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第7話~提案!~

 「……ふむむ?なあるほど。よくよくわかった理解した。つまりは、だね」


 朝7時。いつもなら朝食が並べられ、皆が他愛ない会話をする共用リビングは、緊張の糸が張り詰められていた。


 「成瀬紅、つまりお譲ちゃんは母親から言われて、ここに居る苦学生である大滝流を頼ってきた、ということだね?うん、うん。そして一度は決別したものの、和解し、今こうして卓を共にしている、と」


 こうして説明口調で話しているのは恰幅のよい中年男性。小説なんかを書いているが普段は部屋にこもりっきりのダメ中年である。


 その割には男連中……つまり大滝流や大星圭吾、そして堂野好助にはかなり信用されているようで、彼にいつも相談事を持ちかけている。


 「は、はい!え、ええと……」

 「私の名前かい?私の名前は大月おおつきよる。大きな月の夜と覚えてくれればそれでいい」 

 「はい、大月さん」

 「いや、夜でいいよ」

 「いえいえ、目上の人には敬意を払えとお母さんが言っていましたので」

 「私が目上?……ふふふ、嬉しいことを言ってくれるね、お譲ちゃんは」


 好助が浮かべるような嫌らしい笑みではなく、本当に優しげな微笑みをたたえて、大月は言った。


 「……えと、えと、あの、その、ええっと……」


 しどろもどろになりながら何かを必死に訴えようとしているのは、目元を髪で隠し、容貌のほとんどが隠れてしまっている高校生ほどの少女だった。


 「言いたいことあるならはっきり言え。いちいちどもるな」

 「え、で、でも、圭吾、君」

 「お前に圭吾君と呼ばれる筋合いはねえ」


 不登校の少年大星圭吾は彼女に冷たい。常にびくびくとしていて頼りのない雰囲気が彼をそうさせるのだろうか。

 

 「こら、圭吾君。女の子には優しくしなきゃだめよ?」

 「……はい」


 管理人さんに言われて、不機嫌そうになりながらも「わるい」と謝るあたりはまだ優しい方なのだろう。


 「……で、何なのかな、蛍ちゃん」


 小河おがわ ほたる

  

 軒並荘の二人目の高校生であり、登校拒否の女子生徒であった。


 「えと、あの、その、りゅ、流さん」

 「なに?」

 「あ、あの、失礼かも、知れませんが、その、あの」

 


 しどろもどろになりながら、でも蛍はちゃんと言った。



 


 「あの、流さんって紅さんを養える、のでしょうか……?」



 ピシリ、と石のように固まって石像と化したのは、訊かれた流だった。


 「大丈夫だよ!お母さんはお金いっぱい持ってたし、お父さんもきっと……だよね?」


 ピキリ、と石像にヒビを入れたのは期待いっぱいに父親に訊く紅だった。


 「ハン!紅、現実はよく見た方がいいぜ。こいつ一年近く管理人さんに家賃待ってもらってるほどの貧乏野郎なんだからよ。期待はするだけ無駄、ってやつだ」


 ピッキーン…………。


 とどめを刺したのは、圭吾の突き付けた現実だった。


 「お父さんのこと悪く言わないで!」

 「悪くは言ってねえ。事実を言ったまでだ。……つうか紅ならわかってんじゃね?お前頭いいだろうから」


 「で、でも……」


 「でも、ってことはわかってんだろ?先輩んとこに住まわせてもらったら?なんでだか先輩は金だけは持ってるからな」


 「そんなことしたら私の貞操の危機です!」

 「……そうだった。悪ぃ」

 「いいんです」


 ちなみにまったく信用されていない好助ががっくりと肩を落としたが……自業自得なので放っておこうと、すでに住人たちは決めていた。


 「まあ、私が言いたかったのもそこでね。流君にはお譲ちゃんを養えるだけの財力があるのかどうか……ないだろうね。いや、あったらおかしい」


 サラサラ……


 もう砂になってしまった流は、もはやなにも言わない。


 へんじがない、ただのしかばねのようだ。


 「……私が、稼ぐもん」

 「へ?」


 みんながみんな、そんな感じの疑問符を頭の上に出した。


 「私が稼ぐもん!稼げるもん!お父さんの家賃の延滞だって滞りなく返せるぐらい稼げるもん!稼いでみせるもん!」


 「……ええと、だね、お譲ちゃん。圭吾君も言ったように、現実を見てみようか。お譲ちゃんはいくつ?」


 無茶苦茶なことを言い出した紅に、優しく大月が諭すように言う。


 「10歳」

 「そう、10歳だ。で、お父さんの延滞、どれぐらいのお金がいるかわかる?……昨日でちょうど百万円だよ」


 「百万……!?」


 ガーンと、ショックを受ける紅。この年でそのお金の重みがわかるとは、なかなかにできた子供である。


 「…………じゃ、じゃあ、私やっぱりこのまま追い出されちゃうんですか……?」

 「う、……い、いや、そんなわけないだろう?意気込みは買うけど、無理だっていうことを言いたかっただけなんだよ。いや、だからそんな捨てられそうな子犬みたいな顔しないで!話聞いて!」


 紅の懇願するような表情に、大月はついあせってしまった。


 「コホン。つまりだね、君にはお手伝いさんをやってもらおうかと思って、ね」

 「お手伝いさん……?あ、メイドのことですね!」


 ちなみに。


 この時メイドと聞いて、男連中が想像したのは秋葉原に居るような完全にそっち系統の客を狙った服装のメイドであり、女性の方々が想像したのは屋敷に仕えるちゃんとしたハウスメイドである、という想像の違いがあったりもする。


 「ああ、そう……かな?まあ、近いものではあるね」

 「なら大丈夫です!私、お母さんと一緒に少しの間だけだけどやったことあるから!きっとうまくできるよ!」


 「それなら安心ですね。よろしくお願いしますね、紅ちゃん」

 「はい!」


 「……え、なんとかなったの?」


 「「「「「「…………………」」」」」」



 やっと硬直から解けた流は刺すようなみんなの視線を浴びることになりましたとさ。




 


 ともかくこれで、本当に。




 成瀬紅が、軒並荘の住人になった。

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