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明日の日記帳(休載)  作者: 間宮 凪
5月
3/11

はじまりの予感

 昼休み。

 校舎に囲まれた中庭の端っこでパンッと乾いた音を鳴らす。

 俺はスーパーのパンのビニールを破り、むしゃむしゃと食べる。

 俺がいる方の反対側の校舎からは、会話を弾ませながら出てくる女子二人組がいれば、ただただ騒いで盛り上がる男子グループ、スマホをいじりながら別の校舎へと移動する女子、小走りで校舎に入っていく男子、色々な生徒が出入り口を通っている。

 俺はというと、面白味のない青空を見ては、既に見たはずのSNSを閉じてはまた開いてタイムライン見るのを無意味に繰り返していた。


「よっ、さっきの授業どぉだった?」


 俺が座っているベンチの後ろからいつも通りの声が聞こえた。


「まぁいつも通り」


 特に相手の方を見ずにパンを食べながらぼんやりと答えると、空いているスペースにワタルが座ってきた。


「そういえばお前、俺を騙したな」


「え、何が?」


「何がじゃねーよ、昨日バスでお前が言ってた、おまじない的なやつ」


「おまじない?」


「朝、北に向かって高橋さんラブラブって十回唱えながら反復横跳び~とかそういうやつ」


 そう言うと、別にここでやらなくてもいいのに俺の前に立って、シュッシュっと反復横跳びをして見せる。


「あぁ~あれね」


「あれね。じゃねーよ、それやったら『兄ちゃん、隣部屋の高橋さんへの求愛行動にしては知能低いわ』って朝から弟に変な目で見られたんだが?!」


「いやそもそも、なんであんなあからさまな嘘を信じたんだよ」


 そう言うとワタルは真顔で俺に迫ってボソボソと話す。


「恋愛に関しては今すっげぇ本気になってんだよ」


 だから俺はそのまま真顔で言う。


「本気ならおなじないとか変な儀式に頼ってないで実力で勝ち取れよ」


「そんな正論聴きたかないわ…」


 ワタルは隣で酔っ払ったようにぐったりとベンチに座ってしばらくすると、本題らしいことを俺に話かけてきた。


「チヒロって、ギターを趣味でやってるんだよな」


「まぁ、うん。ほんとに趣味程度だけど」


 俺がギターを始めたのは、中学の一年になったときの話だ。

 親父が昔から複数の友人を誘ってメンバーを作っては、地下のライブハウスで小さなライブを開いたりするほどバンドの好きで、その当時に俺の誕生日のプレゼントで親父からくれたのがギターだった。

 これで友達を増やせとか、青春を謳歌しろとか、何か得意分野を一つでも持っとけとか色々言われながら貰ったのは覚えている。

 そのときからこうして今でもたまに、一人で好きな曲をギターで弾いたりしている。


 ワタルは俺のギター趣味を確認してから


「じゃあ、軽音サークルに入れ」


 と、俺の肩に手を置きながら誘ってきた。


「い、や、だ」


 俺はそれを「いやだ」に合わせて三ステップで振りほどく。


「そこを何とかお願いしますよぉ奥さん」


「お前の奥さんになった覚えはねぇよ」


「いや、割とマジでお願いしますほんとに! 俺と組んでるバンドメンツで、ギターが一人かけちまっんたんだよぉ」


「なんでかけたんだよ、仲間割れか?」


「いや、実家の方に帰らないといけなくなったらしくて、今度やる定期ライブまでに帰ってこれないんだってさ」


「そこで空いてるギターポジを、俺に?」


「イグザクトリぃ」


 ワタルは殴りたくなるような笑顔でサムズアップをする。


「…本番はいつだ?」


「んー、二週間後」


「さよなら」


 即座に立ち上がってここから去ろうとすると、ワタルは今にでも泣きそうな勢いで俺の腕にしがみついてくる。


「ぬわぁん、頼むよぉ。大丈夫だ、そんな難しい曲をやろうとしてない。三曲だ、三曲」


「三曲も、じゃねーかよ。それで二週間後って、今日からタコが出来るくらい毎日ガチでやらんとできないわ」


「そこをなんとかかんとか! 頼れるの、チヒロしかいないんだよ」


 そう言われてから一瞬の間を空けたその時に、予鈴がちょうど鳴った。

 とりあえず腕についているワタルを剥がす。


「とりあえず、俺は無理だからな。言ったからな」


「はいはい、今回は仕方なく保留にしといてやるよ」


「そ ん な こ と 言 っ て ね ぇ !」


「じゃ、明日また聞くからな~」


 ワタルは俺の台詞を無視して、午後の授業の教室に向かっていった。

 ワタルのやつ、何が「今回は仕方なく保留にしといてやる」だよ。

 上から目線で畜生。

 食べ終わって残った、パンのビニール袋をくしゃくしゃにしてゴミ箱に投げつけてから、俺も午後の授業の教室へと足を引きずっていった。



----



 大学から少し距離のある、バス停までの滑らかな坂道。

 だるい気持ちで歩く。

 右側の景色には、夕日の光が海を琥珀色に染めている。

 話を聞くだけの授業とはいえ、流石に三時間は疲れた。

 夕焼けのどんよりとした雲が、俺に同情しているように感じたが、勘違いもバカバカしいのでそんな思考をかき消す。

 そう考えているうちに、小さな小屋とその隣に立つ看板がすぐ近くにあることに気が付く。

 まだ俺の他に誰もいないようだ。

 バスの時間を確認すると、12分前に前のバスが出発したらしく、次のバスまで18分ほど待たなければならなかった。

 それに対して特になにも感じずに、小屋の中でイヤホンを取り出してただ時間を潰す。

 それから少し時間が経ったとき、小さな椅子に誰かが座っているのに気が付いた。

 明らかに見覚えのある人だったので見ていると、相手も俺がいることに気が付いたらしい。


「あ、あなたは…誰ですか」


「いや、昨日商店街で俺とあっただろ」


 そう言われて、んーと首を傾けては思い出したかのような素振りをしてから、俺を指さす。


「あ、昨日の人! でも、誰ですかあなたは」


 最初に戻ったなおい。

 そういえば、彼女の名前は教えては貰ったが、自分の名前は教えていなかったことに気が付いた。


「チヒロ。 俺の名前」


「チヒロさん、ですか…」


 俺の名前を聞いて数秒間、考える素振りをするアス。


「誰ですか?」


「昨日アンタに飛び蹴りをくらいそうになった男だ」


 変わらず無表情でこちらを見るものだから、なんか少し腹が立った。

 アスの頭に軽くチョップをすると、アイテッと可愛げな声を小さく言って、叩かれた箇所を片手で塞いだ。


「チョップすることないじゃないですかぁ」


「昨日会った人くらい、覚えとけよ」


 アスはむぅっと頬を膨らませた。


「俺を忘れるくらいならあの日の後、アンタが見える人たくさん見つけたのか?」


 アスはフルフルと首を横に振る。

 結局、俺と昨日別れた後、探し回ったが特に成果はなかったらしい。


「さっきのは別に、チヒロさんを忘れたわけじゃないんですよ? ほんとうです」


「じゃあ『誰ですか』を連発しないでくれ…」


「それはちょっと私が悪かったです…」


 アスは俺に簡単な謝罪をしてから喋らずに、ただ本を読んでいる。

 暇つぶしだろうか。

 まぁ、バスを待っているからここにいるのが自然か。

 特に何もせずにこのままいるのも暇なので、話かけることにした。


「バスが来るのを待ってるのか?」


「…いえ、今日は色々と歩き回って疲れましたから」


「疲れたから、ここで休憩か?」


 アスはゆっくりと頷く。

 アスの片手には文庫本らしきものが収まっている。


「ここを歩き回っていたら、何となく読みたくなってしまって」


 俺がこの本を見ていることに気が付いたからか、教えてくれた。

 表紙に書かれた文字を読む。

 醜いウサギ。

 聞いたことのない題名が書かれていた。


「有名なお話なのか?」


「いえ、私も知りません」


「知らないのかよ」


「この本には作者も絵も、名前に関する部分は隠されているんですよ」


 そう言って、アスから本を渡される。


「ほんとだ…なんだこれ」


 手に取って確認してみる。

 とても信じがたいことなのだが、表紙に書かれている制作者の名前の部分には霧がかっているようにモヤモヤとしていた。


「私、決めました。 私がこれから何をやるのか」


「何をやるのか?」


「あなたを見ていようと思います」


 そう言ってアスは、真顔で俺のことを見つめてくる。


「……ストーカー?」


「うん」


「エッチぃ」


「うん」


「いや、そこは何か突っ込めよ」


「あなたを観察して、私なりに探します。 『愛』とは何なのかを」


「そうか…悪いけど、俺は『愛』って言葉は好きじゃない」


「なんでですか?」


「愛なんて言葉は、奇麗ごとだ。『したい・してあげたい』から『しなきゃ』に変わった時点からもぉそれは愛じゃないんだよ。 『しなきゃ』と思っていなくても、心のどこかで見返りや報酬を期待している。 そんな期待を持たない人は愛じゃなく、自分を犠牲にして生きている善人だ」


 ちょっと俯いた後、しばらくしてからアスはゆっくりと口を開く。


「この本のメッセージは『真の愛』なんだそうです」


「真の愛?」


 アスはちょっと俯いてた顔を上げる。


「…それでも、やっぱり見てます。 チヒロさんの他に私が見える人は、今のところいないので」


「そか」


 こうしているうちに、気付けばバスが来る時間になっていた。

 バスのドアが開く。

 俺は乗る前にアスの方を向く。


「俺は乗るけど、アスは乗るか?」


「いえ、もう少しここで読んでいきます」


「暗くなる前には帰るんだぞ、そんなとこで読んでたら、目を悪くするからな」


「それ俗説ですよ。 別に悪くなりません」


「そーなのか?」


「だから、今日はバイバイ」


 そう言って、アスは華奢な手で小さく振る。

 だから俺は手を上げて答えた。


「…あぁ、じゃあな」


 空いている席に座ってからすぐに、バスは歩みを始めた。


「これまた面倒なことが増えたな…」


 軽音サークルのバンドの補助、そこからアスのストーカー。

 バンドは断るとして、アスは…厳しいかぁ?


「…流石に何も色味のないフリーター生活をアイツに晒すのは嫌だな」


 俺はスマホを取り出して、ワタルのLINEに一言入れる。


 バスは歩くスピードを速めた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

5月


これは確かな記録。

考えて理解する「愛」と、人と出会うことで知る「愛」

「愛」は一人では意味を見出すことができないのだろう。

だから私は見ることにした。

忘れないように。失わないように。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





次回の投稿は12月24日になります。



読んでいただきありがとうございます。


「面白かった!」


「続きが気になる!」


などと思ったら、下の☆☆☆☆☆から作品の応援をお願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらならかったら星1つ、読んでみて正直に思ったことで大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。


これらの評価を得ることで、今後の執筆に活かしていきたいと考えています。


何卒よろしくお願いいたします。


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