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第10話~にゅうでいず!~

  彼女、成瀬 紅は朝五時に起床した。小学五年にしては早起きだが、彼女にとってはいつものこと、どころか寝坊した、と思うほどであった。そこから考えると、彼女の早起きの理由は几帳面、というよりは体に慣れ親しんだ習慣、と言った方が正しいだろう。


  「んーっと!」


  彼女は起きてすぐ、大きな伸びをした。と、同時に、いつもと違う事がもうひとつふたつ。いやもっとたくさんあることに気がついた。


  「ここ……どこ……?」


  寝ぼけ眼をこすりながら、彼女はむにゃむにゃと呟いた。


  「おかーさん……?」


  ふらふらと頭を彷徨わせながら、彼女は自身の母親の姿を探す。けれど、見つからず、彼女は放心したように肩を落とした。


  「……あ、そう、か……」


  そこではじめて、紅は自分が母親のもとにいないことを思い出した。母親に言われるまま父親がいるという軒並荘に転がり込んだのだ。


  「……おとう、さん」


  紅は隣でくーすかと寝息をたてて眠っている自身の父親……大滝 流を見つめた。

  大学に通っている普通の青年。その普通さ故に一度は娘ではないと否定されたが、最終的には、認めてもらえた。


  認知してもらった、っていうのかな?おかーさんはそう言ってたし。


  彼女は幼心にそう思った。やはりまだ小学五年、母親の言葉や信条が全てといったところか。


  「……おーたき、流。おうたき、流。おおたき、流。大滝、流。大滝、流」


  紅は父親の名前を幾度となく繰り返す。必死に覚えようとしているのだろうか。


  「流、流……流お父さん、流とーさん。……どれがいいだろ?」


  どうやら呼び方を決めているようだった。随分と長い間父親を見つめながら名前を呟く姿とはなんともシュールで、ある意味では恐怖さえも醸し出しかねないが、今はそれを感じる人間も、ツッコミをいれる人間もいなかった。


  「ここは普通におとーさん?……でも……」


  可愛くないなぁー、と彼女は思った。

  ……まあ、いいや。呼びやすかったらなんでもいいや。そもそも、可愛さよりも、呼び安さをじゅうしするべきだよね!

と、心中で思う彼女には、呼び方になんらかのこだわりのようなものがあるらしかった。


  「リュートさん、とか面白いかも……?」


  りゅうと(う)さん。


  なかなか奇抜な発想を持った少女である。


  「でも、でもなぁ……」


  うーん、と彼女は悩む。しばらく悩んだあと、答えを出した。


  「……管理人さんにそーだんしよっと!」


  思い立ったが吉日、彼女は管理人さんに会うため部屋を飛び出したのだった。


  「うーん……むにゃむにゃ……」


  彼女の父親はついぞ、呟く娘に気づかなかった。




  ところ変わって軒並荘の軒先。

  管理人さんはもう起きて玄関先の掃除を始めている。

  

  サッ、サッ、サッ、サッ……


  一定のリズムで途切れる事なく掃く音は続く。

 

  「ふう……」


  少しの間手を止め、ため息を一つ。

  少しだけ表情を曇らせ、管理人さんは軒並荘を見上げる。


  「……私は……」


  その先を、彼女は飲み込んだ。先が思いつかなかったのか、それとも言ってはならないと自粛したのか。


  「おーい!管理人さーん!」


  もし後者だったとするのなら、彼女は正しかったと言えよう。


  「あら、紅ちゃん」

  「おはようごさいます!」


  かわいらしくぴょこんとお辞儀をした新しい軒並荘の住人、成瀬紅を見て、にっこりと微笑んだ。


  「紅ちゃん朝早いね。眠れなかったの?」

  「早いかな……?私、今日寝坊した、って思ったぐらいだよ?」

  「……あー……」


  管理人さんは時々、紅はここに来る前に一体何をしていたのか小一時間ほど問い詰めたい気持ちになる。あまりにも常識を外れた紅の常識に、驚くところもあるし、恐怖を感じるところさえある。


  もし私が予想もつかないような恐ろしい常識がこの子の中にあったら……?


  時々、彼女はそんな不安にかられるのだった。


  「あのね、あのね、管理人さんに訊きたいことがあるの!」


  純真な子供そのままの笑顔で、紅は言った。その笑顔に管理人さんは少しだけ安堵した。


  「なにかしら?」


  また重要なことだろうか。また父親に何かを言われたのだろうか……。管理人さんはそんなふうに身構えて、紅の質問を待った。


  「あのね、お父さんのことリュートさん、って呼ぼうと思うんだけど、どうかな!?」

  「はい?」


  管理人さんはあまりの突拍子もない質問に、ついそう言ってしまっていた。   

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