第6話~父と娘!~
「……君は、……もしかして、その、お母さんの居場所を、知らない?」
「知ってます!海の向こうにいるんです!それだけはたしかなんです!」
紅は今にも泣きそうな目で流を睨み付ける。
「海の向こう、と言うだけでは居場所を知っていることにはならないよ。
……それにしても、どうしてそこまでこだわるんだい?」
好助は疑問を口にした。誰よりも先に、紅を気遣うように。
しかし、その気遣いは意味をなさないどころか、この場合は逆効果だった。
「どうして?どうして?どうしてですって!?あなた、わからないんですか!?私は、お母さんに捨てられたかもしれないんですよ!海外に行くこと以外なにも教えてくれず、まるで、厄介払いみたいに……っ!」
あまりに悲痛な、紅の叫び。
「それは……違うわよ。きっと、紅ちゃんのお母さんはあなたを危険にさらしたくないから……」
「今までお母さんはどんなところでも私を連れて行ってくれた!私だって何度も死にかけた!でも、それでも、私を置いて行くなんてこと、今までなかったのに!」
管理人さんの優しい慰めも拒絶して、紅は叫ぶ。
「私は捨てられたんです!弱いから、見限られたんです!それなのに、お父さんかもしれない人なのに、その人にまで否定されて!私はこれから一体、どうやって生きて行けばいいんですか!一体どうやって……」
その声にあるのは、困惑、疑問、不安、恐怖。
いつしか目じりには涙がたまり、そして、ポロリと一筋。それが、きっかけだった。
「……うく、こんなのって、ないですよ……!私、死ぬしかないじゃないですか……!うく、流さん、お願いです、ひっく、娘じゃなくていいですから、こき使ってもらってもかまいませんから、どうか、うっく、どうか、
……助けてください……」
「……紅、ちゃん」
流は、つぶやくように名前を呼んだ。
彼の中にあるのは、後悔。
こんな子供にこんな思いをさせた悔み。
こんな子供にここまで言わせてしまった悔み。
そして、怒り。
こんな子供をほっぽリ出して海外に行ってしまったかつての彼女に対する怒り。
そして、こんな子供を傷つけてしまった、自分に対する怒り。
「……僕は、……僕は」
最初は驚いた。
その次に否定してしまった。
でも、まだこの子は手を伸ばしてくれている。もし次この手を振り払ったらもう二度と、手を伸ばすことはないのかもしれない。
こんな子供がいくらこのご時世とは言え、一人で生きていけるかと言えば、否だ。
攫われるかもしれない。殺されるかもしれない。餓死するかもしれない。
……こんな子供に、そんな苦痛は与えてはならない。
流は、うるんだ目で、不安交じりに、半分期待しながらもどこか諦めた表情を見せる紅を、いや、自身の娘を見て思った。
「……僕は、いや、紅ちゃ、いや、紅は、僕なんかが父親で、いいの?」
「私は、生まれた時から、あなたの娘です。……お母さんに、そう言われてきました」
涙が止まって、少しだけ希望を見出した紅は、それでも不安な表情を拭いきれずに答える。
心の中ではちゃんと笑顔を振りまいて好印象を持ってもらわないと、と母親から教わった打算的思考もしているのだが、それでも今は本当の、素のままの自分を見て判断してほしいと紅は思った。
「……さっきは、悪かった。その、戸惑っただけ、なんだ。……紅、ぜひ、うちに来てほしい。狭い部屋だけど……」
その言葉を、紅はずっと待っていたのだろう。
「はい!」
たちまち元気になった紅は、さっそく、娘が父親にするように抱きついた。
「……むうう、いい終わり方なのはわかるけれど……嫉妬するな」
好助がぽつりとつぶやいた。
紅は父親に抱きついたまま好助の方を向き、
「べえ~!私はあなたみたいな人になびいたりしません!残念でした~!」
子供らしい純粋な笑顔で、そう言ったのだった。
「……そうか。まあ、笑顔が見れたからよしとする、か」
「そうですね、好助さん」
管理人さんにも、かすかな微笑みが戻っている。
「……紅、これからよろしく」
「うん、お父さん!」
ようやく――いつもの軒並荘の穏やかな雰囲気が戻ってきた。