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第五話~想い!~

彼――大瀧流は肩を落として激しく後悔していた。


「ぼ、僕は、あんな子供を、しかも自分の娘を、傷つけた――」


「悪気があったわけではないのだろう?なら大丈夫だよ。ちゃんと筋を通せばね」


がっくりと肩を落としてうなだれる流を、好助が励ました。


「……筋?」


頭を上げて、流は訊いた。


「そう、筋。傷つけたのなら謝る。それが人の道理というものだ」

「……好助さんって、意外と古風ですね……」

「うん?そんなことはないさ」


そう言って何故か胸を張るのは、二十代前半のお兄さん。


「まだまだ現役だよ?」


その言い方がもうなんか古い。


「……とにかく……僕は、どうすれば……」

「だから、謝ればよいのだよ。家族……なんだろう?」


おちゃらけた感じはまだ抜けないが、それでも真面目な表情を作る好助。


「……家族」


呟くように、流が言った。


「そうさ。家族なんだ。君と成瀬深紅との間に出来た…………、……深、紅?」


好助の様子が、変わった。

鋭く恐ろしい、獣の目に。


「……成瀬に……深紅……間違いない」


ぶつぶつと二十代前半ロリコン紳士な好助が女の子の名前を繰り返すなんて、めったにあることではなかった。


「……好助、さん?」


「……はっ、……なんだい?」


今気付いたと言うように、好助が元に戻った。


「ど、どうしたんですか……?」


まさに恐る恐るといった風に、流が訊いた。


「いやいや、気にしないでくれたまえ!少し昔に同姓同名の幼女がいたものだから気になってね!幼女が幼女を産むなんて実に萌えるシチュエーショ」

「あんた結局それだけか!」


流の叫びが軒並荘の廊下に虚しく響いた。


「……あらあら、随分とお楽しみですね?」


それとほぼ同時、妙齢の女性が下から上がってきた。


「……管理人さん」

「やあ、管理人さん」


上がってきたのは管理人さんだった。なぜか少し怒り気味だった。


「二人とも!なに大の男が女の子泣かしてるの!」


腰に手を当てて、眉を吊り上げて、かなり本気で怒っているらしかった。


「……あの子、泣いてたのか」


流の後悔がさらに深くなる。


「ま、泣くだろうね普通は」


わかったような口ぶりで、好助が言う。

「はるばる会いに来た父親に『嘘だ』、だからね。泣いてるので済んでいるのが不思議だよ」


「でも!僕は別に悪気があったわけじゃ……」


「悪気があろうとなかろうと一緒です!」


言い訳をしようとした流を、管理人がピシャリと切る。


「な……」

「いいですか、あなたは父親です!」


「え?でも、その、証拠が……」

「心当たりがあるんでしょう?」


逃げようと必死な流を厳しく問い詰める管理人さんは、まるで彼らの母親のようだった。


「……はい」

「紅ちゃんにその人の面影とかないの?」


「……あります。めちゃくちゃ彼女に似てます」

「……それでも、娘じゃないって言うんですか?」


管理人さんの鋭い言葉に、流は黙り込んだ。


沈黙が流れる。






「お父さ……流、さん」






その沈黙を破ったのは、目を赤く泣きはらした少女、成瀬紅だった。


 「……紅ちゃん」

管理人さんが、幼い彼女の名前を呼ぶ。

呼ばれた紅は管理人に何も言わないまま、何か決意を秘めた目を彼女の父親--大瀧流に向けた。


「流さん」

「え……」


もう彼女は、流を父親と呼ばない。


「私、帰ります。人違いでした。ご迷惑おかけしました」

ぺこりと頭を下げ、笑顔で彼女は言った。


「あ、ああ……」

流は紅の急な態度の変化についていけず、呆然としている。


「……じゃ、みなさんも、お騒がせしました」

ぺこりと頭を下げてそんなことを言う彼女には、もう先ほどまでの涙ぐんでいた子供の面影はない。


今の彼女は自分を抑えることができる、大人だった。


「……では」

それが当然であるかのように、紅は軒並荘から去ろうとする。


「ま、まって紅ちゃん……」

管理人さんの制止に、紅は反応した。


「なんですか?」

「い、いいの?あなたのお父さんかもしれないし、流さんだって認めるようなことを」

「人違いでした。それが全てです」


冷静に、何も気にしていないかのように、紅は言った。


今度は無言で、軒並荘を出ようと階段を下り--




「この先君は、どうするつもりだい?」



「お母さんのところに、帰ります……」

今までハキハキと答えていた彼女が急に、歯切れが悪くなった。


「お母さんのお家がどこにあるかわかるのかい?」

好助は珍しく真剣な表情で彼女に訊いた。


「………………」


紅は黙る。


「わかるのかい?」

もう一度、好助は訊いた。


「……わかり、ます」

陰鬱に沈み込んだ顔を隠すように伏せて、何かに耐えるように言った。


「嘘だろう?」

好助は断じた。


「違います!」

紅は力の限り叫んだ。


その強い否定に、三人共が驚く。

「そうなの?」

管理人さんが驚きを隠しながら訊いた。


「じゃあ、どこにいるんだい?」

好助が不思議そうに訊いた。












「……海を超えた先のどこかに、いるはずです」













  また、沈黙が4人の間を支配した。


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