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1,000文字掌編

父と息子のお菓子作り

作者: 空原海




 バレエコンクールの予選へ出向く娘に母親が付き添い、家には父親と息子が残された。

 窓の外は際限なく降る雪で灰色一色。


 父親はカーテンを離し、ため息をついた。

 レースカーテンが窓の結露に触れて張りつき、それからゆっくりと離れていく。

 後ろを振り返れば、テーブルの上にブロックやらプラレールやら絵本やら。オモチャ箱をひっくり返したかのような、カラフルな色。

 息子はぶちまけたオモチャには既に飽きたようで、つま先立ちでDVDの並べられた棚を覗いていた。


 父親はため息をつく。

 幾度目のため息なのか。数えるのはやめた。




 母親は運転がうまくない。

 この吹雪の中、父親は自分が運転をすると言ったが、母親と娘、二人が口を揃えた。


「お父さん、バレエのことなんか、全然わからないじゃない」


 そう言われてしまえば、引き下がるしかなかった。

 まだ三歳と幼い息子は予選会場に連れて行けない。父親は息子の子守りを任された。


 母親に娘、息子が楽しそうに笑い、喧嘩をする。そんな姿を眺めることが、いつもの父親の休日。

 穏やかでいい、と思うことはあれども、退屈に過ぎると嫌悪することはない。




 つま先立ちでぷるぷる震えながらDVDケースへ手を伸ばす息子。

 父親は息子の脇に手を入れて、抱き上げた。

 ぐるりと体を回転させ、顔を見合わせる。


「パパとクッキーを作ろうか?」


 息子は目をキラキラとさせ、勢いよく頷いた。


「ちゅくるっ!」

「よーし! ママとお姉ちゃんがビックリするくらい、おいしいクッキーつくるぞ」


 ゴツンと額を合わせると、息子はキャッキャと笑った。







「パパはママより、お菓子作りがうまいんだぞ」


 独身時代、父親は母親に手作りの菓子をプレゼントしたことがある。

 母親はいつも喜んでいた。


 父親が卵とバターを冷蔵庫から出したところで、息子が「あーっ!」と叫んだ。


「なんだ?」

「ぼく、それ、たべられない」


 卵とバターを掴んだまま、父親が驚いて手を止めると、息子が手元を指差して、口をへの字に曲げている。


 そういえば、卵と乳製品にアレルギーがあると言っていたかもしれない、と父親は思い出す。

 振り返れば息子が生まれてから、食卓は和食中心だった。


「ブツブツなっちゃう!」


 愕然とする。

 理解のあるいい父親のつもりだった。


 だが。


「そうか。教えてくれてありがとう」


 これから覚えていけばいい。


「さあ。ママとお姉ちゃんをビックリさせるクッキーを作ろう」


 卵とバターがなくても。

 おいしいクッキーは作れるのだ。




息子にアレルギーがあるのに卵とバターがあるのは、主に父親のお弁当や食事用。

あと娘のお菓子。

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― 新着の感想 ―
[一言] アレルギーって、生きて行く上で大変な問題ですよね。 そのことをちゃんと理解している息子と、ハッとして手を止める父親。 意思疎通がちゃんと図れる関係で、心強さを感じさせます。
[良い点] ちゅくる、って息子が言うの、すごく可愛い。
2021/12/04 22:58 退会済み
管理
[一言] セーフでしたね。 これもしその子が指摘しなかったらと思うとコワイです。 パパが卵バターなしのクッキー知っててよかった。
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