第二話~記憶!~
「成瀬……紅…ちゃん……?」
大瀧流は、呆然とした表情のまま、彼女が名乗った名前を反芻した。
「ねえ紅ちゃん、君はいくつなのかな?よければ僕に教えてくれないかな?」
さながら狡猾な誘拐犯が子供に警戒心をとかせるような優しい声色で好助は言った。
「……十歳、です」
警戒心を解いたわけではないが、彼女の父親であろう男は未だ固まっているので、それを訊いてくれるとは思えなかったから、彼女は答えた。
彼女の幼いながらもしっかりとした警戒心は、自身の肩をいやらしい手つきで触る堂野好助と言う男に自分の情報を与えるべきではないと警鐘を鳴らしていた。
「ふう……ん。ま、ちょっとふけ気味だけどいいかな……?」
紅は今までかつて『大人びている』と言われたことはあっても、『老けている』とは言われたことがなかった。
おそらく好助の判断基準だと、十歳以下でないと相手にする気はないのだろう。
紅は今日ほど早く誕生日を迎えたいと思ったことはなかった。
「……えっと……僕の……娘?」
「はい!……多分、そうだと思います……」
最後に自信がなくなったのは、もし人違いだったらどうしようという不安が彼女の中でよぎったからである。
「えっと……僕ね、その……君に言ってもわかるかどうかわかんないけど……その、したこと、ないんだ」
「性行為をですか?」
「「!?」」
好助と流は同時に驚いた。
「き、君のお母さんは何を教えているんだ!?」
十歳といえばまだコウノトリやキャベツ畑を信じているような年頃なはず。しかし、紅はどうも耳年増なようだ。
「『変な伝承教えて間違った知識を植え付ける訳にはいかないわ。あなたにはまだ早いとは思うけど、知っていて損はないし、いずれ誰もが知ることよ。
……それに、何かあったとき、自分がなにされているか理解できなかったら嫌でしょ』
……お母さんはそう言って私に教えてくれました。そのおかげで今まで理解できなかった男の人の行動が理解できるようになりました。……吐き気がしますが」
後ろの好助を睨みつけて紅は言った。
「うっ……」
パッと肩から手を離すが、紅の視線に親愛の情がまじることはなかった。むしろ敵意がましたぐらいだった。
「えっと……知ってるんならわかるね、君と僕とはその……」
「思い出してください。お母さんいつもいつも言ってました。
『あの人は私の一番よ。一番最初で一番最後で一番好きな人。すべての一番に、あの人がいるの。……あなたも、高校生ぐらいになったらわかるのかしらね?あなたが高校生になれるかどうかわからないけど……。
でも、もしなれたのなら、恋をしなさい。私とあの人が出会ったように、あなたにもきっといい人が現れるわ。あなたの『一番』になる人が、ね』……って」
高校生。
一番。
すべての、一番。
流は思い出していた。というかなぜ忘れていたのかわからなかった。
『ねえ、私とあなたはさよならするけど……あなたは悲しくなんかならないわ』
彼女の声が再生される。
『そんなことねぇよ。俺はお前を忘れねぇ。忘れるもんか』
彼の若い声彼の頭の中で再生される。
『いいえ』
厳しい断定。
『あなたは私を忘れるわ。……忘れなきゃダメ。ダメなの。私は、……いいえ、もう何も言わないわ。このまま別れましょ』
そのとき彼女が何を言いたかったのか、彼には分らなかった。
『いずれその時が来るまで、あなたは私を忘れる。……いいわね?』
その声が、彼の記憶に蓋をしていたような気さえする。
「……深紅の、娘?」
「そうです!成瀬深紅の娘、成瀬紅です!」
記憶から覚めた流は、今一度目の前で自身の娘を名乗る少女を見た。
髪は黒くて長く、後ろでくくってまとめている。
目は深紅に似て聡明で、ガラス玉のよう。
全体的な顔立ち、雰囲気。そして何より。
「『あなたの心、あなたの命、あなたの身体は私の物。……思い出してくれたかしら?』
お母さんはお父さんに会ったらこう伝えてくれって、言ってました」
その伝言があまりにも彼女らしすぎた。
ここまで一緒だったら、もはや疑いようがないとも言える。
「……君が、僕の、……むす、むす、」
けれど、だからこそ。
「……?」
「耳をふさぐんだ、紅ちゃん」
好助の警告空しく。
「僕の、娘えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
朝の軒並荘に、彼の怒声とも悲鳴ともとれる大声が響き……
全住人が目を覚ました。
こんにちは、作者のコノハです。
すみませんがこの物語は日曜日は更新されません。日曜定休日です。
どうしてもギャグ成分が必要な方は『三人のフィアンセ!?』で満たしてください。
シリアス成分(そんなのあったか!?)をお求めの方は『兄妹の想い』でどうぞ。
上記二つの小説は毎日更新しています。
身勝手な定休、まことに申し訳ございません。
では、駄文散文失礼しました。
ご愛読感謝、また次回!