第二十二話~紳士的だった彼!~
九時ごろになっても、軒並荘の住人はほとんど軒並荘にいた。
管理人さんはもちろんだが、不登校の圭吾、登校拒否の蛍、職業不明の好助、小説家の夜。まともに就学しているのは極貧大学生の流と紛争帰りの紅だけである。
そんな状況だが、管理人さんは彼らをまともな学生、まともな社会人にするつもりは全くなかった。
「だから、僕は紅ちゃんに邪な想いを抱いているわけではなく、純粋にだね……」
「信じられるかこのクサレがっ!」
管理人さんの後ろでは、この頃急に欲望をさらけ出すようになった好助と、紅を実兄のように守ろうとする圭吾が言い争いをしていた。
「く、クサレとは言い過ぎではないのか!?」
「言い過ぎなわきゃねえだろ! この犯罪者予備軍!」
「確かに紅ちゃんは犯罪的な可愛さたが」
「てめえもう黙れ!」
……ふう。
管理人さんは二人の争いを背に、ため息をついた。
「……ど、どうかしたんですか?」
「え? いや、なんでもないのよ、蛍ちゃん」
管理人さんを心配して話しかけてきたのは、とある理由から不登校となっている高校一年生、小河 蛍だった。彼女は圭吾と違って学校に行かないことに罪悪感を感じており、故に暗い雰囲気を常に振り撒いてしまっているような少女だった。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。ちょっと後ろの二人がね……」
管理人さんは一度嘆息すると、再び彼らに視線を移した。言い争いは、小説家の中年男性大月 夜が止めていた。
「二人とも、そろそろやめないかね? 喧嘩などしても、いいことはないぞ」
「いいや! 夜さん、こいつは言わなきゃダメなんだ! このロリコンだけは絶対!」
「私はロリコンではない! 偶然タイプの女性が幼女だっただけで、それが日本では偶然犯罪だっただけで」
「それをロリコンってんだ馬鹿野郎!」
「それをロリコンと言うのだよ、好助君」
仲裁する側だった夜さえも厳しい口調で言った。
「……なんだか、好助さん様子変わりましたね」
「ええ、全くよ」
女性二人はがっかりしたように言った。紅が来る前から好助は子供がタイプだ、などと言っていたが、それは方便だと二人は信じて疑わなかった。普通なら引かれて終わりなところをそうならなかったのは、ひとえに好助の紳士らしさ故だった。
「好助さん、本当に子供が好きなんですね」
それも、悪い意味で。
「まったく、ちょっと幻滅、ね」
「ですね」
二人は仲良く肩を落とした。
二人は別に好助が好きだったというわけではなく、純粋に尊敬していたのだ。優しく、紳士的で、下心はない。そんな彼に、二人は憧れさえ抱いていた。
「……ああ、紅ちゃん早く帰ってこないかなぁ……。新しい服作ったのになぁ」
「てめえもう黙れ。殺すぞ」
そんな人間がこうなってしまえば……誰だって、落胆してしまうだろう。
「私は黙らない! ただひたすらに紅ちゃんへの愛を叫び続けるのだ! ふはははははははは!」
女性二人の評価が地ほどに落ちぶれた元『無毒』は、そんなこともまるで気にせず馬鹿笑いを続けていた。
「……やれやれ」
軒並荘の住人のほとんどが、そう思った。




