怪物の爪痕
2年と少しの間続いた例の撃退戦は、おびただしい数の犠牲者を出した。最初の数カ月で大半の前線・後方部隊が行動不能になったことで各地から成人の動員がはじまり、流れ弾によってかなりの非戦闘員が犠牲になったと聞いている。
コンラート様が詳しい数字を公開してないから分からないけど、戦闘の余波で少なくとも都市一つ分くらいの人間が死傷したはずだ。
「そう…ですか。すいませんそんなこと聞いてしまって。」
「大丈夫です、もう悲しむ時間は過ぎましたし…」
そう言いながら、コンスさんの視線は疲れたように下を向いている。年代的に働き盛りの子どもがいてもおかしくないし、もしかしたら徴募された人の中にいたのかもしれない。
ふと、コンスさんが顔を上げる。
「あぁすいません、こんな話をして…眠る場所ですが、この議会の中なら好きに使ってください。ですが、明日は昼からここを使うので、それまでには出ていってもらいます。」
「こちらこそすいません…ありがたく使わせてもらいます、コンスさん。」
それだけ話してコンスさんは議会を去る。
円卓の奥には、話の通り大量のベットがあって、その他にも色々な生活用品が置いてある。
食器とか鉄器が綺麗にまとめられている。多分戻ってくる可能性も考えて安置しているんだろう。
「いくつかもらえたりしないかにゃ…無理か。」
魔法で代用できるから持ってこなくていいと思ってたけど、初日から後悔していたところなのだ。
一番状態の良いベットとシーツを見繕い、倉庫の角で寝っ転がる。馬車は…まぁ大丈夫だと思う。相当力自慢の魔物でないとあれは破れないし、そんなのがでたら寝てても分かる。
…多分、こういう問題はこの村だけじゃないんだと思う。戦争で働き手が減って、廃れ始めた村の話しは、割とありふれている。そのまま静かに廃村になるか、魔物の襲撃によって死ぬか難民になるかだ。
まだ夜中の村しか知らないけど、議会には仕事から引き始める年齢であろう人しかいなかった。
どうせ一晩しかいない村だけど、少なくともコンスさんをみる限り、特段排他的な村でもなさそうだ。
「ん…?」
そんなことを考えながらうとうとし始めた矢先、馬車に張った結界から何かを感じる。
――鋭い爪で、何かが結界を引っ掻いている。
これは…まずい。
ベットから跳ね起きて部屋を飛び出す。外に出るた瞬間に、手慣れた魔法を唱える。
「ヴァファーデン…!」
急いで術式を構築して、糸で体を高速で引っ張り議会の屋根を登る。
「ヴァローア」
氷と水を掛け合わせ、指の中にレンズを生成する。見てみると体長1メーターほどの、黒く細い犬が2-3匹馬車の結界に爪を巻き取られている。
まずい…犬型だ。はぐれ個体が偶然集まったとかでもない限り、40-50匹の群れで行動しているはずだ。仲間を呼ばれたら対処しきれるか分からない…
取り敢えずあいつらを処分しよう。
2番目に手慣れた魔法の術式を構築する。水色の、二重の幾何学模様が杖の先に作られていく。
「ヴァサーシュライク…」
ここだけ雨が降っているように、小さい水玉が私の周りに数百個留まる。その内数十発が、鋭い音を立てながら犬の方に向かう。
糸によってもがいていた犬がこちらを向くが、すでに手遅れだ。水玉が高速で犬にぶつかると、ドンッと村全体に響き渡るほど大きな破裂音を鳴らす。
引っかかっている前足を粉砕し、腹を抉り、体をへし曲げて、頭を弾き飛ばした。
…さすがに死んだようだ。けどまだ安心できない。慌てて議会から数人が飛び出てくるけど、集中して術式を構築する。
杖を空に掲げ、大規模に魔力を使う。
「…ヴァファーデン」
柱と言っても差し支えないほど太い糸を生成する。出てきた糸を片っ端から分解し、数秒で村周りの森を探知して、ヴァサーシュライクと共に霧散させる。
…頭がズキズキする。しかも数十秒前にできたであろう犬の足跡が大量に見つかった…このあたりに来ただけで30匹と少しはいる。しかもばらばらに逃げているから、絨毯爆撃するのも不可能だ。
議会の辺りを見ると、コンスさんとさっき議会で見たうちの数人が、不安そうにこちらを見ている。
私は屋根から飛び降りて、取り敢えず知ってる顔のコンスさんの方を向く。コンスさんは報告を聞くのを嫌がってるようだけど、まぁ仕方ない。
「魔物の襲撃です。しかも犬の群れによるものです。」




