空白の記憶
定期ライブまであと10日
いつもは後30分ほど家でゆっくりしているところだが、珍しく早めに出る。
ドアを開けた直後、朝の日差しが心地良いダルさを打ち消した。
その名残であくびを一つ。
定期ライブに向けての練習が始まって早くも三日目が経ち、今日は一回目の全体の通しをやることになっている。
流石に俺一人だけ何も出来ませんでしたってわけにもいかないので、家ではギター漬けの毎日が定着されようとしていた。
大体、他の三人はもうライブでやったことあるから余裕とか、ふざけんなよなぁ…。
そんなことを考えている今日この頃、早めに出ないといけないのには、ある理由があった。
連絡通りにキャンパス内の中庭に来ると、呼んだ本人は隅っこのベンチでちょこんと座ってボーっとしていた。
何これ、俺が来ても無反応なんですけど。
どんな風に話しかけていいかわからず、思わず控えめに話しかける。
「あの、おはようございまぁす…」
「……。」
「隣、座りますね」
コクリと小さく頷いたので、空いている所に腰を下ろす。
座ってから少し、彼女は持っている紙パックを開けてチュウチュウと飲み始める。
その紙パックには「オレンジジュース!プリン味」と書かれていた。
オレンジの甘酸っぱさに、プリンの濃厚な甘さ…んー、想像できん。
なんなんだ、あれは。
オレンジジュースはオレンジの味がするだけで良いんじゃないのか。
味の想像をしているうちに、彼女は飲み終わった紙パックのジュースを置いて、空に浮かぶ雲を見つめるようにボーっと見上げていた。
えぇ、いやなんか喋ってぇ。
「えと、ユカさんですよね。 この時間にここに来てくださいって連絡したの」
「…ん、ユカでいい」
「あ、はい…えと、ユカ? 何か俺に話があるのか?」
コクリと頷いて数秒の沈黙。
俺が喋ろうとすると、ユカは口を開く。
「かのじょ…」
「ん?」
「…アスって言ってた子」
「あぁ、アスね」
ユカは小さく頷く。
「アスは…他の人と違う」
「え、アスのこと、何か知ってるのか?」
「…本当の居場所に、帰らないといけない」
「居場所? アスにも帰る場所がちゃんとあるのか?」
「…アスが見えているのは、どこかの過去に『あの子」と関わっていた、断片的因子があるから私たちは見えてる」
「断片的因子…? てかそれよりもさ、アスを知ってるなら、ユカが面倒を見てやってくれないか? 俺はアイツが求めてることに応えることはできないし、どうすることも—」
「それは…チヒロにしかできない」
ユカは初めてこちらに顔を向ける。
日差しが雲に遮られ、辺りが少し暗くなっていく。
「俺にしか…? すまん、もうちょっとわかりやすく話してくれないか」
「チヒロは、サークルで会う前から既に、私と会ってる」
「え? いやいや、この前に挨拶したばっかりじゃん」
「…それなら尚更。 アスをどうにかできるのは、チヒロしかいない」
「そういわれても、どうすりゃいいんだよ」
「…アスと過ごしていく中で、見つけて。 思い出して、あの時のこと」
「見つける? あの時…全然わからん」
ユカはベンチから立ち上がり、こちらを見て—
「なるべく…『あの子』の傍にいてあげて」
と、小さくそれを呟くように言い放つ。
その表情は、微笑んでいるようにもみえて、どこか寂しいようにも見えた。
深く考え込んでいると、馴染みのある声が聞こえてくる。
「あ、おーい! チヒロ!」
中庭の入り口からワタルが駆け足でこちらにやってきた。
「ユカも一緒だったんか、二人で何してたんだ?」
ユカは既に飲み干した紙パックを上に掲げる。
「このオレンジジュースのプリン味の美味しさを語ってた!」
「…は?」
いや、なんだそのごまかし方は。
「え、お前…これが美味しいって理解できんのかよ…」
「できんわ」
ふと、ユカの方を見ると目が合う。
すると紙パックを使って「飲む?」というジェスチャーをしてくる。
「いや、もう飲み終わってるだろ」
「欲しい?」
「ゴミは自分で捨てろよ」
「それよりも、今日は合わせる日だろ? とっとと授業終わらせて、始めちゃおうぜ」
そうして俺たちは今日のことを話しながら授業に向かった。
次話投稿は3月4日です。
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