第十六話~相談だらけ!~
圭吾が深紅のことを調べている時と同じ頃、管理人室では。
「……その、管理人さん」
「どうだった? うまくいった?」
管理人さんと小河 蛍がお茶会を開いていた。といっても和服を着て、抹茶を入れる方のお茶会ではなく、紅茶とお菓子を持ち寄って食べるフランクなものだ。
「……その、出ていけと言われました」
「あらあら。パソコン中だったからかしら?」
「……よく、わかりません」
小河 蛍が先ほど圭吾の給仕をやっていたのは管理人さんの指示だったりする。なぜ管理人さんがそんな指示をしたかというと。
「ううん。二人とも気難しいからね~。無理もないわね」
「………気難しい、ですか」
「そうよ。ま、相談してくれたのはうれしいけど……」
蛍が相談を持ちかけたからに他ならない。
「……やはり、迷惑だったでしょうか」
「そいうわけじゃないのよ。でも、今は時期が時期だから……」
「……時期、ですか」
「そう。……新しい子が、入ってきたでしょ?」
「……ええ」
圭吾には常にどもるなと怒鳴られる蛍だったが、管理人さんと一緒にいるときは普通に話せるようだった。言葉の端々から見て取れる意思の弱さは変わらないが。
「ええ。あの子、いろいろと変でしょ?」
「………まあ」
自分が言えることではないとは思っているが、一応同意しておく。
「どうも成熟しすぎてるっていうか……。いろいろおかしいところがあるのよね」
「……それは、そうですが」
「だからといって、ここを追い出すとか、そういうのは考えてないから、安心してね?」
「……はい」
安心したように蛍は答えた。軒並荘は紅のようにワケありの人間が集うところなのだ。
大滝流はその貧さを紛らわすため軒並荘に入居してきたように、好助にも大月夜にも圭吾にも蛍にも、それぞれの事情があった。
紅を追い出す、ということは彼らも追い出す可能性があるということにほかならない。
「……でも、見たかぎりおかしなところは、ありませんが」
「外見はね。でも、中身はわかんないわ。もしかしたらとんでもないバケモノを心の中に飼ってるのかもしれない」
「それは、誰でも同じだと思います」
誰の中身も、わからないもの。蛍はそう考えていたし、管理人さんも否定しなかった。
「そうね。でも、子供に、そう感じること、あるかしら?」
「……ありませんが」
「そうよね! だから」
「だから彼女はおかしい。そう考えるのは、まちがっています」
普通と違うから、自分の感覚と違うからと言って、彼女の人格を否定してはならないし、否定されたくない。管理人さんに、そんな風に考えて欲しくない。そんな思いがあったから、蛍は珍しく、自分の意思を強く主張した。蛍のそんな意思を感じ取ったわけではないだろうが……。
「……そう、ね。私、ちょっと焦ってたかも」
それでも、結果的には彼女の思いは管理人さんに届いた。
「……焦りは禁物、ですよ」
「そうね。じゃあ、これからだけど……」
「……はい」
蛍と管理人さんは、楽しそうに話を続ける。
かすかな違和感を、ここにいない紅に感じながら。
小河蛍と管理人さんとの歓談とほぼ同時、大学構内、カフェテリア。
そこには朝と同じように二人の男女が向かい合わせに座っていた。
「深紅のこと、覚えてる?」
男、大滝流が神妙に訊く。
「忘れるワケないじゃん、あんな強烈な印象の奴」
女、大神友香がやはり朝と同じようにコーヒーを飲みながら答える。
「昼休みに呼び出しといて、要件はそれ? 紅って子の相談にならのってあげなくもないけど……」
それでも、やはり友香は乗り気でなかった。深紅のことも、紅のことも、相談されてもわからない、というのが彼女の本音だからだ。
「違うんだ。どういうわけか僕、深紅のこと、すっかり忘れちゃってるんだ」
友香は目を丸くした。
「……はあ? 冗談でしょ? あんたら高校三年間ずっと、盛ってたじゃない」
「さ、盛ってた?」
友香は可笑しそうに頷いた。
「所構わずいちゃいちゃいちゃいちゃ……発情期のウサギかと思うくらい」
「なっ……」
「嘘よ。覚えてないって本当なのね」
鎌かけでよかったと、流は本気で思った。
「でも、周囲がうらやむカップルだった、っていうのは本当よ。まさか忘れるなんてね~」
「僕だって、忘れたくはなかったんだけど……」
「……まあ、それだけショックだったんでしょ。深紅が留学しちゃったの」
「……はい?」
留学? 彼は心の中でその単語を反芻した。
「はあ? まさかあんたそれすらも忘れたの?」
流は頷いた。
「……しょうがないわね~。あんた、ほんとに深紅の彼氏?」
「……さあ」
友香は呆れ返ったように肩を落とした。
「薄情者ね、あなた」
「……そうなのかなぁ……」
「自分のことでしょうが……」
友香は呆れたようなため息をついた。