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第二十一話~次の朝に!~

  少女は夢を見ている。

  廃墟と荒野がひたすら続く紛争地帯に、彼女はいた。

  赤茶けた爆発がそこかしこで起き、ほんの少しの感覚で数十の人が悲鳴をあげ、死んでいく。

  彼女はその中を母親に連れられ走っていた。母親は拳銃を片手に、隠れながら先を進む。

  少女の隣を走っていた少年は、先ほど流れ弾に当たって物言わぬ骸になった。

  

  「……紅!  大丈夫!?  怪我はない?」


  紅の部分だけ綺麗な日本語で、その他は英語で少女に話しかけた。


  「う、うん、おかーさん、私は大丈夫だけど、シュラフ君が、動かなく……」


  呆然と少年の遺体を見つめている少女、紅は流暢な英語でそう言った。


  「……その子はもう死んでいるわ」

  「し…….なに?」

  「その子は、もう死んでいるわ」

  「……え?」


  もう一度、紅は少年の遺体を見る。さっきまでは見えなかった銃痕が、これ見よがしに赤く目立っていた。

  

  「……っ」

  

  紅は目を大きく見開いて……


  「いやあぁぁぁあッ!」


  





  「紅ッ!」

  「はぁ、はぁ、はぁ、お、おとう、さん……」


  紅は隣にいる父親が心配そうに自分を見つめていることに気付いて、始めて先ほどのことが夢だと気付いた。


  「大丈夫、紅?  どうしたの?」

  「……」


  ちょっと怖い夢を見たの。今の紅は、それを言うことすらもおっくうだった。


  「ちょっ、こ、紅?」


  何も言わず、紅は流に抱きついた。お腹に頬ずりしながら、肉親の温もりを逃がさまいと、抱きしめる手をさらに強くする。


  「……おとーさん。怖い夢、

見たの」

  「……」


  流は何も言わず、紅を抱きしめ返した。


  「……怖い夢を見た時の夢を見たの」


  紅にとって、怖いことは全部夢の中の出来事だった。そうでも思わなければ、紅は昨日のように明るく笑えなかっただろう。現実と認めてしまえば、紅は笑えなくなるかもしれない。


  「そう。でも、それは夢だよ。ここが、今僕が抱き締めている君が、現実の君だよ」

  「……ありがとう、おとーさん」


  紅はお礼を言うと、もう一度眠りについた。


  「……怖い夢を見て泣きついてくるなんて、子供らしいこともあるじゃないか」


  夢の内容を知らない流は、呑気にそんなことを思った。


  「……くう……」

  「……すう……」


  夜は更けていき、やがて日が昇り始める。現在時刻午前六時。

  軒並荘の庭では、いつものように管理人さんが竹箒片手に玄関先を掃いていた。


  「おはようございます、管理人さん」

  

  そこへ、やはり毎日のように圭吾がやってきて、朝の挨拶をした。


  「あらおはよう。今日も早いのね」

  「早寝早起き三文の得、ということわざに従っているだけっすよ」


  心にもないことをいいながら、圭吾は管理人さんのそばに寄る。


  「賢いのね」

  「ありがとうございます。……にしても、昨日は流の奴と遅くまで話してたみたいっすけど、どうかしたんすか?」

  「ふふふ、気になる?」


  淡く微笑んで、管理人さんは言った。


  「……い、いや、なんでもないっす」


  とたんに圭吾は顔を赤くし、管理人さんから目をそらした。


  「あ、圭吾お兄ちゃんに管理人さん!」


  その時、鈴のような声が二人の耳を震わせた。


  「あら、おはよう紅ちゃん」

  「ちっ……。よう、紅」


  管理人さんは親しげに、圭吾は投げやりに挨拶した。


  「うん、おはよう!  ねえねえ、今日も学校あるの!?」


  ぱあっと、輝くような笑顔で紅は聞いた。学校が楽しみで仕方がないのだろう。


  「ええ。土曜日と日曜日以外は毎日あるわよ」

  「やった!」


  あまりのうれしさに紅はその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


  「なあ、紅。なんでこんなに早く起きてんだ?」

  「え?」


  飛び跳ねるのをやめて、紅は聞き返した。


  「だからさ、なんでお前、こんな時間に起きてんだよ?」

  「……?  早い、かなぁ……?  私、ゆっくり起きたつもりだよ?」

  「そ、そうか。賢いな」


  意外な答えに圭吾は少したじろいだが、つとめて冷静に彼は反応した。


  「賢い?  ……えへへ、ありがと~」


  褒められたことに気付くと、紅は頬を赤らめた。


  「紅ちゃん、朝ご飯どうする?」

  「え、食べれるのっ!?」


  びっくりしたように紅は言ったが、管理人さんは言葉の内容にびっくりした。


  「た、食べさせないと思ってたの……?」

  「う、ううん、そういうことじゃなくて、ごはんそんなにあるのかな、って」

  「あるに決まってんだろ。ここをどこだと思ってんだ」

  「日本だよ」


  にまーっと笑いながら、紅は言う。


  「なんだよ、急に笑って」

  「ちょっと思い出したの!」

  「……なにをだよ」

  「この国がすっごく物に溢れてる幸せな国だって!」

  「物にあふれてたら幸せってことはねぇだろ?」

  「違うよっ!」


  紅は少しむっとした表情になって言った。


  「ものにあふれてる、ってことはものがないくるしみをしらないってことだよ!  だから、ものがないくるしみをしってるひとよりは、しあわせだよっ!」

  「……受け売りだろ、それ?」

  「う……」


  図星を言い当てられ、紅はのけぞった。


  「意味わかってんのか?」

  「う、うん!  意味わかってるもん!」


  口ではそう言っているが、紅の表情は明らかに動揺していた。


  「まあまあ、二人とも。さ、私はそろそろ朝ご飯の準備をするけど、紅ちゃんはどうする?」

  「え、あ、う、うん!  手伝うよ、管理人さん!」


  管理人さんは軒並荘の中に入り、紅もそれに続いた。


  「……ったく、またあいつのせいで管理人さんとの大事な時間が……ブツブツ……」


  しかめっ面をしながらも、圭吾は軒並荘の中に入っていった。


  それから三十分後、軒並荘の住人の大半が起床した。

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