第十四話~転校しました!~
圭吾が好助に脅しをかけている最中。所は流の通う大学構内のカフェテリア。
窓際の一番いい席に二人の男女がいた。男の方は大滝流で、女の方は大神友香である。
「……ふうん、なるほど、ね。突然娘と名乗る人間が押しかけてきた、と」
友香はコーヒーをマドラーでかき回しながら、冷徹ともとれるほど低い声色でそう言った。
彼女が見下すその先には、罪悪感で縮こまった流がいた。彼の前には水の入ったコップがおかれていた。
「で、あんたはその子の目尻とか雰囲気とか深紅に似てるから、信じたわけだ」
「……まさか、紅が僕の娘じゃない、と? 昨日それで大変なことになったんだよ?」
「なにが起こったのよ」
「絶望して路上で生活していくとかなんとか」
かなりはしょっているが、昨日の紅のパニックを端的に表せばそうなるだろう。
「……そーぜつねその子。普通泣き落としとかなんなりあるけど……速攻で諦めるかふつう? というか生活費とかどうするつもりだったのよその子? お金持ってないんでしょ?」
「うん、体一つで来たって言ってた。……生活費に関しては、なんか身体売るとかなんとか……」
「…………壮絶ね」
そんな言葉で済ませていいのだろうかは甚だ疑問だが……。
「ホントだよ」
「というか、その子どんな教育受けてきたのよ。身体売るなんて子供の発想じゃないわよ」
たしかに、と流は相槌を打った。
「深紅、昔っから変な……というか妙にしっかりした子だったら、娘にそういうことを教えることに抵抗ないのかも」
「だね」
「それか」
「なに?」
「……それか、自分で調べたか」
なおさらありえない、と流は独りごちた。
「……まあ、ただの予想だけどね。ともかく、流」
「なに?」
コクンと友香はコーヒーを飲み干し、そして、真剣な表情で、彼に言う。
「その子の経緯がどうであれ、要注意よ。きっと、何かあるわ」
「それは、確定?」
「ええ。まず間違いなく、その子……紅ちゃんだっけ? まあ、とにかく、その子はまともな人生歩んじゃいないでしょうね。全く、深紅ったら何してんのかしら」
ブツブツと苛立ちまぎれにつぶやく友香をよそに、流は思う。
とんでもない子が来たな……。
そんな、どこか他人事めいた感じで。
さらに場所は変わって、市立中央小学校。
五年三組の教室、その教壇の隣に、軒並荘の新しい住人、成瀬紅が立っていた。
「こんにちは、成瀬紅です! みなさん、よろしくおねがいします!」
子供独特のイントネーションで、紅は自分のクラスメイトに自己紹介をする。
「はい、ありがとう成瀬さん! みんな、何か聞きたいことはあるかな~?」
教壇の女性教師、つまり紅の担任が、笑顔を振りまきながら言う。
「紅って呼んでください」
「え?」
「あの、成瀬はダメです。大滝になるかもしれないから。紅って呼んでください」
聞き返したのは、名前の呼び方ではなく、敬語を使うという一点に限った。この年の子供はまだ敬語とそうでない言葉の区別をつけずに話す。ありがとうございます、ぐらいは言うが、紅のようにきちんとした敬語を使えるというのは異様といえた。
「はーい!」
慣れぬ人格に担任が戸惑っていると、助け舟のように生徒の一人が手をあげた。
「私の名前は風見 水鳥。かざみみどり、だからみんなはミドリか、カザミドリって呼んでる! あなたもそう呼んで! あなた、どこに住んでるの?」
水鳥は快活に笑い、簡単な自己紹介と、質問を終えた。
「私、軒並荘ってところに住んでるの! 今度一緒にあそぼ?」
「うん!」
紅はさっそく、友達ができたと思った。