第十二話~相談相手!~
とにかく流は紅に弁明するよりも、着替えて授業に間に合うことを優先した。
朝食を抜くのは当たり前、時には髪を梳かすことさえしないこともある。
ちなみに今日は、身だしなみは整えてあるが、朝食は食べない。
間に合うことが最優先、とでもいうように流は部屋を飛び出し、
「ごめん紅ちゃん!僕、学校があるから!」
それだけをいうと返事も聞かずに紅の視界から消えてしまった。
呆然とした表情で父親が消えた階段を見つめる紅。その姿はどこか悲壮感に満ちていた。
「……お父さん。いっちゃった」
いってきますも言ってくれなかった。いってらっしゃいも言えなかった。それが紅にとってはとてつもなく寂しく、悲しいことのように思えた。
「あら、紅ちゃん。どうしたのそんなところで固まって」
「……お父さんが、ガッコウに行っちゃった」
「なに寂しそうな顔してるのよ?あなたも行くのよ?」
とたんに紅の顔が明るくなる。
「お父さんとおんなじとこ?」
「あー……。違うけど、楽しいわよ?」
「むー……。お父さんとおんなじとこがいいけど、無理は言っちゃダメだよね……」
ゴネるかと身構えた管理人さんだったが、予想に反して紅はすぐになっとくした。
「ほらほら、行くと決まったらさっさと準備しましょ!下にあなたの入居祝いがおいてあるわ!」
「うん!」
紅は元気よく返事して、階段を降りる管理人さんを追いかけたのだった。
ところ変わって、大学。
広くもなく、狭くもない。大きくなく、小さくなく。偏差値まで高くなく、低くなくの中間大学。大滝流はそこに通っていた。
「へえ、今日も早いんだね」
「あ、友香さん」
朝六時半。始業時間は八時にも関わらず、彼女はこの時間に構内にいた。スレンダーで、ラフな格好をしている女性、大神友香。
「あはは、電車一本逃すと間に合わなくなるんですよ」
「そうなの?私も。お互い大変だね」
ちなみに、実は二人とも嘘である。軒並荘はここからそう遠くない距離にあって、彼は歩いてきた。友香が住むマンションも、同じようなものである。
高校時代からの親友である二人は、互いが互いにとって大切な相談相手と言えた。
しかし、同じ大学だと喜びはしたものの学部が違い、会うことができないのではないかと二人は危惧した。そして、友香が言う。
『あたし、実はすっごい田舎に住んでてさ、八時に間に合おうと思ったらメチャクチャ早く出なきゃいけないんだよね~』
懇願であり、助け舟であったその嘘に流は乗り、結局、明らかにされることなく現在まで続いている。
「ねえ、友香」
「ん~?」
お茶を飲みながら、友香は訊く。
「娘ができた」
彼女は飲んでいたお茶を全て吐いた。気管に入ったのか、ゴホゴホと咳き込み、肩を震わせる。
「だ、大丈夫!?」
そんなふうに友香を心配する流の声も、耳に入ってない。
「な、あ、げほ、ごほ、ええ!?む、娘って、誰とシたの!?責任とるんでしょうね!?」
「とりたいんだけど……」
「なに!?まさか、結婚はしないと不真面目なこと……」
「いや、なんか、深紅の娘って、本人は言ってる……」
ピタリと、友香は動きを止めた。責任を取りたくてもとれないことに、気付いたからだ。
「ごめん。……って、本人が言ってる?」
「うん」
「……何歳?」
「二十歳」
「あなたのじゃなくて!その子の!」
「十歳」
今度は別の意味で、友香は固まった。
「いや、さすがにありえないでしょ」
「なんで?」
「なんでって、製造したのが十年前じゃないと話合わなくなるじゃん。まさかあなたでも十歳でそんなこと……………」
「……」
しばらく、無言。
「……マジ?心当たり、ある、の?」
「………………………………」
沈黙こそが、答えである。
一歩、二歩と友香は流との距離を開けていく。
「引かないでよ!」
「引くに決まってるじゃん!え、なに?昔っからあんたら仲いいと思ってたけど、十年前から恋仲!?ってか、いつ産んだのよ!産めるわけないじゃない!深紅は小五のとき事故で大怪我して、長い間、にゅう……いん………」
友香は思い出す。大怪我した、というからお見舞いしようとしたのに、病院すら教えてもらえなかったこと。担任が深紅のことを話すとき、妙に顔が引きつっていたこと。翌年退院してきた深紅は大怪我していたわりには妙に元気だったこと。
「……あの一年で産んだのね」
「多分」
ちなみに、流はついさっき思い出した。
「……それにしても、あなたがロリコンだったなんてね……」
「僕はロリコンじゃない!」
「はいはい。わかってるわよ。で、何か相談事?……って訊かなくても言ってくれるわよね?というか言え。さあキリキリ吐け。なにがあった。十年前に遡って吐け」
友香は妙に圧力のある声で流に言った。
逆らえるわけがなかった。




