第十八話~晩御飯の準備!~
コトコト、コトコトお鍋が鳴る。紅は吹きこぼれないように、慌てて火を弱める。鍋が鳴らなくなったことを確かめて、ふう、と安堵する。その一連の動きを、すぐそばでハラハラしながら見守っていた管理人さんが胸を撫で下ろした。
「大丈夫、紅ちゃん」
「だ、大丈夫だもん!」
紅が意地を張って叫ぶところもまた可愛らしい、と管理人さんは思う。
「管理人さん、おとーさん達今何してるの?」
「何してるんだろうね~」
優しく言いながら、管理人さんはリビングを覗く。
「オラっ! 死にやがれロリコン! 紅になんてこと教え込む気だ!? 犯罪どうこう以前にてめえはもう人じゃねえ! ケダモノだ! 死ねっ!」
「ひ、酷いじゃないか圭吾君! ただ、僕は少しだけ紅ちゃんに可愛いメイドさんとしての心構えその他をだね」
「その他の中になんで『戦うメイドさん』なんて項目があるんだよ!? 紅が信じちまったらどう責任とるんだよ!?」
「男の責任の取り方は古来よりひとつ、結こ」
「まあまあ、圭吾君も、童野先輩も落ち着いてください」
ヒートアップしていた二人を、流がなだめた。
お? もしかして流君は怒ってないのかな? 大人だな~。
覗いていた管理人さんはそう思った。が。
「おお! やはり君は僕と娘さんの交際を認めてくれるんですね!?」
「……。そういえば、責任とってくださるそうで」
「そうだとも、男とは責任をとってこそ一人前! だから」
「わかりました。少し、待ってください」
流は好助の言葉を途中で遮ると、管理人さんのいるキッチンに向かってくる。
「お、紅ちゃんを連れてきてくれるのかい?」
「あの、管理人さん、ちょっと、あれ貸してくれません?」
流が指し示した物を見て、管理人さんは愕然とした。むちゃくちゃ怒ってるじゃない。
「え、ええっと、それはさすがに……」
「持っていきます」
「あ、流君!?」
渋る管理人さんを無視し、流はあるものをリビングに持って行った。
「おお! お父様、やっと、念願が、かなっ……って、え?」
流は持ってきたものを、好助の前に投げ置いた。
「責任とってください」
「……ええっと、その、冗談だよ、ね?」
「責任とってくれるんでしょう?」
好助の前には、包丁が一本。
「こ、これは、一体なにをしろとう意味なの、かな?」
「男は責任とってこそ一人前。そう言ったのはあなたです。しかし、どうも童野先輩は責任の取り方を知らないようですので、特別に教えてさしあげます。これは、古来より武士が責任をとる方法で、切腹と言います。外国にも、『ハラキリ』という風に伝わってます」
しかも流はマジ切れだったりする。好助は冷や汗を垂らした。
「あ、その。生意気言ってすみませんでした」
「……そうですか。わかってくれたらいいんです。童野先輩、もう紅に変なこと教え込もうとしないでくださいね?」
好助が謝ると、流はすぐに怒りを引っ込めた。
「……約束はできない」
「ハラキリ、します?」
「断言します、もう二度と紅には変なこと教えません」
好助は深く頭を下げた。
「お、脅かすな流!」
「え?」
今まで事の成り行きを見守っていた圭吾が涙目で叫んだ。
「て、てめえなにやってんだよ!? お、俺ホントに刃傷沙汰になるかと思ったじゃねえか! 頼むからもうやめろよな!」
「あ……。ごめん、圭吾君」
今度は流が頭を下げた。見守っていた管理人さんも、よかったよかったと胸を撫で下ろした。
「管理人さん? おとーさんたち、仲良くしてる?」
「え、ええ。とっても仲良しよ」
「よかった!」
料理をしながら無邪気に微笑む紅に、これ以上変なことを覚えさせてはいけない、と管理人さんは母親のような義務感を持った。
「ふんふん~♪」
「ご機嫌ね、紅ちゃん」
「うん! だって、みんな仲良くしてるもん!」
「そ、そうね……」
絶対にさっきの騒ぎを紅に見せる訳にはいかない、と彼女は強く思ったのだった。
「い、今どれくらいかな、紅ちゃん?」
「あと少しで出来るよ!」
話題を変えるように質問して、紅はすぐに答えた。今日の献立はおみそ汁と焼き魚、それと何品かのサラダである。
「そっか! じゃあ、そろそろみんな呼んでくるね!」
「あ、うん! よろしくね、管理人さん!」
火も消えたし、もう目を離しても大丈夫だろう。そう思った管理人さんは、部屋にこもっている蛍と夜を呼びに行った。
「……♪……」
紅は鼻歌を歌う。鈴のような声で歌っているのは『マザーグース』であるのがなんとも言えず恐ろしい。
「my mother has killed me. my father is eating me. my brother and sisters sit nuder the table――」
紅は歌いながら、棚に入っていたお椀を取り出し、おみそ汁をついでいく。
「picking up my bones, and they――」
「紅ちゃん?」
「あ、管理人さん」
そこへ、二人を呼び終えた管理人さんがやってきた。ちなみに流や圭吾たちに喧嘩をしないよう言い含めてからここに顔を出したので、今リビングではうわべだけの平和な空間が広がっているはずである。
「何歌ってたの?」
「お母さんがよく歌ってた歌。……『あんまりいい歌じゃないけど、私みたいだから』って」
「へえ~。なんていう歌なの?」
「知らない」
そう言うと、管理人さんにおみそ汁の入ったお椀を渡す。
「はい、これ」
「ありがとう、紅ちゃん」
二人は仲良く、晩御飯の準備を進めていく。
「……my mother has killed me. my father is eating me. my brother and……」
紅のかわいらしい歌声と共に。