第二十話~深夜の会話!~
大きな月が輝く夜。軒並荘のベランダに、二人の男女が並んで夜を淡く照らす星々を見上げていた。
「……管理人さん、本当にかまわないんですか?」
二人いる男女のうち、男の方はこの軒並荘に住む極貧大学生、大滝 流だった。女の方は同じく軒並荘の管理人さん。
「……その質問は父親としてどうなのかしら、流君」
投げかけられた質問を彼女は軽く批判する。
「だめですか?」
「ダメよ。もし私がダメって言ったらどうするつもりだったの? 紛争帰りの子は面倒見きれません、って言ったら」
「……」
流はそう言われて、何も言い返すことができなかった。
「正直な話、私には荷が重いと思うわ」
「で、でも、紅は特に問題があるわけじゃ……」
紅は明るく、人を気遣える。そんな子が問題なんて、あるわけがない。流はそう思っている。
「……それくらいわかってるわ。紅ちゃんに何か問題があるとは思いたくない、ないけど……」
そこまで言って、管理人さんは視線を左右に動かし、星を眺める。
「……ねえ、綺麗な星だと思わない?」
「え? あ、はい」
急に話題を変えられて、流は戸惑いながらも返事をする。
「……でも、私達がいるこの星には、綺麗な星を眺めることすら許されない人達も、確かにいるのよ」
「紅が、そのうちの一人だと言うんですか?」
管理人さんは首をふった。
「いいえ。きっとあの子は優しくて強いお母さんに守られながら過ごしてきたんでしょう。そうでなければあんな風に笑えるはずがないわ」
彼女は流の顔を見る。彼は管理人さんから何を言われるのか、不安なようだ。それが顔によく出ていた。
「……でも、そういう人をたくさん見てきたというのも、また事実でしょう。あの子の中に、日本では認められない価値観が存在する可能性だって、否定できないわ」
「例えば、どんな?」
流に聞かれて、管理人さんは少しだけ悩んで……口を開いた。
「人を殺すことをよしとする……。そんな価値観は、平和なここでは認められないわ」
「……そんな価値観が、あの子にあるんでしょうか」
管理人さんは遠い目をして流に言う。
「私にはわからないわ。あの子がそうなのか、そうでないのか。……それを見極めるのは私の役目じゃないし、するべきじゃないと思う」
「……じゃあ」
「ええ。それをするのはあなたの役目。父親であるあなたがしなければならないことなの」
しっかりと流をみつめ、彼女は言った。
「もし、『そうであった』としても……。あなたが父親である限り、私はあなたたちを受け入れるわ」
「……はい。僕は父親として、努力します。親子ともども、よろしくお願いします」
流はその視線をそらすことなく受け、決意をするように言った。
「ふふ、その言葉が聞きたかったの」
管理人さんは優しく微笑んで言った。もう一度仰ぐように月を見上げると、彼女は踵を返し、軒並荘の中に入っていく。
「……がんばってね、お父さん」
「……はい」
振り返りざまの励ましを言うと、管理人さんは今度こそ中に入った。
流は一人残り、月夜の空を見る。
「……深紅。紅」
冷静で力強かった成瀬 深紅と自分の娘。明るく快活で、軒並荘の皆を和ませるような子供。そんな子が突拍子もない、常識はずれの行動をとるとはどうしても思えなかった。
「……」
紅は今肌寒くしていないだろうか。食事をしたあとすぐに眠りについたが、布団を蹴飛ばしていないとは限らない。もしかしたら風邪をひいてしまうかも。
「急ごう」
そう思ったら流はいてもたってもいられなくなって、自分の部屋に向かった。紛争帰りだとか、何かおかしな価値観が刷り込まれていないかだとかはよりかは遥かに、それは流を不安にさせた。