第十九話~経歴の片鱗!~
「できたよ~! お待たせ!」
料理が完成し、紅が元気にお膳を運んでくる。
「ありがとうございます紅ちゃん様」
「……どうかしたの、好助さん」
いきなり丁寧になった好助に紅は驚いた。
「い、いや、なんでもない。なんでもないよ、紅ちゃん」
「……ふーん。ま、いいけど。ご飯、作ったから食べてね」
ガチャン!
割と乱雑に紅は好助のお膳を置いた。少し態度が変わった程度で紅の不信は変わらないようだ。
「はい、おとーさん」
対照的に丁寧に、流のお膳をおく。
「あ、ありがと、紅」
「……うん」
なにが恥ずかしいのか、頬を赤らめて紅は頷く。
「初々しいね、全く。紅もいちいち恥ずかしがんな。これからずっと一緒に暮らすんだぞ」
「え、あ……う、うん。ありがとう、圭吾お兄ちゃん」
「おう」
内心の照れを隠しながら、圭吾はそっけなく言う。
「……こ、こんにちは……」
上の階からおずおずと小河 蛍が降りて来た。
「あ、蛍お姉ちゃん! 座って座って!」
「……あ、ありがとう」
「ガキ相手にどもってんじゃねえよ、ったく……」
不快感を露わにして、圭吾が言う。
「……う、うん」
「ふん、わかりゃいいんだ」
ぶっきらぼうに圭吾は言った。
「こらこら、圭吾君。そう女の子をいじめてはいけないよ」
「……大月さん」
蛍のあとに続いて、大月 夜が降りてくる。
「あ、夜おじ……お兄さん」
「ふふふ、おじちゃんでかまわないよ。もうお兄さんなんて歳でもないしね」
「う、うん、夜おじちゃん」
蛍と夜が席に座ると、紅は二人の前に膳を置く。これで、全員分の食事が揃った。管理人さんが席に座り、周りを見回した。
「みんなそろったわね? それじゃ、いただきまーす!」
「いただきます!」
管理人さんの号令で、みんなが手を合わせる。流や好助、圭吾たち若い男性陣がかきこむように食べ始めた。女性陣は対照的にゆっくりと食事を始める。
「ぱく、ぱく……うん、美味しいよ、紅」
「ありがとう、お父さん」
「うん! 紅ちゃんが作っただけあっておいしい! できれば君も一緒に」
「黙って食べられませんか、好助さん?」
すかさず流の牽制が入るあたり、もう彼は慣れたのだろう。
「……ったく、二人ともこんなにうまい飯食ってるのにやかましく喚くなよ」
圭吾は比較的落ち着きながら舌鼓を打っている。
「……ねえ、管理人さん。おいしい?」
「ええ、おいしいわ」
「……と、とっても、素敵なお味です……」
女性たちは食べることよりも話をすることに集中しているので、全然食が進まない。
「私、こういうところでご飯作るのって初めてで……うまくできたかわかんないけど、どう?」
紅は不安げな表情で周りにたずねる。
「初めてにしてはうまくできてるよ。……君は、料理そのものは初めてではないのかい?」
真っ先に夜が答え、そして質問した。悪意は見受けられないが、それでもなんらかの意図を感じさせる口ぶりだった。
「え? あ、う、うん。お料理はおかーさんと一緒に何度かしたことあるけど……」
「どこで、どんな料理を?」
「……えっと、砂漠の近くにあった街で、缶詰のお料理」
「どんな缶詰?」
夜が砂漠の街や缶詰料理などに何も言わなかったことに、紅を除く一同は少し疑問に思った。
「えっと、たしか……ウサギの缶詰、っておかーさんは言ってた」
「どうしてそんなところでそんな料理を?」
次第に、彼らは気付く。夜がしているのは質問ではあるが、あまりいい意味での質問ではないと。
「……うーん。なんだったかなぁ。確か、悪い人がやってきたから、倒さなきゃいけないっておかーさんは言ってたような……?」
「……そうか」
夜は思った通りだ、というような顔をしたが、他の人間はそうではない。遠い砂漠の街、缶詰料理、そして、悪い人を『倒す』。それらはひとつひとつは違和感を感じる程度しか意味はないのだが、それらが一同に集まると、一つの意味を醸し出す。
すなわち……。
「戦争でもやってたのか、紅?」
皆が思慮して避けていた単語を圭吾はいとも容易く口にした。
「せんそー? ……そんなのやってないよ」
紅の一言に、皆は胸をなでおろす。
「おかーさんは、『ふんそー』って言ってたよ?」
彼らの撫で下ろした胸が凍りついた。
「こ、紅ちゃん、い、今、紛争って言った?」
管理人さんの質問は、紅を除く全員の疑問を表していた。
「うん」
「そんな……」
管理人さんは否定がほしくて質問をした。しかし、彼女の願いはあっさりと裏切った。
「……? どうしたの、管理人さん。私、何か言っちゃいけないこと、言った?」
「ううん、違うの、違うのよ……」
管理人さんは首を振りながら考える。
紅が紛争地域にいたのなら、どう扱うべきか。
彼女は紛争地帯にいた女の子の扱い方など知らないし、ここにいる誰も知らないだろう。
「変ではないよ、紅ちゃん」
何か言わなければと悩んでいた管理人さんを助け船を出すように、夜が紅に話しかけた。
「変ではないが……あまり言うべきではないだろうね」
「どうして?」
そう聞かれると、彼は管理人を指さした。
「たしかに変ではないしおかしいわけでもない。けれど君がそういうことをいうと、優しい人間は困ってしまうんだよ」
「……悪いこと、言ったの?」
「まさか。君が紛争を経験しているということは何も悪くはない。悪くはないが、人に気を遣わせてしまうのだよ。……わかるね?」
「……うん。私、管理人さんに気を遣わせちゃった、ってことだよね」
申し訳なさそうに紅は項垂れた。
「気にすることはないよ。ただ、次からは軽々しくそういうことは言わないようにね」
「……うん」
紅はうなずくと、管理人さんに向き直り、頭をさげた。
「ごめんなさい、管理人さん」
「え、あ、うん」
管理人さんはまだ悩んでいたが、とりあえずそう答えることができた。
「……さて、食事を続けようか」
「そうだね、夜おじちゃん!」
紅は気を取り直して食卓に向かい、食べ始める。他の人たちも、紅のことを見ながらも食事を再開した。
「……それにしても、これ、とてもおいしいね! さすがは私の紅ちゃん!」
「誰がてめえのだ腐れロリコンが」
「……あ、あの、け、圭吾くん、その、あんまり酷い言葉遣いは……」
「こうでも言わなきゃ紅が危ねえだろ!」
「圭吾お兄ちゃん、女の子に怒鳴っちゃだめ」
「ははは、紅ちゃんの言う通りだな、圭吾君」
「……はいはい。……にしても、うめえな、これ」
「ありがとう、圭吾お兄ちゃん!」
だんだんさきほどまでの明るい雰囲気を取り戻しつつあるリビングで、流と管理人さんだけが、いまだ暗い雰囲気を振り払えずにいた。




