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▄︻┻┳═一 六発目 ≫【瑠衣の影】

 暗くだれもいない部屋の電気をつける。ヒタヒタと歩く音が唯一のBGMになる。私はいつもどおりに郵便受けから広告を持ってきた。今回は量が少なく化粧品の宣伝と宗教勧誘(かんゆう)のチラシだけだった。

「アホくさ」

 テーブルに放り投げてソファに身を(ゆだ)ねる。ジッパーをおろして軽く扇ぐようにパーカーを持ちあげてリラックスできるように整えた。

“救われる方法”

 首からぶらさがってる十字架がきらりと光った。宗教勧誘のチラシを見てもおかしな点はなく、化粧品の宣伝を開封(かいふう)して中をひとつずつ確認するがやはりただのチラシだった。

 今日は召集(しょうしゅう)なし、そう間接的にいわれた。お前は今の任務に集中しろ、とでもいいたいようだ。

 しばらく無造作(むぞうさ)に置かれたチラシたちを眺めた。そしてそのうちの一枚を手に取ってほかのやつらを端に寄せる。心に身を任せてその紙を折り曲げていく。正方形になるように一辺をちぎり、三角形に折る。小さいころの記憶を頼りに折っては広げて、広げては折ってを繰り返す。

 なんで作ったのか、どうして今なのかわからないが、一羽の折り(つる)ができあがった。

 手のひらサイズの彼女は私のことをじっと見つめていた。なにかを訴えるような眼差しを感じる。

 ジーンズのポケットからジッポーを取り出して尻尾(しっぽ)を掴んで火を(とも)す。ゆらゆらと揺れる炎はゆっくりじっくりと彼女を下から炙る。テーブルに置いた折り鶴は砂糖を焦がしたような臭いを出して燃えている。胴体から翼に移った炎は翼を下から包み込むように覆い、先端を白く輝かせる。燃え果てた羽は落ち葉のようにシワシワになり形状を保った。そして長い時間をかけて燃える首と尾羽(おばね)は叫びをあげて苦しそうに内側へ曲がっていった。

 私の瞳は赤い炎に照らされている——


『きちゃだめ!!』

『ママー!!!!』

『ママは大丈夫だから……だから……に、げて……』


 小さな煙をポンと出して彼女は燃え尽きてしまった。黒く鈍い光沢をしたオブジェに変わり果てた彼女はもうしゃべることはない。

 私は深く重いため息をついてゴミ箱を取る。使わないチラシは古紙にまとめて残りはゴミに入れた。すると燃え尽きたはずの折り鶴が一部燃えないまま残っていた。燃えカスをどかして見てみると……。

“K”

 不自然なほどクッキリと輪郭(りんかく)が残った文字が出てきた。私はそれを見るなり目を赤く染めた。まるで炎が映っているように。

「了解」

 そういって私はパーカーを脱ぎ捨てた。


——カルミアにて

「いらっしゃいませ、お待ちしてましたよ」

 マスターがやや嬉しそうに声をかけてきた。私はいつもの席に座った。

 手鏡で髪の毛を確認する。今日のドレスコードにあわせて軽く()み込んで後ろで束ねた。普段に比べてだいぶすっきりとした髪型だ。

 ドレスも髪の色にあわせて(こん)色のものを選んだ。あまり派手になりすぎず、かつ子どもに見られない絶妙なバランス。

「とてもお似合いですよ」

 マスターは決まってこういう。褒められている気が一切しない。

 私はふと思い出したように手鏡をしまってマスターにいった。

「今日の暗号(コード)、わかりにくいんだけど」

「これは失礼しました。たまには手法を変えてみようかと思いまして」

「私が見逃してたらどうするつもりだったのさ」

 不機嫌な私を(なだ)めるようにマスターはお冷を置いてきた。

「私はリリィ様を信じていましたので」

「その話はもういい」

 キンキンに冷えた水を喉に通すと少し気持ちが楽になる。そしてマスターはレッドの手紙を渡してきた。

 まえと同じ暗殺の依頼書。普段より枚数が多い気がする。私はそれらをペラペラとめくり大体の内容を把握した。もちろん依頼は受ける。

 依頼書にサインをしてそのままカルミアをあとにした。

「いってらっしゃいませ」


——東京某所

 ここはクラブや居酒屋が連ねる。これが眠らない街の理由だ。どこもかしこもギラギラと怪しげな光を放っていて、外にはキャッチとそれに誘われる人でごった返している。こんな場所を見慣れてしまうなんて自分にがっかりする。

 その中でもひときわ目立つパブがあった。色に統一のないうるさすぎる看板にダサい店のシンボルマーク。そしてパブなのに異様(いよう)敷地(しきち)が広い。センスのかけらもないここがターゲットのメインフィールド。

 そんなパブの前に一台のタクシーが停まった。

「カードで」

 会計を済ませてタクシーから降りる。レッドカーペットがあるかのように悠々と店のドアまで歩いていく。

 入り口に立っている店員にカウンター席かテーブル席かを聞かれ、私はカウンター席を指定する。小粋(こいき)な面持ちで案内される。

 店内は照明によって少し薄暗くなっており、テーブル同士の間隔が広くて見た目以上に開放的だ。常に流れるヒッピーが好きそうな音楽で反吐(へど)が出そう。ここはパブとうたっている割にパブとして機能していない。ここをパブというには失礼すぎる。強いていうならキャバクラだろう。

 しかし日本にいる限り仕方ないのかもしれない。流行に乗せられ名ばかりな物がそこらじゅうに落ちてる、そういう所だ。

「こちらへお座りください」

 高めの椅子に座り、適当な飲み物を注文する。私は飲みたくても飲めないんだけど。

 待っている間、手鏡を使って店内を見渡す。テーブル席にはちらほらと人がいる。そしてやけに人だかりができているところがあり、その中心にひとりの男がいた。その男の周りには女や奢られ目当てのごろつきが群がっている。そう、やつが今回のターゲットだ。

「君ひとり? 俺と飲まない?」

 手鏡に映るターゲットを遮って声をかけてくる。パタンと閉じて横目で見やる。見た感じ二十代の風貌(ふうぼう)はいけてる男で、髪の毛は何度もブリーチして傷んでいる。着ている服は正直いって嫌いだ。上ばっかり金をかけて靴には目もくれていない。

 彼には興味なさげに私はバーテンダーを呼ぶ。

「私と同じのを彼に」

 明らかやらしい目をした男は隣に座る。じろじろと爪先から頭の先まで舐め回していた。どこからきたのと質問されても、グラスをゆっくりまわしてカクテルの縁を眺めていた。飲みたい。

 バーテンダーは早速準備に取りかかる。アプリコットリキュールとペルノー、シャルトリューズジョーヌをそれぞれ同じ割合でステアしてグラスに注ぐ。

「お待たせしました。イエロー・パロットでございます」

「なんだ可愛いの飲んでるじゃん」

 イエロー・パロットは黄色いオウムという意味で、見た目は黄色く甘い香りがする。この男は視覚と嗅覚で“可愛い飲み物”と思い込んだらしく小指を立てて一気に飲んだ。このカクテルは知らないと……。

「ブハッ!!」

 むせた男は喉元に手を当てる。おまけに顔を赤くしてふらふらだ。ここのパブのイエロー・パロットはアルコール度数四十パーセント。元々度数の高いカクテルに変わり種のリキュールが相まってお酒が弱い人はこれで潰れる。まるで可憐(かれん)な姿と甘い香りで誘い出し捕食(ほしょく)する食虫植物のように私は彼を騙した。

「酒代はいらない。英国紳士(えいこくしんし)とならつきあってもいい」

 私はすっと立ちあがり香水をまとわせて去っていく。一本取られた男はバーテンダーにウイスキーのストレートを頼んだ。おそらくこのあとの記憶はなくなるだろう。私は私でこんな男は記憶にも残らないかもしれない。

「おいおいまだ飲み足りねぇな。女も抱きたりねぇ」

「あら私たちじゃ不満なの? なら奥の部屋でもっといいことしたいなぁ」

 例の取り巻きがいる男は女といちゃつきながらグラスの酒を一気に飲み干す。そこはもうただのキャバクラのようだ。傲慢(ごうまん)な顔でソファに座り、周りに金をばらまく。世の中のすべては金と権力、まさしくそれを体現しているように思えた。

「あ、なんだあの女。見慣れねぇな。今晩のおかずは決まりだな」

 男の目線が私を捕捉(ほそく)する。私はなに食わぬ顔でお手洗いに向かっていた。

 男はしめしめと立ち上がり、のしのしと追ってきた。お手洗いに入ったのを確認した彼は好きな子を驚かせようとする小学生みたいに待ち伏せしていた。

 まだかまだかとドアの前をブラブラする音が聞こえる。さらにいらつき出したのか、舌打ちと独り言も聞こえてきた。

 私は鏡で髪型を確認し、ポーチの中身を整理した。そしてしばらく焦らしたあとに出てみると道を塞ぐように手をつき、眉毛を整えながら声をかけた。

「よう嬢ちゃんここは初めてかい。ちょっと飽きてきたとこでよ、一緒に飲まないか。もちろん俺の奢りだ」

「私騒がしいのは嫌いなの。ほかをあたってちょうだい」

 素っ気ない様子が気に食わなかったのか私の腕を掴み、無理やり引き寄せる。酒で不気味な笑みを浮かべる男に対し、私はじっと彼の目を見ていた。叫んだり悲鳴をあげればこんな面倒事もすぐに解決されるが、それじゃあターゲットから離れてしまう。もう少し焦らしてから……。

「いい場所があるんだ。静かにお酒を楽しめるぞ」

 これを待っていた。「いいわ」と同意を伝え、嬉しそうな男についていく。男に無理やり掴まれた腕をさすりながら店の奥に進んでいく。「悪かったな」というセリフも「別に」っと流した。

 このパブの奥のさらに奥にいくと個室が並んでいた。そこにはソファ以外にもベッドやシャワールームがあった。それはまるでラブホのような空間だった。

 テーブルにはワインが置いてあり、手始めにこれから飲むことにした。

「俺はな、人生の勝ち組だ。世の中金と権力と女だろ。俺に足りないのは超美人な女だけだ」

 私はワインを持ちあげて飲んでいるふりをする。傲慢な口調で話す男は気分がいいらしく、聞いてもいないのにペラペラと話し始めた。裏の世界でひと儲けしていること、ここのパブもそのうちのひとつということ、今度新しい取引があること。自慢が自慢を誘って次々に引き出される。

 元から置いてあったワインはもうとっくになくなっており、店員を呼んでさらに酒を持ってくるよう指示した。

 この男がいったいいつから飲んでいたのかわからないが、その状態はもうすでに泥酔一歩手前といったところか。俯きながら男はたらたらと口を開いた。

「俺の家は母子家庭で最近まで貧乏だったんだ。借金取りに追われる日々だよ。それなのに母さんはその借金取りのせいで死んで、立て続けに弟が病で倒れてよ。その葬式代と治療費が馬鹿高くてどうしようもなかった。だから俺はこの道に進んだんだ」

 ものいいたげに私を見てきたので、「そう」とあいづちをした。するとまた話し始めた。

「近々弟は四度目の手術がある。医者がいうにはこれが成功したらほぼ完治らしい。俺には金と権力がある。もうつらい思いはさせねえ。そしてあいつらは絶対許さん」

 嫌悪感丸出しの口調で長々と語った男はベットに倒れ込む。情けなく起きあがるとビンを持ってそのまま飲んだ。暗澹(あんたん)とした思い出話が酔いを覚ましたのか、男は物足りなそうに新しいビンを開けようとした。その瞬間、私ははそっと男に寄り添う。

「最高の女の条件は?」

「それは俺を楽しませてくれるやつだ」

 そういうと男は私の両肩を持って押し倒し、手首を拘束する。首筋に触れ、大きく開いた胸元に手を滑らす。私の体は無意識にピクッと動いた。

 さらに反対の手は内股を(もてあそ)び、焦らしながら果実を熟成(じゅくせい)させる。男の手を握り、まずはここからでしょといわんばかりに目を閉じて口を差し出す。私は抱きかかえるように手を伸ばし、男は優しく唇を重ねる。

 そして次は舌を——



 * * *


 舌を出してすみれがだらりと座っている。普段からあまり人目を気にしない性格だが、今日はいつにも増して自宅モードだ。

 春にもかかわらずノートを取り出してパタパタと力なく扇いでいた。大きく開いた胸元には汗が浮かび、シャツをうっすらと湿らせていた。そのせいでよく見たらもろもろ見えそうだった。

「つかりたぁ……」

 話によると、今日の朝練がいつも以上に厳しく、時間ギリギリまでやってたら汗をきちんと処理する時間もなかったという。それでこんな状態というわけだ。

「そらぁなんかちょうだいぃ」

 首だけぐらんと回して俺に物乞(ものご)いをしてきた。生気を失っているすみれが動かないので仕方なく制服のポケットを探してみる。

 するとチョコレートバーが出てきた。確か家を出るまえに海が俺に渡してきたやつだ。おばさんからもらったといって当然のようにわけてくれた。彼女の優しさを見習いたいものだ。

 しかし、運動のあとにこんなカロリーの塊でかつ水分のとられる物を食べていいのか。いくら食欲旺盛なすみれだってスポーツ選手の端くれ、案外無頓着(むとんちゃく)に食べていないのかもしれない。

 俺はチョコレートバーを手に持ったまましばらく考えていた。そして何気なくすみれを見ると目をギンギンに輝かせて口からよだれを垂らしていた。

 手を右にやると右に釣られ、左にやると左のほうを向く。そして俺の手のひらにチョコレートバーを置いてゆっくりと差し出す。

「待て」

 息が荒いすみれはじーっとそれを見つめながらまだかまだかと体を揺らす。俺はすみれの目を針の穴に糸を通すような眼差しで見ていた。まだだ……もうちょい……。

 謎の緊張感に包まれて、俺の顔にも汗が滴る。そしてついに……。

「よし」

 その言葉に反応してすみれは我先(われさき)にと乱雑にチョコレートバーを鷲掴(わしづか)みにした。そして豪快(ごうかい)に包装紙を破いて丁寧に食べた。口を膨らませてもぐもぐと食べる姿はとても幸福そうだった。

 すみれで遊ぶのもほどほどにしておかないと、いつ機嫌損ねて(おそ)われるかわからない。こんな表情豊かな人は俺の周りにはほかにいないだろう。彼女がいるだけで俺まで頬が緩んでしまう。そうやってなにかと比べるように心の中で断片的な思いをはせていた。

「おいしいぃ」

「よかったね」

 俺は美味しそうに食べる彼女にひと言いって自分の席に戻った。

 席につくと俺もなんだかどっと疲れが出てきて大きなあくびをした。昨日は夜遅くまでバイトしたせいで帰ってくるころには今日になっていた。家のこともろくにできなかったし、海には寂しい思いをさせてしまった。なにかを両立させるのは難しいんだな。

 朝自習用に古典(こてん)の教科書を開く。予習復習なんてこういう時間にしかやらないから実際ちゃんと頭に入ってるのか不安だ。

 ノートの新しいページの一番上に今日の日付を書いて、教科書の内容を書き写す。正しいやり方は俺にはわからないが、自分なりに一番しっくりくる勉強法だ。自分でノートを作って授業で補う。時間的には非効率だが達成感的には効率がいい。

 しかし、寝不足のせいで目の前がかすむ。ペンを持っている手が動いているのかさえあやふやだ。

 もう少しだけ頑張れ。チャイムの音を聞いたらきっと元気になるはず。それまで……の……しん……ぼう……。


『父さん見て見て、桜の花びらがこんなにたくさん。ねぇ父さん? 父さんってば……返事をして……父さ——』


 はっと目を開いた俺は涙を流していた。それは記憶かただの夢か、ときに残酷(ざんこく)なものを見せるのはどちらも同じ。

 バレないようにさりげなく制服の袖で拭う。周りを見渡すと先生はきていないしまだ休み時間らしい。この歳になって学校で泣くなんてな。

 机の上に広がったノートを見てみると文字が糸のようにぐにゃぐにゃになっていた。そしておそらくここで力尽(ちからつ)きたんだろう、文末にシューっと一本線が引かれていた。

「あんたやっと起きたのね。次移動教室よ。置いていっちゃうわよ」

 あれ、次は確か担任の授業だから教室だったはず。そう思いふと時計を見て驚愕(きょうがく)した。

「く、九時四十五分!?」

 それはホームルームを通り越して一時間目まで終わっていた。教室に残っているのはほんの数人だけだった。新学期早々大きな恥をさらしてしまった。

「授業中起こされないってあんた影薄いねぇ。それとも先生が優しかったのかしら」

 ひとまず状況を把握した俺は授業の準備をする。どうやらすみれには見られてないらしく安心した。最近こんなことばかりだが致し方ない。

 元々ドジな性格で、やらかすことも多い。だがそのたびにだれかが手を差し伸べてくれた。運がいいのか悪いのかわからないが、俺の心は暖かい気持ちと冷や汗で充満している。

「時間もないしいこうか」

「うん、あ、でもせっかく起こしてあげたんだしお礼してほしいなぁ」

「すみれ、元からそれが狙いでしょ」

 いたずらっ子な微笑みの彼女は多幸感(たこうかん)に包まれている。俺もそれに釣られてなんだか悪い気はしない。「ほら遅れちゃうよ」と後ろを振り向くすみれ。俺はそれに引っ張られるように廊下を歩いた。

 あれ、なんで俺の袖湿ってんだ? 


 いつもと同じように過ごしていつもと同じように眠そうな顔をする。それが俺の高校生活だ。特に彩りがあるわけでないが文句もない。一時期、経済的に学校にいけるかどうかすら危うかった。こうして友達に会えるだけで俺は満足だ。

 もしかりにちっぽけな欲をいうのなら、もっとこの学校で友達と思い出、青春じみたことがしたい。そんなことを俺は授業中に考えていた。無意識に里中さんのほうを向いて。

 先日、会話といえるか微妙な言葉のやり取りはした。しかしそれで仲良くなったのかと聞かれたら喜んで返事はできない。今日も今日とてすれ違ってはいるけど目があうことはなかった。

 俺から声をかける勇気も動機も持ちあわせていない。そもそも俺はどうしてこんなにも彼女のことを考えるのだろう。

 美しいから。

 (めずら)しいから。

 下心(したごころ)があるから。

 そのどれも腑に落ちなくてますます胸がきつい。こんなにもざわついた感情は生まれて初めてだった。俺はそんな脆弱(ぜいじゃく)(おぼろ)げな理由を模索していた。

“キーンコーンカーンコーン”

 チャイムが鳴ってふと教室をみると水を与えた芽のようにクラスの全員がうねうねと動き出した。毎日目撃するこれも学生にとっての日常。

 すみれがお弁当箱を持ってきて俺の机に置いた。しかしいつもと違う。フタを開けないでイスにも座らない。俺に近寄って腕を掴んできた。

「ねぇ空、購買いこ。今朝のお礼ってことで」

「う……わかったよ」

 金欠の俺に容赦なく奢れといってきたすみれはニヤリと不気味な顔をした。まるで食虫植物の蠱惑(こわく)模様(もよう)のようだ。

 うちの購買はとても人気だ。菓子パンや紙パックの飲み物など給食のようなラインナップで、日によっては品切れするほど人が駆けつける。

 今日はどうだろうとだべりながら歩いていると、遠くからわかるほど人だかりができていた。すみれと俺が購買に到着したときにはすでに激戦区となっていた。その理由としては不定期入荷の“牛乳プリン”が置かれていたからだ。

 目の前で蔓と蔓が絡むように人がひとつの塊になっていた。それはもう人というべきかいなか。さしずめ人に近いなにかだろう。そんな様子を俺らは数歩離れた場所でただ傍観(ぼうかん)していた。

「なんかすごいね……」

 圧巻な光景に尻込みしているのは俺らだけじゃなかった。

「あらまぁいっぱい人がいるねぇ。これ買えるのかな?」

 すぐ隣に二人組がいた。ひとりは背が低くくまったりとした口調の女子生徒。もうひとりは髪が小麦色で無表情の……。

「さ、里中さん!? どうして——」

「あれーなんだ里中さんもきてたんだね」

 引きつった顔で驚く俺の首根っこを掴んですみれが前に出てきた。そんな様子を見ても相変わらず無表情なのは彼女らしいというかなんというか。

 同じクラスといっても普段あまり交流のない里中さん。たまに隣にいるまったりな女の子と一緒にいるを見かける。多分だけど里中さんは連れ回されてるほうだと思う。

「今日はねぇ牛乳プリンがあるって聞いたからきてみたんだけど、間違ってなかったみたいだねぇ」

 まったりな女の子はニコニコしながら他人事のように話をする。この人だかりからまさか買えると思っているのだろうか。

「せっかくだから里中さんに食べてもらいたかったんだぁ。あなたたちもそれが目的?」

「いやーあたしらは別になんでもいいっていうか」

 手をポンとあわせて「そうなんだ」と納得するまったりな女の子。周りにはシルクのよな滑らかな空間が広がり、言葉の節々にジャスミンが咲き誇っていた。購買前の混沌と対比して俺らはまったりとした時間が流れた。

「あれ、あたしたちって同じクラスだよね。あなたの名前って……」

「そうだよぉ。私の名前は——」


「え!! おばちゃん、牛乳プリンもうないの!?」


 男子生徒の悲痛な叫びによって注目がそっちに集まる。

 購買のおばさんが「ごめんね」と謝る声が群衆の中心に聞こえた。その声を皮切りに群衆は数を減らし、数名が菓子パンを買いに残っただけだった。さすが購買の中でもトップの売れ筋商品なだけあってそれだけを求めてくる人も多かったようだ。

「そんなぁがっくしだよぉ。里中さんごめんね」

 首を文字どおりがっくしさげてへこむまったりな女の子。それと対照的に凛とした顔のまま彼女を見つめる里中さん。

 まったりな女の子は思いのほかすぐに開き直り、「また今度だね」と里中さんの顔を下から見あげていた。

 俺はどことなく里中さんを直視できないが、こうやって会話をしなくても一緒にいるだけで先日の気まずさはなくなっていた。

「空、早く買っちゃおうよ。お腹すいた」

 すみれに手を引かれて俺は受動(じゅどう)的にふたりと別れた。人が少なくなった購買にいき、どれにしようかと物色し始めた。俺は財布の中身を確認して残金を確認する。紙はもちろん入ってなく、五百円玉が俺の指先で(すずめ)の涙の輝きを放っていた。ここの菓子パンは高くても四〇〇円、ギリギリ買える。

「私これにしよっと」

 すみれが持っていたのは一五〇円のチョコデニッシュと一二〇円のメロンパンだった。ふたつも買わせようとすることに正直ショックだったが、想像していたより安くて内心ほっとしている。

「はい空」

「じゃあ買ってくるかちょっと待ってて。」

 すみれが菓子パンを目の前に押しつけてきたので、なけなしの五百円玉を取り出して会計しようとしたそのとき、すみれにまた首根っこを掴まれた。

「ちょっとどこいくのよ。はい、これ空の分ね。あんたチョコデニッシュ好きでしょ」

「え、でも今朝のお礼で俺が奢るんじゃ……」

「なにいってるの。チョコレートバーくれたお礼よ」

 そういうとすみれは伸ばした腕をさらにぐっと俺に押しつけてチョコレートデニッシュを渡してくる。まだ少し混乱しているがありがたくもらうことにした。俺の大好きなチョコレートデニッシュを。

 俺が受け取ると満足したようでぴょんぴょん跳ねながら教室に戻っていった。まったく、与えられたのは俺だというのに、どうしてすみれは自分のことのように喜ぶのだろう。

 俺は置いていかれないようについていった。五百円玉をズボンのポケットに入れて。



「それでねぇ、私てっきりコンビニにあると思ったの」

「そんなのコンビニにあるわけないよ。もしかして意外とお嬢様だったりして?」

 なんでこうなった。

 俺はいつものように弁当を食べてようとしたが、ひょんなことから三人の女子に囲まれてしまった。すみれは気にする必要がないが、残りのふたりはさっき購買前で出会った里中さんとまったり系女子。

 俺の机は四方すべて人で埋まっており、俺からみて右がすみれで左がまったり系、そしてよりによって目の前に座っているのが里中さんだ。

 まったり系とすみれは今日知りあったばかりにもかかわらず和気藹々(わきあいあい)と会話をしている。里中さんは表情を出さずなに考えているかわからない。具合が悪いわけでもなくこの場の雰囲気に馴染めなくて気まずいわけでもない。ただひたすらにさっき購買で買ったのであろう菓子パンを頬張る。

 (きぬ)のようなストレートロングの髪、色白な肌、()やかな唇、サファイアが埋め込まれた目。

 どこをとっても淡麗で美しく、俺の頬が赤く染まりそうな勢いだった。口を開かない里中さんよりも俺のほうが緊張という気まずさがある。下手に口を開いてしまえば機械人間みたいにかくついてしまうだろう。だから俺はわざと米粒をひとつずつ口に運んでいる。

「空くんとすみれちゃんって幼馴染みなんだぁ。いいなぁそういうのなんだか憧れちゃう」

「いいことなんもないよ。ただの腐れ縁みたいな感じ? ねぇ空」

 ポロッと米粒を落とした俺はふたりに視線を向けられている。全然話を聞いてなくて、「そ、そうだね」と苦笑いして答えた。いつの間にか俺まで下の名前でよばれるようになっていた。このまったり系がフレンドリーな性格なのか、はたまたすみれが下の名前でよんでといったのか定かではない。

「幼馴染みとかいないの?」

「うーんあの人は幼馴染みというより許婚だからなぁ」

「「許婚ぇぇぇ!!!!」」

 俺が初めて会話に参加した記念すべき言葉だった。

 クラスの注目が一斉に集まる。俺とすみれはそれに気づいて肩をすくめて耳打ちするように聞いてみた。

「もしかして本当に貴族かなんか?」

「そうなのかなぁ? 私的には普通だと思うんだけど」

「許婚が普通の高校生……ってどんなんだよ」

 まったり系の思考が読めず雰囲気にのまれてしまったが、本能的にこの人は悪い人じゃないと確信した。新しいクラスになって新しい友達ができた、そう感じたからだ。よく考えれば二年生になって初めてな気がする。嬉しい気持ち半分に虚しさが寄り添ってくる。

「里中さんは日本にきたこと結構あるの?」

 すみれが興味津々に言葉を向けた。里中さんは興味なさげに下を向いて菓子パンを食べていたが、声をかけられたらその人の目を見てしっかりと話をする。

「年に一回は母の実家にいってた」

「お母さんが日本人なのね! じゃあお父さんがイギリス人ってことか」

 好奇の(かたまり)にすみれはわんこそばのように質問をしては聞いて、質問しては聞いてを繰り返す。里中さんはしっかりと返事はするがそれ以上もそれ以下も話さなかった。まるで何万回と繰り返されて淘汰(とうた)されたテンプレをロジック的に選択しているように。

 俺はその言葉をひとつひとつ丁寧に脳の記憶媒体へファイリングした。あんなに無口だった彼女が、避けられていると思った彼女が今俺たちと会話している。その声だけで俺は胸のあたりがざわつく。

 俺も聞きたいことは山ほどある。しかしここはがっつかず、焦らないで、冷静に。そういい聞かせるように一旦箸を置いてゆっくり咀嚼(そしゃく)する。

 菓子パンを食べ終わった彼女は丁寧に袋を畳んで固結びをした。その行動はとても日本らしくて、やっぱり最初のイメージとはかけ離れていた。母親がそういうのに厳しい人だったのかなと少し妄想してみる。

「いいなぁ。里中さんの髪ってとっても綺麗だよね。私も卒業したら金髪してみようかな」

「それは……ちょっと……」

「な! に! か! いいましたか空くん??」

 いつものやりとりにシルクの笑いを見せるまったり系とその様子をただじっと眺めているだけの里中さん。日常が変わっていく予感がして俺は心をほんの少し躍らせていた。

「ごちそうさまでしたぁ。えーっとゴミ箱は……」

「私が片付けるよ」

 そういうと里中さんは俺たちの分までゴミを捨てにいってくれた。自分から動いたことに驚いたが、同時にその育ちのよさという意味でも呆気に取られた。

 少しずつこの教室に里中さんという物質が混じっていくようにその個性を見せていく。

 俺は歩いている彼女の背中をただ見つめていた。

「空、あんた里中さんのこと見過ぎじゃない??」

「あらぁ、空くんは里中さんみたいな人が好きなんだねぇ」

 またしてもふたりの視線が俺に集まる。ぶっきらぼうに口だけ笑おうとしているすみれが今にも手を出しそうな勢いでじりじりと俺に近づいてきた。まったり系もなに(ひらめ)いたようで、口をぷくっと膨らませてすみれにあわせるように体を前のめりにする。

 俺はふたりの目を交互に見た。メトロノームのように揺れたせいで目の前ががぐらぐらしてきた。するとそこに里中さんが戻ってきた。

「なにしてるの」

 その言葉を聞いてふたりは、ホウセンカの種が弾けるように声をあげて笑い出した。「ねぇ聞いてよ里中さん!」とすみれがまたからかい始めた。俺は力を抜くように椅子の背に持たれると「仲良いのね」とまったり系が微笑ましそうにいってきた。俺は結局終始気まずさを感じて昼休みを過ごしたのだった。


 普段と違った日常のせいか不思議と時間が経つのが早く、謎の幸福感もある。いつもは気だるげな午後の授業も今日はうたた寝をするそぶりすら見せなかった。

“キーンコーンカーンコーン”

「それではみなさん気をつけて帰ってくださいね」

 仕事終わりに飲み屋へ繰り出すサラリーマンのように、俺らは放課後開始のチャイムとともに開放される。起立と同時に帰る人、部活のユニフォームを着ている人、寝ている人。俺は相変わらずバイトだが、モチベーションは最高だ。

 今日はちゃんとバイトの制服を持っているのを確認して颯爽(さっそう)と教室を出ていった。


「柊木君、ちょっと荷物運ぶの手伝ってくれるかい」

 唐突に声をかけられ振り返ると、担任の指差すほうには段ボールがふたつあった。教室の片隅に積みあげられていたものだが中身はわからない。そういえば始業式のときから置いてあった気もする。

 断る理由が見つからず、先生にいわれて少し断りづらさがあり、ふたつ返事で手伝うことにした。

 掃除の邪魔にならないようにカバンを教室の出たあたりに置いておく。

 その段ボールは案外重たくてよろけてしまった。

「大丈夫かい?」

「だ、大丈夫です」

 モップを持って廊下をかける生徒、ほうきで野球をし始める男子生徒、そしてそれにキレる眼鏡(めがね)女子。日常に浸りながらその間を抜けていく。

 すれ違う先生方に挨拶をしているとふと思った。そういえば先生はうちの学校にしては若いなと。もしかすると童顔な面立ちのせいかもしれないが、スーツも心なしか新品に見える。

「先生って今年からこの学校ですよね。まえはどこだったんですか?」

二葉(ふたば)高校だよ。田舎の学校さ。いきなり都会にきてこっちはびっくりしてるよ」

 そのセリフに俺のほうが驚いていた。とても落ち着いていて優しく、なおかつ教えるのがとてもうまい。生徒のことをしっかりと理解しているからこそ個別でも大勢でもその信頼感は揺るがない。若くて実力派というイメージをしていた俺はてっきり難関私立高校あるいは有名な(じゅく)の講師かと思った。

 その声はシダレザクラのように優美で、それでいて教員にも生徒にも溶け込める語彙力。これが“頭のいい人”なのかもしれない。まあこの前の授業で寝ていた俺にはまだただの担任でしかないけど。

「柊木君は確かバイト届が出てたね。眠たいのは夜まで働いているから? それとも女の子といちゃついてたのかな? 島塚さんとか……」

 気が動転して荷物を落としそうになる俺。慌てて持ち直す様子を見て先生は「冗談だよ」と笑みをこぼす。この人は優しいけど思考が読めない。どこかのだれかさんのように。

 必死ですみれはただの幼馴染みと説明している間、先生はまるで幼稚園での出来事を聞く母親のように頷いていた。ペテン師の手の上で踊らされてる気分だが、俺は案外悪い気はしなかった。むしろ古い友人と話しているようで心地いいとすら思えた。この不思議な感覚は前にもあったような……。


 準備室に着き中へ入る。先生の机はとても綺麗で異様なほど物がない。というかそもそもこんな部屋あったことすら知らなかった。

 少し目をやると奥には乱雑に置かれた道具たちがあり、壁も所々塗装(とそう)が剥がれているのが見て取れる。不気味な感じ、それはまるで——

「まるで物置みたいだろう。元々ここはそうだったんだけど先生が赴任してきて新しく準備室にしたらしいよ」

「先生はミニマリストなんですか。机の上になにもないですし」

 そういうと先生は俺の持っていた箱を開けた。中にはファイルや延長コード、ペン入れなどあった。物がなかったのはそういうことか。っていうかもう学校始まってるのにいまさら感があるのは俺だけだろうか。

 そんなことを考えていると、先生は恥ずかしそうに説明してくれた。

「都会にきたはいいけど、あまり慣れなくてね。職員室では気が落ち着かないし大まかな荷物をこっちに運びたかったんだよ。でもお恥ずかしい話ちょうどさっきまで忘れてさ」

 二階の職員室から一旦四階の教室まで持ってきてそのまま放置してたらしい。この人はなんてお茶目(ちゃめ)で笑顔が似合う先生なんだろう。そういうところが親近感を醸し出してるのかもしれない。俺もドジな性格だからより一層共感できる。普段先生と仲良くしようなんて考えなかったけど、この人ともう少し近づけたらな、なんて柄にでもないことが

頭をよぎった。

「こっちの箱はなにが——」


“バンッ!”


 俺がもうひとつの段ボールに手をかけた瞬間、先生が勢いよく上から箱を押さえつけた。そしてじっと俺を見ている。

 俺がなにをしたのか皆目(かいもく)見当もつかないが、先生の威圧は悪寒へ変わり俺の顔は蒼白(そうはく)と化した。まるでパンドラの箱に手をかけたように恐怖で瞳孔(どうこう)(すぼ)まる。

 さっきまでとはあからさまに雰囲気が違い俺は怖気ついてしまった。これじゃあペテンを超えて悪魔だ。時間がやたら長く感じる。なんでもいいから早くここを出たい。

 俺はなにか悪いことでもしたのか、触れてはいけない物に手をかけたのか。先生はもしかして……いやそんなことはない、と思う。

 心臓は今にも破裂しそうな爆弾になっている。戦々恐々とする俺に向かってゆっくりと顔を近づける先生は耳元でそっと囁く。

「そんなにこの箱の中身を知りたい? 開けたら……後戻りできないよ」

 汗が額から頬をつたい手の甲に落ちる。目は見開いているはずなのに先生の顔が見えない。先生は虎視眈々と俺の隙を狙っている。今下手に口を開けば取り返しがつかないかもしれないという恐怖が蔓となって俺に絡みつく。

「お、俺……」

 俺のCPUがオーバーヒートしている。ダメだ、なにをすればいいのか、今なにをしているのか、俺はどこにいるのかわからない。先生は俯く俺の頭に手を乗せ笑い出した。

「ごめんごめん、演技だよ演技。学生時代に演劇サークルのヴィランをやっていたんだ。まだまだ現役だろ。驚かせてすまなかったね」

 そういうと先生は箱を開けた。中にはさっきのと似たようにファイルやらが入っていた。気が抜けた俺は大きく深呼吸する。心臓はまだバクバクしてる。

 展開が急すぎて演技とわかった今でも先生に怒られたあとみたいに胸がざわついている。まったくトラウマ級のオーラだ。

 つかみどころのない先生は俺の頭に手を置いて「ごめんよ悪気はなかったんだ」と再度謝った。

「あ、そういえばさっき柊木君に渡したカギってどこやったっけ? 先生に返したっけ?」

 先生はペタペタ体を触って確かめる。俺もズボンのポケットを外に出してなにもないことを証明した。

「柊木君、詰めが甘いね」

 先生と俺の距離は鼻先で数センチ。ちょっとした拍子で触れてしまいそうになる。男とはいえ絵画のように整った顔が文字どおり目の前いるとなんだか顔が赤らんでくる。

 先生は手を伸ばして俺の制服に手をかけて、そのまま突っ込む。

「上着のポケットにあったね。君ももしかして同類かな?」

 カギを見せるように手に持った。そのペテンな微笑みに俺は安堵のため息を吐いた。

 そしてそのあとはなにがあるというわけでもなく淡々と作業を手伝った。


「手伝ってくれてありがとう。それにお詫びといってはなんだけどこれあげる」

 先生はカバンからお茶を取り出し、それを俺にくれた。汗をかいたこともあってちょうど喉が渇いていた。

「失礼しました」

 準備室を出た俺は早速お茶を飲む。陽が差し込む廊下から外を眺めるととても眩しい。写真を撮ってひとことつけくわえればちょっとしたポスターになりそう。情景に浸る余裕を出してまたお茶に口をつける。


「ハーフだからって気取っちゃって。まじムカつく」

「男誑かしていい気になってるんでしょ。あのビッチが」

 教室に戻る途中、とある教室の前を通ったとき微かに聞こえてきた。内容までは詳しく聞き取れなかったが……ハーフ? それってまさか……。

 今引き返して盗み聞きするのも不自然だし、ひとまず自分のカバンを取りにいった。

 そして帰り道に今度はわざとゆっくり歩いてみた。教室が近づくに連れて心がソワソワする。たまに窓のほうを向いたりしながら歩き、その教室をドア越しに横目で見る。

 しかしだれの姿もなく声もしない。もちろん中まで入って確かめなんてしないが、もうすでに帰ったのだろう。俺は少し肩を落とした。

 またパンドラの箱を見てしまったのか。そうならエクソシストに悪魔(はら)いを願いたい。

“キーンコーンカーンコーン”

「さて、いきますか」

 長い影を引きずって夕闇(ゆうやみ)に姿を消した。

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