第十五話~学校と圭吾の自室!~
そして、他にもいくつか簡単な質問を受け答えしているうちに、休み時間になった。朝の一時間をまるまる自己紹介と質問タイムで潰したのだ。本来ならいけないことかもしれないが、担任の紀陽 志は、別にそれでもいいか、とも思っていた。
「ココロせんせ!」
「なぁに?」
教卓にいた彼女に、女生徒、陽木 昇子が軽やかに声をかけた。
「ねえねえ、紅ってね、どこから来たの?」
「ええっと、遠いところよ」
「それって、がいこく?」
「ええ、そうだって聞いてるわ」
「ふうん……」
「どうかした?」
「ううん、なんでもない!」
そう言って、その昇子は友達のもとへと駆けていった。
ふう、と志は肩を落とす。彼女が遠いところ、と形容したのは、隠し事とかそういうわけではけしてなく、志とて紅がこの学校に来る前にどこにいたのかは知らされていないのだ。
不思議なことだ、とは思ったけれど、それ故に詮索をしたりしようとは、別段思わなかった。志は子供だからといって無遠慮に踏み込んでいいとは思っていない。そして、彼女はそれを美徳と感じていたが、本当に生徒が大変な時に気づけない、という欠点もはらんでいることも、承知していた。
「先生」
「……あ、紅ちゃん、どうしたの?」
「私、学校のこと、よく知らないんですが、質問してもいいですか?」
「え、ええ、どうぞ」
ばか丁寧、と言えるだろう。紅は敬意を払っているつもりかもしれないが、あまりにも他の子も子どもと違うので、志は戸惑うばかりだった。
「休み時間に、何をすればいいのですか?」
「はい?」
志はずっこけそうになった。あんまりにもあんまりな質問で、一瞬ふざけているのかと思ったのだ。
しかし、紅の目を見て、それがおふざけや冗談のつもりは全くないことに気付く、と同時に、さっきの前おきの真意も、悟る。
この子、学校というものを、全く知らない?
核心とも思える疑問に、志は意外と確信をもてた。
「紅ちゃん、やすみ時間はね、好きに遊んでいいのよ。でも、ルールは守ってね?」
「……学校は、勉強するところだと思ってました」
「もちろん勉強もするわよ? でも、勉強以外にも、学校では学ぶのよ」
「……勉強以外、ですか?」
「ええ。たとえば、友達の作り方とか、遊び方とか、ね?」
「……ありがとうございました」
少しだけ疑念の晴れた顔をして、紅は昇子、水鳥のいるグループの輪に入っていった。
「コーはココロせんせ何話してたの?」
「なんでもないよ。ちょっと学校について聞いてただけだよ」
「へえ。なに訊いたの?」
「ん? 休み時間になにしたらいいのか、って」
「そんなの好きにすればいいじゃん! コーは心配性ね」
「そ、そう?」
「そうだよ! 気にせずに遊べばいいんだ!ねえ、次の休み時間は外に出てもいいんだ、だから行こう!」
「うん、ミドリちゃん!」
「おう!」
そんな会話を盗み聞きしながら、志はある決意を胸に灯す。
……少し、訊かなきゃ。
できるだけ、早く。詮索をしないとか、言っている場合ではない。
急がなきゃ。
そう彼女が思うと同時、二時間めのチャイムがなった。
紅の担任紀陽 志が決意新たにしている最中、軒並荘の一室。
「ふんふふんふーん……」
その部屋は、異常だった。パソコン、パソコン、パソコン。たくさんのパソコンが狭い部屋にひしめき合い、人が生活できるスペースの大半を占領していた。その部屋の主、大星圭吾はただでさえ小さい部屋の、唯一空いたスペース……椅子に座ってパソコンに向かっていた。
「あ、あの……圭吾君は、何を、しているんですか……」
その後ろには、召使いのように小河 蛍が立っていた。この部屋の狭さははっきりいって戦闘機のコクピット並なのだが、蛍が驚いている様子はない。
「あのさ、なんでいるわけ? 俺さ、出てけって言わなかった?」
ふり返ることなく、彼は蛍に冷たく訊く。
「あ、あの、でも、その」
「だから、いちいちどもんなっていってんだろ。ほら、ゆっくりでいいから、理由を言え」
「あ、あの、私、その、圭吾くんが、その、喉渇いてないかな、って……」
「お前は俺の召使いか。放っとけよ」
振り返らない圭吾はわからないだろうが、蛍の手にはお盆があり、その上にはコップに入った水が乗せられていた。
「……ち、違う、けど」
「だったら、いちいち給仕なんてしてくれなくていいんだよ。ほら、とっとと出てけ」
「……はい……」
それでも引っ込みがつかなかったのか、彼女は近くの棚にコップを置いた。そして、音を出さないように少しずつ扉を開けて出ていった。
すると、部屋の中は圭吾だけになる。
「……この部屋、監視カメラあんだよ」
後ろを振り返り、彼は置かれたコップをとった。
「……ありがとな」
誰にともなく、彼は呟いた。
「……やっぱり、そうか」
コップの水を大切そうに飲みながら、彼は一人つぶやく。
「成瀬 深紅……か。また、流もえらく大変なヤツとガキ作ったもんだ」
彼が見つめる画面の上には、写真と、プロフィールが映っていた。写真には紅が、いや紅ソックリの顔をした女性が映っていて、プロフィールには、たくさんの個人情報が書かれていた。その中で、一際目立つ項目が、一つ。
「……ったく。シャレになんねえっての」
その項目を睨みつけながら、彼は苦々しく吐き捨てた。