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学園 × 暗殺のダブル主人公青春ストーリー

▄︻┻┳═一 作品紹介 ≫


 春になり盛んに咲き始める桜、それを眺めているのは無表情な少女。この日をきっかけに柊木空の人生はゆっくりと狂い始めていく。表と裏、学園生活と暗殺。次スコープに映るのはだれか——

雨夜さくらがお送りする日常に潜む非日常、学園青春ストーリー。


+++++++++++++++++

※この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。 また犯罪を助長する物では一切ない事を予めご理解のうえ、御覧ください。

+++++++++++++++++


▄︻┻┳═一 登場人物紹介 ≫


登場人物

◯里中アマリリス(十六歳)

 イギリスと日本のハーフ。無表情でだれも笑ったところを見たことがない。コードネームはリリィ。

 愛銃はAWM—L115A1。

 誕生日は九月二十日。


◯柊木空(十六歳)

 成績は中の中、運動神経も特別いいわけでもない平凡高校二年生。性格は温厚で人に対しとても優しい。今は妹と二人暮らしでバイトをかけ持ちしている。

 誕生日は十二月二十五日。


◯島塚すみれ(十六歳)

 柊木空の幼馴染み。幼稚園から高校まで同じ。空のことが好きで、両親のこともあり柊木家ではお姉さんのような立場にいる。世話焼きで感情はすぐいう少し強気なタイプ。バスケ部。

 誕生日は二月二十一日。


◯笹原進(十六歳)

 空の同級生。チャラめな見た目たが、女の子と話すのは少し緊張する。飽き性で部活はやっていない。空からの紹介で一緒のバイトをしている。

 誕生日は七月七日。


◯柊木海(十四歳)

空の妹。活発で兄よりしっかり者な中学三年生。朝は弱い。

 誕生日は十一月八日。


◯柊木椿(三十八歳)

 空と海の母。現在入院中。

 誕生日は十二月十日。


◯マスター(年齢不詳)

 Kalmia(カルミア)というバーのマスター。


◯猿飛燕(二十五歳)

 裏社会に現れたブラックホース。その傲慢さで稼ぎをだし、日々キャバクラで豪遊している。弟の菖蒲は現在闘病中。

 誕生日は五月二十一日




AJK

——暗殺な女子高生——

▄︻┻┳═一 第一弾倉 ≫

【彼岸に咲く花】





▄︻┻┳═一 プロローグ ≫


 老桜(おいざくら) 人のとよみに 咲き(あぐ)める

 春というのは気分も高まる季節だが、この街はどうも違うらしい。人々は足早にどこかへ向かうが、露頭(ろとう)に迷ったに(こうべ)を垂れて帰路につく。地面にはなにもありゃあしない。

 それはまるで咲くに咲けない老いた桜のようで、見窄(みす)らしく哀れな姿。花が咲かぬなら首が切られる、そんな世の中になったのは最近のことだろうか。


東京(とうきょう)


 世の中には決して交わってはいけない者同士であふれている。空と海、生と死、そして表と裏。近づけば向こうも近づき、離れれば向こうも離れる。それに気づかず踏み込んでしまえば均衡(きんこう)が崩れる。

 この街は都会とよばれ世界的にも(さかえ)えているが、それのほとんどが社畜(しゃちく)だ。社会に出てから上司には怒られるし、後輩からは()められる。責任転換という(さじ)を投げては人を頼り、また逃げる。およそ大人のやることではないが、世代が違うだけで叱咤(しった)されるこのシステムはいつになっても変わらない。

 満足してない現状にいらだちを感じているだけで、別にだれが悪いというわけではない。そんなことはよくわかっている。しかし頭が感情に追いついいかず、結局これじゃあ責任転換と変わらない。

 気分転換に散歩をするにも、人で賑わうこの街はうるさ過ぎる。だから“僕”は今日もイヤホンをつけて、名前も歌詞の意味も知らない洋楽に耳をあずける。

 変化を嫌うこの街では感情を持つ人よりも、ロボットや機械のほうがお似合いかもしれない。だからこそ学生時代の思い出が美化されて記憶に残る。

 そうそれはちょうど老桜が咲き倦ねたあのころ——



▄︻┻┳═一 一発目 ≫

【四季の始まり】


 桜の咲く季節(きせつ)()きたつのは植物(しょくぶつ)だけじゃない。


 俺はしっかりと覚えている。大人になってもきっと忘れないだろう。

 私はしっかりと覚えていたい。大人になっても忘れたくない。


 高校の春、あれは確かに運命的な出会いだった。


 桜の花びらを身にまとい、暖かな太陽に照らされている彼女のこと。

 血でまみれた冷たい私に、桜を()でるように手を伸ばしてくれた彼のこと。


 それは超えてはいけない境界線(きょうかいせん)。普段関わることがなく、耳にすらしない。神様はそれを因果(いんが)摂理(せつり)といって均衡(きんこう)(たも)つ。そんなことはいわれなくてもわかっている。しかしそれでも(あきら)めきれない。諦めてはいけない。


 俺は

 私は

 もう一度あの“景色(けしき)”を——


 * * *


 光り(かがや)く都心から少し離れたところにある(やみ)に包まれた場所。(しお)の香りが感じられ明かりが少なく、手元を見るのでやっとだった。そこにはまだ工事中のビルがあり、中はガレキが散乱(さんらん)している。解体作業中らしく、とても(こな)っぽい。

 深夜にこんな場所に忍び込むのはヤンチャな子供か“危ない大人”くらいだろう。ゆえに人の気配(けはい)はなく殺風景(さっぷうけい)だった。

 金髪(きんぱつ)で青い目の私は一度見られれば印象にも残る。髪を(たば)ねて帽子(ぼうし)をかぶり、黒い服で目立たないようにしている。

 整備途中(せいびとちゅう)のエレベーターは電源が落とされていて使えそうにない。荷物(にもつ)を持って階段をあがるのは骨が折れるが(いた)(かた)ない。

 下見の段階ですでに目星(めぼし)はついている。目指すは六階、そこには資材やゴミを出し入れするための場所があり、建設用のシートや足場(あしば)邪魔(じゃま)にならない。

 ひとつふたつと階段をのぼっていく。空虚(くうきょ)空間(くうかん)に響くのは足音でも人の息でもなく、夜風(よかぜ)にさらされた潮の音のみ。大自然様は意図(いと)していないだろうが、私を隠してくれる。

 

 六階につき、ぱふぱふと粉をふみながらポイントにいく。足跡にあわせて紫陽花(あじさい)が咲いては()ちて咲いては朽ちてを繰り返す。それが私の象徴(しょうちょう)だというのならば、あながち間違いではないのかもしれない。月明かりに照らされた私の小さく深い影は“いびつ”な形をしていた。

「同じだな」

 大きな窓が今日のポイント。すぐに準備をする。

 肩にかけていたケースを床においてジッパーを開ける。

“カチャ”

 幾度(いくど)となく()(かえ)された動き。こいつを組み立てるのはもう体に染みついていて、半ば無意識におこなっている。月の光も届かない壁の裏で、まるで子供がおもちゃで遊んでいるようなガジェットの音がする。

 ものの数分で準備は完了し、私と相棒(あいぼう)の姿は月にばれてしまう。冷徹(れいてつ)重々(おもおも)しい形状(けいじょう)(つつ)、ボルトアクション式にしては(めずら)しいストレートストック、銃身(じゅうしん)銃床(じゅうしょう)接触(せっしょく)しないためのフリーフローティング構造(こうぞう)。そう、AWM—L115A1が私の相棒だ。

 スコープをのぞきターゲットを確認する。優雅(ゆうが)にタバコを吸ってふかしている。最期(さいご)慈悲(じひ)として吸い終わるまで待ってやってもいいが、私は存外(ぞんがい)優しくない。

 風向(ふうこう)は南南西、風速三メートル。ターゲットまでの距離(きょり)、六〇〇ヤード。

 まばたきをするようにスコープのつまみを調整(ちょうせい)し、呼吸(こきゅう)同時(どうじ)にボルトハンドルを引く。そしてトリガーに指を()えるとスコープに反射する目が次第(しだい)に赤みを帯びる。

「さよなら」


“カランッ”


 重い轟音(ごうおん)に続いて床に響く薬莢(やっきょう)の音。二、三度はねてズルズルっと止まった。銃声(じゅうせい)はいまだにビル内をこだましている。

「こちらリリィ、任務完了」

 人は私を“青いガーネット(ブルーカーバンクル)”とよぶ。



新宿某所(しんじゅくぼうしょ)

「見て、あの子可愛(かわい)くない?」

「うわっ超美人(びじん)じゃん。誘ってみるか」

 人で(にぎ)わうこの(まち)では昼間(ひるま)からスカウトやナンパは珍しくない。やることのない大学生にはいい(ひま)つぶしになるだろう。“もしかしたら“を期待(きたい)しているかもしれない。

「君かわいいねぇ。もしかしてモデルさん?」

「俺たちと遊ばない?」

 街に出るときは基本的(きほんてき)にパーカーとジーンズ。あまり目立ちたくないからだ。ファッションに興味(きょうみ)がないのも花のない見た目の理由だろう。

「ほらあの……そうだ最近できたスイーツなんとか? ()れてってやるよ」

「スイーツキャッスルね。もちろん俺らの(おご)りだからさ」

 三月も終わりというのに今日は少し寒い。それなのに女子高生(じょしこうせい)たちは薄着(うすぎ)でスカート(たけ)を短くする。それで寒そうに震えている。どれもこれも興味はないが。

「おい、無視(むし)してんじゃ——」

 急に肩をつかまれて引っ張られる。なんだこいつら、ずっと近くにいたのか。

 彼らは私の目を見つめて固まっている。ナンパするなら気の()いた()め言葉や女子が好きそうなものをいってみたらどうだ。見つめてるだけじゃどうにもならない。

 しかし、平凡(へいぼん)な彼らは呆気(あっけ)に取られている。

 人からよく()んだ(ひとみ)をしているねといわれる。それは内面的(ないめん)なことではなくて、実際(じっさい)にそういう色なのだ。父親(ゆず)りの青い目、海や空を飲み込むような青い目。そう、私はハーフなのだ。

 日本人の母とイギリス人の父。小麦色(こむぎいろ)の髪の毛も相まって、たまに彼らのように異物(いぶつ)を見る目でみられることがある。それももう()れてしまった。

「「し、失礼しましたぁぁ!!」」

 失礼しました、ね。厄介事(やっかいごと)()()まれなくてすんだものの、少し注目(ちゅうもく)()びてしまった。パーカーのフードを深くかぶって足速(あしばや)帰宅(きたく)する。

「でさぁ、あの映画すっごく泣けてさ」

「本当に? じゃあ今度彼氏といこうかな」

 前から歩いてきた高校生が私の隣を通り過ぎていく。おそらく私と同い年だろう。別に(あこが)れているわけではない。ただ私と住んでいる世界が違うだけ。物珍しく見ているだけだ。


 (さわ)がしい街とは正反対(せいはんたい)(おごそ)かな雰囲気(ふんいき)があるマンション。ここが私の家だ。フロントには二十四時間三六五日、黒いスーツを着たスタッフの人がいる。庶民(しょみん)高級(こうきゅう)ホテルと勘違い(かんちがい)してしまうほど設備(せつび)充実(じゅうじつ)している。

 ポストに入っている手紙の束を手繰(タグ)り寄せて持ち帰る。手紙といってもチラシしかないようだ。

 エレベーターを待っていると、清掃員のおばさんが話しかけてきた。

「お(じょう)さん、これよかったらもらって。差し入れらしいんだけど私食べれなくって」

 渡されたのはマカロン。押しつけるように渡されたが、別に断る理由もないく素直に受け取る。

 そこにちょうどよくエレベーターがきた。ドアが閉まる瞬間、おばさんと目があったので軽く会釈(えしゃく)した。

 右手にはチラシ、左にはマカロン。エレベーターの角に身をあずけて、ぼんやりとカウントアップを眺める。


 二十四階のランプがともりエレベーターが止まる。周りにはだれもいなく外の雑音すら聞こえない。右手のチラシを左手で持ち、カードキーをポケットから取り出す。ドアの鈍い金属音が廊下に響く。

 やっと家についた。今日は面倒事(めんどうごと)があったのも理由だが、プライベートな空間にほっとしている自分がいる。

「ただいま」

 もちろん返事(へんじ)はない。ひとりでここに住んでいるからだ。1LDKのバルコニーつき。家賃(やちん)想像(そうぞう)にお任せする。

 リビングにあるのはテーブルとソファ、そして空気清浄機とベッド。料理はしないし、ゲームや音楽の趣味もない。ゆえに暮らすうえで必要最低限な物しか置いていない。この部屋に対して無機質(むきしつ)退屈(たいくつ)とも思ったことはない。なにもない。

 もらったマカロンと手紙をテーブルに置き、ため息まじりにソファに座る。

 そしてくじ引きのようにチラシを手に取り、ひとつひとつ中身を確認する。

 新しい化粧水のチラシ、専門学校の勧誘(かんゆう)、クーポン券などどうでもいいものばかりだ。

 そして最後のひとつ、大学のオープンキャンパスの案内の中に白い紙切れが入っていた。名刺(めいし)ほどの大きさで、普通の人なら印刷ミスか間違って混入(こんにゅう)した物と考えるだろう。

 私はいつものようにジッポーを取り出し、直接(ちょくせつ)火があたらないように下から炙った。するとただの白い紙切れは次第に意味を持ち始めた。

“K”

 紙切れに浮かんだのはその文字だけだった。

「了解」

 私はさっそく服を()いだ。



『夕飯までに帰ってくるからな』

『パパいってらっしゃい』

『気をつけてくださいね』

『もちろんだとも、それじゃ——』



 時計の針は夜の十時過ぎを指している。私は布団(ふとん)にくるまって寝ていた。変な夢のせいだろうか、少し頭痛(ずつう)がする。

 体を起こしてベッドに座り、リモコンで部屋の電気をつける。相変(あいかわ)わらずなにもない部屋。ピッという音でさえ響きそう。

 携帯の充電(じゅうでん)が九十六パーセント。特に今日は使ってなかったから減っていない。ベッドの横にはサイドテーブルがあり、役目を待っている充電ケーブルが写真立ての前に置かれていた。

 その写真を見て少し眠気が覚めた。

 下着(したぎ)しかつけていないとはいえ、やっぱり今日は冷える。完全に目を覚ますためにシャワーを浴びる。


 火照った体が冷えないようにバスタオルで包み、ドライヤーで乾かす。(かがみ)に映る自分の目を見て少し視線(しせん)をずらす。()ずかしいとか自分が嫌いとかそういう意味ではない。ただ無関心なだけで、その動きもまばたきと同じだ。意味なんて持ちあわせてない。

 髪を乾かし終わるとバスタオルを巻いたまま私室に向かう。この部屋を借りるときにベッドルームと説明があったが、私はあそこで寝たくない。そういう意味でも改めて現実(げんじつ)に引き戻された私は冷たい廊下をスタスタと歩いていく。


 ドアを開けると奥のほうに机があるのが見える。両端(りょうたん)にはクローゼットやダンボール箱など“仕事道具”で空間を圧迫(あっぱく)している。まるで屋根裏部屋(やねうらべや)物置(ものおき)のようだ。

 バスタオルを洗濯カゴに放り投げクローゼットを開ける。パーティ用の高級ドレス、オーダーメイドのスーツ、ブランドのコート。どれもこれも私物だがすべて仕事のため。

 その都度(つど)必要な物を買い、着こなす。高級品やブランド品にひかれはしないが、暗殺において有効なのは知ってる。そういう界隈の依頼がくるからだ。

 私はひとつのドレスを引っ張り出す。黒ベースで胸元が大きく開いる。ワンポイントで金色の装飾(そうしょく)(ほどこ)してあるのが特徴だ。

 (なん)なく(そで)に手を通して、次はメイクをする。今日は“あそこ”にいくし、目元を軽く整えて口紅だけ少し濃いめのものを使う。使い込まれた化粧(けしょう)ポーチから色を選んで取り出す。鏡で確認しながら仕上(しあ)げていく。最後に小指で唇に紅をひく。

 手首を返して腕時計(うでどけい)を見る。そろそろいかないと。

 手提げの小さなカバンを持ち、マカロンを口に運んで家を出る。



 夜になっても静まることを知らない新宿は大人たちで賑わをみせる。あちらこちらでキャッチや()(ぱら)いの声が聞こえた。おそらくだれひとりとして私を未成年(みせいねん)と思わないだろう。

 今日は(うん)がよく、まだだれにも声をかけられていない。酔っ払いや(いとな)み目的の男と話すのは七面倒くさい。(から)まれるまえに先を急ぐ。

 風俗街(ふうぞくがい)を抜け、細い路地(ろじ)を通り、建物の階段をくだる。まるで秘密基地(ひみつきち)のように普通の人には到底(とうてい)たどり着けない場所にそれはある。

“Kalmia”

 それは私が目指していた会員制バー、カルミア。ドアの前に立つとカギが開く音がした。そのままドアノブを回して中へ入っていく。

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

 カウンター席とテーブル席があるこのお店は少しレトロで、部屋に流れるレコードがその雰囲気を醸し出している。カウンターの右から三番目が私の定位置(ていいち)

 白髪(はくはつ)眼鏡(メガネ)をかけているこの人がカルミアのマスター。歳は教えてくれないが見た目や執事(しつじ)のような話しぶりからして相当いってると思う。

 店内は私とマスターだけだった。マスターはレコードをB面(びーめん)に変えた。

「ホワイト・レディで」

「少々お待ちください」

 マスターは年季(ねんき)の入ったシェイカーを取り出すと手際(てぎわ)よく作りはじめた。

 ホワイト・レディはドライジン、ホワイトキュラソー、レモンジュースをそれぞれ二対二対一の割合(わりあい)で入れ、氷とシェイクしてできるカクテルのことだ。

 (こおり)気泡(きほう)のような白い(にご)りは照明(しょうめい)(てら)らされると宝石(ほうせき)のように輝き出す。アルコール度数(どすう)も高く、目でも(した)でも楽しめる一品(いっぴん)だ。

「お待たせしました」

 さっそくグラスを手に取り、その(ふち)口紅(くちべに)をつけた。

「マスター、これ……」

「どうかなさいましたか」

 私はうつむきながら小刻(こきざ)みに震えた。

「……じゃん」

「はて?」

 (こぶし)を強く握ったせいでグラスが割れてしまいそう。マスターは聞き取れなかったらしく、耳を(かたむ)けていた。

 それならと大きくゆっくり息を吸って——

「これレモネードじゃん!!」

 出されたのは黄色い半透明(はんとうめい)液体(えきたい)酸味(さんみ)甘味(あまみ)がちょうどいいレモネード。グラスもトール・グラスで幼稚(ようち)なストローまでついていた。

 大声で文句をいったのにもかかわらずマスターはいたって冷静(れいせい)で、聞き流すような笑いをこぼしていた。そしてなにごともなかったようにグラスを拭いている。

「リリィ様はまだ未成年でございます。ここは日本ですよ」

「七面倒くさい」

 不貞腐(ふてくさ)れた私は頬杖(ほおづえ)をついて幼稚なストローででちびちびと飲んだ。

 その間もマスターは執事のような微笑ましい顔をしている。

「こちら“おつまみ”でございます」

 そういって目の前に一通の手紙を差し出してきた。白い入れ物には“青い(ろう)”で(ふう)がされている。シーリングスタンプだ。

 物珍しさも感じず、すんなりと開けると中には紙が入っていた。それにざっと目を通してテーブルに置く。そして人差し指で優しく(くちびる)に触れてそのまま紙の末端(まったん)に押しつけた。

 紙を戻してにこやかなマスターに返した。

「今回の報酬(ほうしゅう)、やけに少なくないか」

獲物(えもの)が獲物でしたので」

 一〇〇万円という数字に納得はしてるがどこか()に落ちない。元はもっとあたろうに、私が所属している“組織(そしき)”にいくらか持っていかれたのだろう。こうして暗殺業(あんさつぎょう)ができるのもその組織のおかげだし、いまさら文句(もんく)はいえないのだけど。

 ちょうどそのころ、店内の音楽が止まった。静かな空間にはカランッと氷が溶ける音とチックタックと鳴る古時計の音色のみが広がっていた。

「それで? これだけじゃないでしょ」

「さすがリリィ様。(さっ)しがよろしいですな」

 新しいレコードを準備しようとしたマスターを呼び止めた。ニヤリと笑ったのが背中からでも伝わってくる。

 手際よくレコードに針を落とすと、怪しく振り向いたマスターの手にはまたも手紙が握られていた。今度は“黄色い蝋”で封がしてある。

 無言(むごん)で手渡され、怪しみながらも中を確認する。その際、マスターはもったいぶるように説明をした。

「あの(かた)から直々(じきじき)命令(めいれい)を受けました。手はずはすでに整っております。明日には荷物が(とど)くことでしょう」

特殊(とくしゅ)な物資が必要ってこと? イエローだから諜報(ちょうほう)かな」


「リリィ様には高校(こうこう)(かよ)ってもらいます」


「え?」

 そんなバカな。おそるおそる中身を確認すると、そこには大きく“|東京都立八重桜高等学校《とうきょうとりつやえざくらこうとうがっこう》入学(にゅうがく)手続(てつづ)き”と書かれている。

 マスターがいったことは正しく、書類(しょるい)にはすべての手続きが完了していることが記されていた。あとは登校(とうこう)するだけとのこと。

 マスターのほうを見ると、私を嘲笑(あざわら)ってピエロのような顔をしている。

「し、七面倒くさい……」

 このときはまだ、これが世界の均衡を(くず)すトリガーになるなんて思いもしなかった。私が高校に通うこと自体(じたい)が。

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