゆっくり降りて行く。
ひんやりとした空気が頬に触れた。
階段には所々土と足跡がついていて、少し進むと奥の方から人の気配を感じる。
一段降りるごとに、石の肌にこもった冷気がブーツ越しに伝ってくる。
階段はゆるく湾曲し、奥の様子は完全には見えない。
壁は古びた灰色の石で組まれているが、ところどころに白い石灰が浮き、水気が滲んで光を吸うように鈍く濡れていた。
階段の先には淡い光がぼんやりと漏れている。
その光が階段の石面に細い筋となって落ち、
まるで“地面の裂け目”のように道を照らしていた。
段をもう少し降りると、空気に変化があった。
人の気配。
かすかな囁き声。
泣き声をこらえるような短い息。
そして、多くの視線がこちらを伺っている気配。
階段の終点に、大きな空間が開けていた。
階段を下りると同時に、ネベルクが私に話しかけてくる。
「ここに来たということは…問題は解決したと考えても大丈夫なのか?」
「そう考えてもらって大丈夫です。」
「そうか…カトゥーラ殿、タネン村を代表し、改めて感謝する。」
ネベルクが深々と頭を下げる。
下げたけど、すぐに振り向いて全員に向けて話し始める。
「皆よく聞け!事態は収束した!」
その場にいた全員の話し声が大きくなる。
近くにいる母親に抱きつく子供や、はしゃぐ子供達。父親や若い男性達がいない少し特異な光景だけど、これはこれで心安らぐ空間だ。
「今はとにかく上に上がりましょうか。村の人達にも分かるよう鐘なりなんなりを鳴らしてください。」
「あぁそうだな…」
流し目で私の方を見て、ネベルクはそう呟く。
──ネベルクと付き人達を連れて階段を上がる。
「それでは鐘を鳴らしてきます。」
議会に着くと、付き人の一人が奥のはしごを登っていく。
「にしても…」
「?」
ネベルクが息を深く着き、私の顔を覆うフードをまじまじと見てくる。
「貴殿は…コンラート伯のなんだ?」
「…少なくとも臣下ではありますよ。」
…それについては私の方が知りたい。
なんなら将来臣下になるだけで今は何者でもないのかも…?
考え込んでる私を見て、何か事情があるとでも思ったのかネベルクは目を伏せる。
「明したくないのなら別に良い、悪かったな。」
「…」
ドンドンと足音を鳴らしながら、後ろの階段から続々と群衆たちが出てくる。
…この家族達を守れたと思えば、苦労した甲斐があったというものだ。
「ネベルク村長、一つ忠告しておきます。」
「…聞こうか」
「詳しくは省略しますが、多分あと数回襲撃があると思います。それでも余裕はそこまでないので、早急に何かをすることをお勧めします。」
今回でかなり殺せたとはいえ、犬は糸の範囲外にもかなりいた。ドラゴンの幼体達は…数が不明だけど、何か大きな魔物達の波が犬に乗っかってるような気がしてる。
「…一応聞くが、君はその余裕をどの程度だと見積もってる?」
「不明です。でも一日二日とか言うほど短くはないと思います。」
「なる程…のぉ…」
腕を組み、難しそうに唸る。声を出してはいるけど、目は虚空を見つめていて深く考え事をしているようだ。
「私もそろそろ旅に戻る予定なので、護衛が欲しいなら早急に雇うことをお勧めします。」
少し冷たいかな…まぁいいか。
…そういえば、まだキントを出していなかった。放置するのは可哀想だし、そろそろ出してあげよう。
村長を横目に、扉の方に向かった瞬間背中に声をかけてきた。
「…貴殿をノルド伯の臣下として依頼したいのだが…もう少しだけ、この村に居てもらうことはできんか?」
…
「どうするかについては議会で…皆で結論を出さねばならぬ問題なのだ…」
老人は虚ろな目で私に頼み込む。
「村長の権限で決めることは…?」
…その依頼事態は別に良いんだ。けど、姑息に私の立場を利用してやろうという口ぶりが気に入らない。
ネベルクはゆっくりと首を振る。
「タネンは…議会にて物事を決めてきた…」
「……」
「昔からそうだったのだ…コンラートの徴兵も、議会を経て決めたことだ…」
何か理由があるんだろうけど、タネン村の人間は、老人でもやけに活発だ。ネベルクやシスターヒューラ、そして議会の面々もそうだった。
「緊急事態だからこそタネンは、民主主義を、伝統を忘れてはならん。」
──でも、若くはないのだ。
彼の目は、私ではなく、議会室の、木製の椅子列を見ていた。
机。壁の傷。天井の梁。
その全てを愛しているように――しがみついているように。
「皆で話し、皆で決める。それがタネンの形だ。我々はその形を守り続けてきた。」
私はまだ少ししかここにいないけど、それでも分かるくらいネベルクは村の人達に影響力を持っている。
多分ネベルクには出来るんだろう。村長という立場を使って避難や移住を強行することが。
でもそれは、伝統に縛られた目の前の老人にとってはありえない選択なんだろう。
「…私は戦闘員ではありません。今回の襲撃も、避難がもう少し遅れていれば村人への被害が出たと思います。」
「それの対処のために、皆を招集して──
「その時間は致命傷になり得ます。ここの護衛を私一人にさせるのは不可能だと、さっきから言っています。」
「時間は掛からない…少しだけだ…その間に議会でみなの意見を募り、結論に則りイースから冒険者と騎士を呼び寄せる。」
……目の前の老人が、途端に哀れな存在に見えてきた。もう半世紀ほど続けてきた、その生き方を、微塵も曲げられないんだろう。
「…分かりました。」
ここに救いがあるのは、子供達は生きてることだろう。あの子達が、これに巻き込まれるのはあんまりだ。
投稿空きすぎてごめんなさい!次から元に戻れると思います!




