旦那のオトウト
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、ちょっと待って。ネクタイ曲がってるよ」
そう言って、私は秋人さんのちょっと曲がっていたネクタイをきゅっと直した。
「はい、これでよし!」
ネクタイを直し秋人さんを見上げると、目があって。
──────ちゅっ。
秋人さんは私の身体を抱き寄せて、キスした。
「…今日も可愛いね、優花里は」
「あなたこそ、今日もスーツがカッコいいね」
「ええ?俺じゃなくてスーツがカッコいいの?」
「ふふ、冗談よ。あなたはいつもカッコいいわ」
「…かわい。ありがとう」
そう言って、秋人さんはまた私の唇にキスした。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
そう言って、秋人さんは仕事に行った。
「──さて、洗濯でもしようかな」
今日、私は仕事が休み。今日は洗濯や掃除などの家のことでもして過ごそうかなと思っていたら、ヴ~…ヴ~…と私のスマホのバイブが鳴った。
「?こんな朝から誰だろう?もしかしてこれから出勤してくれとかかな?それは嫌だな~…」
そんなことを思いながら、揺れるスマホを手に取ると。
「…春人さん」
スマホの画面には「石動春人」と名前が表示されていた。春人さんは旦那の、秋人さんの弟だ。
「………」
私はしばらくバイブを鳴らしてから、電話を取った。
「…はい」
「…もしもし、お義姉さん?今日は仕事かな?」
「今日は休みですけど…」
「そっか、なら、今から会えないかな?」
「今から?何の用ですか?」
「…いや、ただ会いたいだけなんだけど」
「すみません。特に用がないのならお断りします」
「…今、ドアの前に来てるけど…ダメ、かな?」
「…え?」
スマホを耳に当てながら玄関の方へ行き、ドアの覗き穴を覗いた。そこには、春人さんがスマホを耳に当てながら立っていた。
私は電話を切り、入り口のドアを開けた。
「おはよ」
「…おはようございます」
「家、入ったらダメかな?」
「…どうぞ」
私はきっと、これから起こるであろうことを予想しながらも、春人さんを家に入れた。
入れてしまった。
「兄さんは仕事…だよね?」
「ええ、さっき仕事に出たわ」
「そっか…」
「お茶をいれてくるから、リビングの方に行ってて…」
そう言いながら、玄関に立ってる春人さんに背を向けると。
「…義姉さん。ううん、優花里さん。俺、またあなたと…シたい」
ぎゅっと、春人さんは背後から私のことを抱き締めて、耳元でそう囁いた。
「…離して。もうあのことは忘れてください」
「忘れようとしたさ。…けど、あの時の感覚が…快楽が身体から離れない…忘れられないんだよ」
そう言いながら、春人さんは抱きつきながら、私の肩に頭をすりっ…とさせた。
「ねえ、優花里さん。またシようよ~…優花里さんの体温がほしくてほしくてたまらないんだよ~…ねえ…ダメ?」
春人さんの甘え声が私の鼓膜を擽る。
そんなものダメに決まってる。また秋人さんのことを裏切るような行為はもうしたくない。
なのに…
抱きつく春人さんを引き剥がすと、私は─────
「んっ…」
「んんっ…」
春人さんの身体を壁に押しつけ、奪うように彼の唇に吸い付いた。
絡める彼の舌から、微かにタバコの匂いがする…
──────ぷはっ。
湿った音をたてながら、春人さんの唇から離れると、春人さんは頬を赤く染めて息を切らしていた。
「っは…優花里さんのキス…きもち」
目をとろんとさせなが言う、春人さん。そんな春人さんの表情を見ていると、私の理性が無音で身体の奥に溶けてゆく。
私は春人さんの手を引き、真っ暗な寝室に入ると、柔らかい寝床に彼を押し倒した。
────────あの時みたいに。
秋人さんが出張で家に居ない時に、家で私と春人さんは2人でお酒を飲んで、酔った勢いで私が春人さんを押し倒した。
秋人さんが出張して2週間目のこと。秋人さんが居なくて寂しくて…
だからつい、目の前に居る秋人さんによく似た春人さんを私は──────
「…………」
「…………」
真っ暗な寝室。
重ねる唇と体温。
そして、重ねる罪。
私はまた、愛する秋人さんを全身で裏切った─────