第十七話~お料理!~
「……こんなに恥ずかしい目に遭わされたのは初めてっ! なんでこんな服しかないの!?」
紅はメイド服に身を包み、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「嫌なら着なきゃいいのに」
「おとーさん! 私、おとーさんが家賃払ってないから、こんな恥ずかしい格好して台所に立たなきゃいけないんだからね?」
「う……」
ぐうの音もでない流であった。
「いや、そもそもお前にメイド服着ろって言ってんの好助だけだし。本気で嫌なら着なくていいんだぞ? もしそいつが怖い、ってんなら、ちゃんと俺らがそいつシメてやるからよ」
お願いしようかな、と一瞬言いかけた紅は、圭吾の本気の瞳を見て、思い直した。その意思の強さは、好助を殺しかねないほどだったからだ。
「い、いいよ。これ、可愛いから気に入ってるし」
ここで自分が折れるあたり、紅はお人好しである。
「無理しなくてもいいのよ?」
「う……。で、でも、これ以外にエプロンないんだし……」
苦々しく紅は言った。こんな服着たくない。着たくないけど、着るしかない。そんな心の内の葛藤がありありとみて取れる表情だった。
「……と、とにかくっ! 早くお料理してこれ脱ぐからっ!」
恐るべき速度で、彼女は共用リビングの奥にあるキッチンへと消えていった。
「……まったく、そんなに急がなくても……」
管理人さんも、紅を追いかけてキッチンへと入った。残された男衆。
「……で、なんで好助さんはあんなに紅に手を出そうとするんですか?」
「なぜ? それは彼女が私の前に現れた唯一の天使だからだ!」
「……てめえ、〆てやろうか?」
「ふはは、やれるものならなってみろ!」
紅がいた時のテンションを好助はまだ引きずっていた。
「おう、言ったな」
結果的に、そのせいで彼は軽はずみな発言をしてしまい、
「あ、まって、今のなし」
「もう遅い。死ねロリコン」
「ぎゃ~ッ!?」
最終的に、好助を死に至らしめた。いや、死んではいないが。半分死んでいるようなものだ。
「……あ〜あ、やっちゃった……」
しまった、というふうに流は言ったが、その顔は微妙に晴れやかだった。
「はっ! 口ほどにもねえ!」
一昔前の不良よろしく、彼は好助の死体モドキに吐き捨てた。
「……管理人さん、今叫び声聞こえなかった? それも、カエルを踏み潰したような悲痛なやつ」
「聞こえなかったわよ? 幻聴じゃない?」
「そっか〜」
ここはキッチン。ただのアパートの物とは思えないほど大きく、本格的な物がいくつも立ち並んでいた。シンクやコンロ、冷蔵庫や鍋に至るまで全てが業務用で、ここがレストランのキッチンだと言われても、素人目にはわからないだろう。そんな豪華なところで料理をしているのにも関わらず、紅は特に驚いている様子はない。まるでここが日本の標準だと思っているかのようだった。というのも、紅にしてみれば、日本のキッチンなど、今まで見たことがなかったのだ。彼女は驚いたが、それを隠して、自然にふるまうよう努めていたのだ。けれどそれは、自然な反応のはずなのに、不自然だった。
そんな紅に管理人さんは不思議に思いながらも、思考は先ほど聞こえた悲鳴のことに集中していた。紅には幻聴と言ったが、彼女はしっかりと聞こえていた。おそらく、好助のものであろう断末魔だ。
「……管理人さん?」
「え、ええ。何かしら?」
彼女ははっとなる。少し考えすぎた。管理人さんはあわてて手を動かし、料理を続ける。
「ねえ、私、本当にここにいて、いーのかな?」
「……どうしてそう思うの?」
「だって、私ほとんど居候だよ? ここは人に部屋を貸して、それでお金を貰ってるところなんでしょ? アパート、っていうところ」
「それはそうだけど……」
管理人さんは反応に困る。ここで何を言うかによって、紅がこの先安心していけるかどうかがかかっているような気がしてならなかったのだ。
「……私、建前みたいにこうしてお料理してるけど、こんなの働いてることにもならないよ。……もし、管理人さんがここの経営に困ったら……間違いなく、私のことを怨むと思う。私、そんな風に思われたくないから……」
「そんなことないわ」
管理人さんは自信を持って答えた。たとえ経営が苦しくなっても、紅を追い出すということはしないだろう。もし追い出すなら、ろくにバイトもせずに家賃を滞納し続ける流なのだが……。それはこの子の前では冗談であっても言えない。流が追い出されるなら自分も、と思うはずである。
「私は誰も追い出したりしないわ。バイトやって、とか命令することはあっても、ね」
「……か、身体を売れ、とかは?」
管理人さんは呆れたように肩を落とした。
「あのね。あなたはどっからそんなこと教えてもらったの?」
「おかーさんが、本当に困った時は、って言って……」
なんて母親だ、と彼女は憤慨する。いくらなんでもこんな子供に、いや、娘にそんなこと教えるなんてどうかしている。しかし、それをこの子に言っていいものか。どうにも彼女は紅の扱いを迷っていた。
「ああ、もう。あなたは子供なんだから、そんなこと考えなくてもいいのよ」
「……おかーさんとおんなじこと言ってる」
「そう? 嬉しいわ」
一応、紅の母親もらしいところがあるんだ、と安堵する。
「……じゃ、続きしましょうか。みんなお腹すかしてまってるわ」
「うん!」
仲良く、二人は料理を続けいく。