愛って何ですか
「はじめまして」の続きです。
「え、愛を教えてくれ?」
大学終わりの夕方。商店街の道路。
そこで出会った黒いドレスを着た白髪の少女は、俺に「愛ってなんですか」と突然聞いてきた。
「はい、愛って何なのですか」
そんな質問、聞かれたことなんて普段の中で全くないから、ふと周りを見渡してみたけど、ただ色んな人が通り過ぎていくだけ。
「あの、私の声、聴こえていますか?」
視線を戻すと、少女は不安そうな顔で俺を見ていた。
「あぁ、はい。聴こえてます大丈夫」
とりあえず少女を安心させようと、俺は咄嗟に少女にサムズアップをする。
なんだろう。この早く答えないといけないような空気感がなんとなく、授業で教師に質問されて必死に何かしら答えを考える感覚を思い出した。
まぁ、なんか適当に…。
「愛ってのは…えと、何かの曲名ですか?」
「いや、歌じゃないです」
「なんか、哲学というか心理学というか倫理学なやつとか?そういう分野なら俺は知らないっスけど」
「そんな難しいことは聞いてないです。なんか適当にごまかしてないですか?」
だって早く帰りたいし。
「いや、普段の中でこういうこと聞かれたことないので…」
そうですかと言ってから、少女は俯いて黙りこむ。
そこから徐々に、回りの音や声が大きくなり始めていた。
こういう空気、苦手なんだよな。
「えと、それじゃ、そういうことで」
特に話すこともないし、あまりこの場にいたくなかったから適当に言って去ろうとすると、後ろから物凄い勢いで何かが飛んできた。
「あっぶねぇ!?」
咄嗟によけてから飛んできた方向を見ると、その先に少女が着地したかのようなポーズをしていた。
どうやら飛び蹴りをしたらしい…。
「いや、あぶねぇよ!何しやがる!」
「えと、『ちょっと待てい!』を身体で表すときの方法?」
「もっと違う表し方があっただろ…。怪我したらどうすんだよ」
「…すみません?」
何故に疑問形…。
それと特に触れてなかったが、派手な恰好をしてるヤツといるからか、さっきから周りの視線が痛い。
そこから俺が少女の服装を見ていることに気付いたのか、少女は自分の服装を確認し始めた。
「自覚なかったのか」
「自覚?」
「アンタの恰好。派手だから目立つんだよ」
「自覚がないというか、気が付いたらこの恰好だったというか…」
「…なんじゃそりゃ」
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あのまま商店街の道路で目立って話すわけにはいかないので、とりあえず近くのそこそこ広い公園の方に移動することにした。
最初は適当に答えてさっさと帰りたいとか思っていたが、そこで帰ったらもうその少女と会うことがなくなるような気がした。
自分でもよくわからない。会うことがなくなるなら面倒なことに巻き込まなくて済むのに、なんとなく少女のことを気にかけていた。
その場所へ来ると、街灯が点々としてあるからか、そこまで暗くは感じないものの、静かで人がほとんどいないところに夜だという実感が湧いてくる。
空はどんよりと曇り、変わらず吹き続ける冷たい風は、夕方よりも増していた。
公園の端の方にあるベンチに腰をかけてからしばらくして、ここまで特に口を開かなかった少女は、ゆっくりと話はじめた。
「気が付いたらいたんです」
「ん、どこに?」
「わかりません、広い空き地の真ん中で倒れていました」
「空き地ねぇ…」
近くにあったっけ、空き地になってる場所。
自分の記憶の中を漁っていると、少女はそのまま話を続ける。
「起きて、そこから周辺を歩いてみたのですが、自分が今どこにいるのかも分からなくて、近くの人に聞こうとしたのですが…」
「全く反応がなかったんだな」
「知ってるんですか?」
それまで下を向いていた少女は顔をあげてこちらの方を見る。
「あんたが必死に色んな人に話しかけてるところ見てたから。だけど皆あんたのこと無視してた」
「最初からあんたの存在がなかったかのように」なんてのは言わなかった。
「でもなんで最初に『愛を教えてくれ』なんて聞いたんだ? ここまでの話との関連性が全くないんだけど」
「…よくわかりません」
「わかりませんって…」
「ただ、私が見えるって人がいたとき、今ここがどこなのかっていうより、その言葉の意味を知らなきゃいけないことの方が重要な気がしたんです。それの意味を見つけ出さなきゃいけないってことは覚えていて」
「それで突然あの質問を?」
少女は首をうんうんと縦に振った。
「見つけ出していくうちに、いつしか自分を思い出すことができるんじゃないかなって」
「自分を思いだす…あ、そういえば名前聞いてなかったな。名前は何て言うんだ?」
「名前?」
「なんで不思議そうな顔してんだよ。名前だよ、名前。」
「名前……えっとですね……」
少女は捜し物でもする様に、持っていた小さなバックを漁り始める。
そして一つのノートを取り出す。それは日記帳だろうか。
「名前は…えっと、あした?」
「いや、お前今、自分の持ってる日記帳を読み上げただけだろ」
「でも、日記帳に自分の名前が書いてあるはずなんです……」
「書いてあったとしても、自分の名前を確かめる意味はないだろ。本当に自分のことがわからないのか?」
「えと、はい…」
自分が今どこにいるのかもわからない。
「愛を知らなきゃいけない」という他に覚えていることはない。
自分の名前もわからない。
「あ、思い出しました。アスです」
「いや、思い出したんかい」
アスって、明日の読み方を変えただけじゃねぇか。
アスは立ち上がって俺の方に体を向ける。
「これ、ジュースありがとうございました。」
「もう帰るのか?」
「はい、そろそろ帰らないといけない気がしたので」
「気がしたって…てか、帰る場所わかるのかよ」
「ここは自分のフィーリングでなんとかなりますよ」
腰に手を当ててドヤ顔をして見せるアス。
正直心配でしかないが。
「そんなフィーリング、信じていいのかよ」
「まずは自分を信じないとですよ」
「まぁ、それはそうだけど…。ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。それにもしかしたら、あなたと同じで見える人がいるかもしれませんし」
「だといいけどな」
「では、私はこれで。はい」
するとアスは飲み干した缶を押し付けるように俺に渡してきた。
「は? いや、これくらい自分で捨てろよ」
何故かアスはニヤニヤと企み顔をしていた。
「いいんですか? 間接キスってやつが出来るんですよ?」
「やんねぇよそんなこと! 小学生か」
「今日私に付き合ってくれたお礼です」
「そんなお礼、あってたまるか」
「こんなにもサービスしてるのに、貴方さんは鬼畜ですね」
そう言ってアスは頬を膨らませる。
いや、意味わからん。
「それじゃあまた!」
「あ、おい!」
呼び止めようとしたときには既に、アスは颯爽と暗闇の方へ消えていた。
すばしっこいな…アイツ。
まだ少し残っているオレンジジュースを一気に飲み干し、アスが飲んだ缶も一緒に捨てる。
渡されたばかりの缶には、あるはずのアスという少女の温もりはなかった。
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5月
何一つ忘れないように。失わないように。
悲しまないように。笑っていられるように。
だから私は、確かな記録をここに残します。
愛を知るそのときまで。
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次回の投稿は12月10日を予定しています。
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