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竜の宿る原石  作者: 黒川雫、窓
第一章 『三人と出会い』編
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第六話 『ひりつく関係』

桜木と合流した後、速見達は待機所に足を運んだ。待機所はベンチが数脚あるのみで、非常に殺風景な部屋だった。火村は小野山に話があると言い残してその場を去って行き、残された面々はしばし休息を取ることになった。

「隊服、それだけ損傷が酷かったら被服課に頼んだ方がいいんじゃないか?」


水を片手に腰掛けた戸部がそう提案すると、桜木は自身の身なりを眺めて溜息を吐いた。


「そうね、裁縫は得意じゃないし。明日にでも持っていくわ」


流石に疲れたのか、桜木の表情は昼休みの時よりも若干げっそりとしていた。尤も、警戒の色が濃いのは相変わらずだったが。

「お疲れ。てか、これからまた訓練だけど本当に大丈夫か?さっきのあの人の班員、一人は担架で運び出されてたじゃん」


速見の指摘に、桜木は飲み終えてからになった紙コップを捨てながら短く答えた。

「問題ない」


速見自身は淡泊な受け答えに慣れてきていたため苦笑いで済ませ、戸部も特に表情を変えなかった。だが、こういった事を流せない人間が一人いた。

愛想の無い受け答えにむっとした千景が、席に戻る桜木の前に立ち塞がって突っかかっていったのだ。

「お前なあ……人が心配してやってんねんから、もう少し可愛げのある態度でも取ったらどうや」


口調こそまだ穏やかだが、かなり苛ついている事が感じ取れた。しかし桜木は、千景の圧を歯牙にも掛けず睨み返した。

「関係ない。心配もいらない。……座りたいからどいてもらえない?」


変わらない無愛想な答え、且つ挑発的な視線。千景の中で、何かがブツンと切れた。暫し俯いた後顔を上げた千景の表情を見て、速見は心の中でげ、と呟いた。

(まずいな、千景がキレた)


速見はやれやれと頭を抱えた。千景がにっこりと笑ったのだ。機嫌が直ったのではない。ただ千景は怒りが最高点に達すると、とあるスイッチが入るようになるのだ。

突如にこやかになった千景に、桜木は少しだけ驚いているようだった。

「桜木さん、初対面の時と随分性格が違いますわ。えらい元気がええどすなあ」


普段の千景からは考えられない、非常に穏やかな猫なで声。とてつもない憤怒を含んでいることは明白だったが、嫌味な言い方に触発されたのか、ますます桜木の対応も険悪になった。

「……貴方こそ、随分変わった物言いをするのね。よく分からないけど、心底腹が立つわ」


「都の言葉どす。田舎の人には、分かりにくかったやろか?けど、腹が立つなんて言われたら悲しいですわ。ただそう思ったからそう口にしただけやのに」


両者の間に火花が散る。一触即発のヒリヒリとした空気感に堪らず速見が間に割って入ろうとしたその時、待機所の扉が開く音がした。

「桜木、調子はどうだ。訓練には参加できそうかって……お前らどうした」


火村が至近距離で向かい合う二人に動揺するも、有無を言わせぬ形で桜木が素早く敬礼の姿勢を取って火村に向き直った。

「問題ありません。支障なく参加可能です」


明らかに面白くなさそうに視線を逸らした千景の姿を見て、火村もなんとなく状況を察したらしい。軽く咳払いを挟んでから、四人に対し指示を飛ばした。

「……では、これより本日の訓練について説明を行う。整列!!」


刹那、桜木の声が速見の耳に届いた。言葉の最後だけ僅かに聞き取れただけだったが、速見の頭にはひどく鮮明に残った。

「……ってないくせに」

聞き溢すには、それは余りにも悲壮感に満ちて、消えてしまいそうだったから。


四人は横並びになり、休めの体勢で火村分隊長の話を聞いていた。

「本日の訓練は、互いに能力を理解し合うため模擬戦闘を行う。千景、戸部、速見の三人はチームを組み、桜木と戦え。決着は相手を行動不能にするか、降参させるまで。区画外に能力が漏れた時点で失格だ。何か質問は」


「はい」


静かに挙手したのは戸部だ。火村は戸部の方を向いて発言を促した。

「なんだ、戸部」


「はい、治癒術の使用は可能でしょうか」


治癒術とは、対能力者専用の治療法のことだ。被術者の代謝を活性化させることで、止血等の傷の治療やちょっとした身体強化のような、様々な効果を生み出すことが出来るのだ。


「そう言えば、お前と桜木は術士の資格を得ていたな。今回は無しとする。これ以外に質問がなければ、区画中央へ移動して早速開始する」


移動中、速見はそっと千景に声を掛けた。

「おい、少しは落ち着いたか?」


千景は無言のまま、不機嫌そうに眉を顰めただけだった。速見は小さく溜息を吐いて、周りに聞こえないよう小さな声で諭した。

「分かってると思うが、勝負にまで私情を持ち込むなよ。お前だって立派な戦力なんだから」


耳の痛い話に千景は苦虫をすり潰したような顔をしつつ、小言を言う速見の脇を小突いた。

「一応頭は冷えたわ、あほ。冷静にならなきゃ、勝てる試合も勝てへんからな。けど、絶対にあの女は負かしたる」



四人は区画中央に移動していた。一つの区画は一辺二百メートル程の正方形をしている。桜木は速見達から五〇メートルほど離れた場所に立っている。木々が生い茂っているが、その姿は速見達からもしっかりと目視できた。

速見の隣には戸部、更にその後ろに千景が立つ。速見の腰に据えられている武具は、スタンダードな剣だ。すらりとその刀身を抜いてすぐ飛び出せる体勢に構えた速見の脳内では、千景と戸部の声が響いていた。

『開始直後に一気に畳みかける。頼んだぞ千景』


『了解、任しとき』


組み手訓練では、開始五秒前から一秒ごとに電子音が鳴らされる。この電子音が鳴り始めてからは限定的に能力使用が許されるため、実質的に模擬戦が始まると言っても過言では無い。

「それでは、五秒前!!」


拡声器から火村の声が聞こえた直後、それは鳴り始めた。

一つ目の音。その視線を標的に固定したまま、速見は大きく息を吸った。戸部の背中に千景の手が触れ、瞬時に飛べるよう集中力を高めていた。

二つ目の音。桜木が静かに目を閉じた。速見は呼吸を乱さぬまま、警戒しながらそれを見据えた。

そして、三つ目の音が鳴った瞬間。三人は自分たちを覆い尽くさんばかりの恐怖に、背筋が凍り付いた。

『風向きが、変わった……!』


『それだけやない、急にすごい気迫になりよった。こんなん初めてや』


戸部と千景はすぐに切り替えて構え直していた。しかし、速見にはその恐怖の正体が気迫なんて生易しいものでは無いことに気付けるだけの本能が研ぎ澄まされてしまっていた。

『動揺するな!作戦はそのままだ、対応される前に片を付ければ問題ない』


戸部がテレパスで呼び掛けるも、速見は浅い息を繰り返すだけだった。ざわざわと威嚇するように木々が音を立て、速見はこの区画全体が敵に回ったような感覚に陥りそうになっていた。

(違う、これは気迫なんかじゃ無い)


桜木の瞳に宿る、引き込まれるような暗い光。それは紛れもなく、速見達に向けられた至高の殺意だった。

いつの間にか、残り二回の合図は鳴り終わっていた。硬直した身体に開始を知らせるブザーが無情に降り注ぎ、速見は遂に我に返った。

(しまった、出遅れた……!!)


気付いたときには、テレポートによって千景と戸部が桜木の左後方へ飛んでいた。模擬戦という皮から漏れ出す狂気に気付かぬまま飛び出した二人の後を追うように、覚悟を決めた速見は地面を力強く蹴った。

速見と千景の二人が一気に突っ込み、速見がそれに続く。が、開始直後に動いたのは彼等だけではない。強い風が巻き起こり、桜木の体が宙高く跳んだ。

「やあっ!!」


『上だ!』


戸部の声に反応し上空に目を向ける。桜木は空中から、風圧の刃を二人に向けて放つ。二人は、いや、二人だけで無く速見もそう考えた。だから二人が空中で再び背後を取るよう飛ぶのを確認し、速見も奇襲を仕掛けるべく接近した。

しかし、それは桜木の思う壺であった。桜木はまるで大気をかき回すように回転する。その直後、荒れ狂う暴風が四方八方に速見達を吹き飛ばした。

『戸部!!』


『千景と一緒だ、そっちは……』


途中で通信が途切れた。向こうの身に何かあったのだろう。とは言え速見自身もそこそこマズい状況だ。だが桜木が戸部らの方にいるのであれば、着地のみに能力を使っても大丈夫だろうと考えた速見は、剣の刃を液体のように動かし柄から分離させた。そのままそれで空中に足場を何度か作り、なんとか着地に成功した。

『無事か、二人とも!!』


数十秒後、速見が続けていた呼び掛けに、ようやく戸部から返事が返ってきた。

『悪い、千景が戦闘不能で俺が降参だ。気をつけろ』


『おっけー、了解した』


再び戦闘態勢を整えるため、速見は空中に浮遊させていた金属塊を再び柄に戻して日本刀のように形作らせ、残った分で二センチほどの薄い刃を六つ形成して滞空させた。

(兎に角、まずは間合いを詰めないと話にならない。なんとか隙を突けたらいいんだが)


深く深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。速見は、幼い頃から祖父により剣術の指南を受けていた。稽古において非常に厳格な祖父の元での修練に鍛えられた本能的な感覚は、剣の実力以上に速見の身体能力を向上させた。

だからこそ速見には、先程の失態が今まで散々助けられたこの感覚のせいだと言う気はさらさら無かった。速見自身、他人の殺気を感じ取ったことは初めてでは無い。それでもあそこまで怯んだのは、高々女だと桜木の事を心のどこかで見くびっていた速見の慢心が原因だと、そう結論づけた。

(きちんと、敵を見据えろ。そして感じるんだ)


ザッと、草木の踏まれる音がする。神経を研ぎ澄ました今なら見ずとも分かる。暗く重い、それでいて裂空のような鋭いオーラを纏った桜木が、速見の方へゆっくりと歩いて来ていた。

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